10.王都へ
新たな仲間フェンを加え、俺達は町を出た。
山道は、旅人以外にも商人が荷を運ぶ為によく利用するらしく、広く道が整えられていた。
中腹まで登ってから外回りに山を迂回し、反対側へ抜けるという。
道が整っているのはありがたい。坂道であることを除けば、ずいぶん歩きやすかった。
「あっ、タヌキ」
道の脇に、茶色い毛並みのタヌキが顔を出した。つぶらな瞳でこちらを見ている。
「かわいいな」
「呑気な感想だが、モンスターだぞ」
フェンとマリーナは戦闘態勢に入っている。
「えっ、ウソだろ」
ただのかわいいタヌキにしか見えない。
一匹だけかと思いきや、二匹三匹···と続けて顔を出し、計六匹のタヌキが現れた。
六対十二個の瞳がこちらをじっと見つめている。
「襲ってこないぞ?」
一応、剣を抜いて構える。
「······ん?」
意識しないと分からないくらいだが、地面が揺れているような気がする。
タヌキ達の周りの土がボコリと浮き上がった。
その土の塊が、俺達に向かって飛んでくる。魔法だ。
「モンスターも魔法使うのか!?」
「種類によるけど、魔法を使うモンスターは珍しくないわよ」
マリーナは生成した水の玉で、土塊の弾丸を相殺する。
フェンは素早くタヌキ達に接近し、爪で仕留めていく。
少し遅れて、俺も動く。
可哀想と思わない訳では無いが、躊躇っていると自分だけでなく仲間も危険にさらす。それは絶対に嫌だ。
飛んでくる土塊は厄介だが、接近してしまえばそれほど強いモンスターではなかった。
しかし、もっと数が多ければ苦戦するかもしれない。
「ここは、モンスターだけでなく盗賊も出やすい。弱い旅人や商人を狙う輩が時々いるのだよ」
「盗賊って、魔族?」
「いや、魔族でなくても盗賊行為を働く悪人はいる」
どんな種族でも、善人もいれば悪人もいる。俺の世界だって、窃盗や傷害事件を起こす人間がいるのだから、不思議なことではない。
ならば、魔族の中に善人がいてもおかしくないのではないか。
時折、他の旅人や商人とすれ違う。魔法で動く荷車を見かけた。商人が荷を積んでいるのだろう。
戦う力を持たない非戦闘員である者たちは、護衛を雇っているらしい。
ほとんどは複数人でパーティを組んで行動しており、一人旅をする者は少数だった。
この山道で出現するモンスターは、タヌキのほかに毒蛇やゴブリン。
複数匹で出てくることが多い。
タヌキは魔法を使うしゴブリンは木でできた棍棒を武器に襲ってくる。毒蛇はすばしっこい。
マリーナとフェンに助けられながら、戦いの経験を積んでいく。
いいペースで進んでいたが、さすがに登り道が続くと疲れてきた。
俺とマリーナは息が上がってきたが、フェンはまだ余裕がありそうだ。
「ここで少し休むか?もう少し登れば、確か休憩所があったはずだが、そこまで行けそうか?」
歩くスピードが落ちてきた俺達に、フェンが言う。
「俺はもうちょっと頑張れるけど」
「あたしも。休むなら休憩所で休みたいわ」
休憩できる山小屋についたのは日が落ちる少し前だった。
「結局、休憩所までけっこう距離あったし···」
「すまん。ここを越えたのは随分前のことだったのでな」
「つ、疲れたぁ〜。もう無理。今日は歩けない···」
マリーナは休憩所の手前で座り込んでしまった。
「今日はここまでだな。マリーナ、すぐそこだから立て」
「フェン、なんでそんな元気なの···」
「錬金術師になる前は冒険者をしていてね。体力には自信がある」
戦い慣れしているのもそれが理由か。
マリーナを立たせて山小屋に入る。
王都まで、まだ半分も来ていない。山道はまだまだ続く。この日は山小屋で一夜を明かし、俺達は三日かけて山向こうへ着いた。
⚫⚫⚫
辛い山道を越え、ようやく王都に辿り着いた。
王都と言うだけあって、活気がある。高い城壁に囲まれた町は建物も多く広々としている。
最も大きな王城は、町のどこからでも見えた。
「どうやって騎士団に接触するんだ?」
「騎士団は王宮の所属だから、まず王宮に入る許可を得ければならない」
フェンは色々知っている。もしかして、王宮にも入ったことがあるのだろうか。
「ねえ、それは明日にして、今日はもう休みましょうよ。歩き疲れてクタクタだし」
「どのみち、許可が下りるまで少し時間がかかる。ミライ、マリーナと先に宿に行っていてくれ。
そうだな···あの黒い外壁の宿なら旅人向けのはずだ。私は王宮への入場許可の申請をしてから行く」
王城の方へ歩いていくフェン。
その背中を見送りながら、
「フェンって、ほんとタフね···」
「体力オバケだ」
そんな感想を漏らした。
旅人や旅行者が多い王都は、宿も多い。どの宿も建物が大きかった。
フェンが指定した宿に入ると、確かに旅人の宿泊客を多く見かける。
パーティ向けの大部屋が多いらしい。
受付で案内された部屋に入ると、マリーナは備え付けのソファに寝そべった。
今まで泊まった宿とずいぶん違う。俺の世界のホテルみたいだ。部屋の設備をチェックしていると、浴室があった。
「風呂がある!」
これは嬉しい。説明書きによると、スイッチを押すと湯が出るようだ。
今までは井戸などで汲んだ水を、そのままか、もしくは魔法で温めて使うかのどちらかで不便だったのだ。
ベッドもやわらかくて寝心地が良さそうだ。
一通りチェックして、マリーナの向かいのソファに座る。
マリーナは寝そべっているだけで、眠ってはいなかった。こちらに顔を向けてくる。
「せっかくだし、王都を観光したいわね」
「そうだな」
旅を進めるのも大事だが、息抜きも必要だと思う。早く元の世界に帰りたいが、焦っても良い結果は出せない。
「ここまでの道中で、だいぶ戦うのに慣れた気がするよ」
「そうね。勇者らしくなってきたと思うわよ」
「······」
「どうかした?」
「いや、その···勇者っていうの、あんまり言わないでもらえるかな」
「あ···ごめんなさい、嫌だった?悪気はなかったの」
「うん、わかってるよ」
マリーナはソファから身を起こす。
その時、ちょうどフェンが戻って来た。俺の隣に腰を下ろす。
「思いの外、早く許可が取れた。明日の午後、騎士団の副団長に面会できるようになった」
「ほんとに早いわね。どうやったの?」
「勇者一行であると話したら優先してもらえた」
勇者と呼ばれるのは嫌いだが、その名を利用できるところでは利用したほうが都合がいい。
「疑われなかったのか?勇者だっていう証拠は何もないのに」
「もちろん、疑われた。だから、条件付きだ」
「条件って?」
「勇者と騎士が一対一で戦い、相応しい実力を示すこと、だそうだ」
その条件を飲んだのか。戦うのは俺なのだから、承諾する前に相談してほしかった。
「騎士と一対一って···騎士ってやっぱ強いだろ?
もし、実力を示せなかったら···?」
「今から上手くいかないと決めつけてどうする。まぁ、なんとかなるだろう」
フェンは他人事みたいに言うが、もし駄目だったら代案を考えてくれるんだろうか。
「戦う前から弱気でどうするの。大丈夫、ミライは強くなってるわ!」
マリーナは励ましてくれた。
「···頑張るよ」