表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/111

9.次の目的地

いつの間にか、町まで戻ってきていた。


心臓がうるさく、全身びっしょり汗をかいている。立ち止まった直後、思い出したように足が震えだした。


両手で(ひざ)を押さえ、荒い呼吸を落ち着かせる。


死ぬところだった。

あの介入者(かいにゅうしゃ)が現れなければ、間違いなく俺はガルグの剣の(さび)になっていた。


ガルグがあんなに強いなんて。そして、そのガルグの剣を押し返したあの男も、かなりの実力の持ち主に違いない。


それにしても、何故(なぜ)助けてくれたのだろう。彼は以前会った、怪我(けが)をしていた魔族だ。


前と姿が違うのは、魔法によって魔族の特徴を隠していたに違いない。


“ガルグはヒト族に化けて我々を(あざむ)いていた”というセレネさんの言葉を思い出す。

同じことができる魔族がいてもおかしくない。


魔族に殺されかけたのに、別の魔族に命を救われるとは。


徐々に呼吸が(ととの)ってきて、仲間の状態に目を向けられるようになった。

あちこち怪我をしていてボロボロだ。(さいわ)いなのは、命に関わる傷は負っていないことか。


「···なんとか、町に戻れたわね」

「あの御仁(ごじん)が現れなければ、殺されていただろうな」

何とか(しゃべ)れるくらいに息が整ってきて、マリーナとフェンが口を開いた。


「一体、どこの誰なのかしら。逃げることで頭がいっぱいで、お礼も言えなかったわ」


彼が魔族だと知ったら、二人はどんな反応をするんだろう。

魔族だと知っても感謝の気持ちを抱いたままでいてくれるのか、魔族なんかに助けられたと嫌悪感(けんおかん)に変わるのか。


俺は、彼の正体についてどう話していいのかわからなかった。

魔族であることを知っているにも関わらず、そのことを伝えないのは仲間に対する裏切りかもしれない。だが、話すなら、初めて会った時のことも話さなければならない。

そもそも、魔族と会ったことをすぐに話さなかった時点で裏切りか。


「ミライ、大丈夫?どこか痛む?薬を飲んだほうがいいんじゃないかしら」

俺が黙ったままでいると、マリーナが心配して声をかけてきた。


「え、ああ···大丈夫。疲れただけだよ」


考えていたことを(さと)られたくなくてそう言った。実際ものすごく疲れている。


「マリーナこそ、傷だらけだ。薬を飲んでくれ。フェンも」


「ああ、私もひどく疲れた。早く休みたい。

ミライ、マリーナ。明日···いや、明後日(あさって)以降でもいい。ゆっくり休んでからで構わないから、私の家に来てもらえるだろうか。今日の件で話がしたい」


「わかった」


「あたしも疲れちゃった···宿で休みましょう」


挨拶もそこそこに、フェンは自宅へ戻って行く。

俺とマリーナも宿で休息を取った。


だが、傷は()えても心に残った敗北感は消えない。


情けなかった。動けなかった自分が。

力だけでなく、心の強さも足りなかった。


マリーナもフェンも、強敵を前にしても(あきら)めず戦っていたのに。


俺もいつか強くなれるだろうか。ガルグの凶刃(きょうじん)から救ってくれたあの男のように。


ポケットの上から、そこに入っている銀のペンダントに触れる。

思いの(ほか)早く再会できたものの、あの状況では返すタイミングなどなかった。


また会えるかはわからない。だが、二度あることは三度ある。三度目の再会を願って、持っていよう。


俺もマリーナも精神的に疲れていたため、翌日は宿にいるか、気分転換に町を散策(さんさく)して過ごした。

フェンもゆっくり休みたいだろうし、彼も言った通り、家を訪ねるのはまた次の日にしようと決めた。


町の散策ついでに、武器屋で剣を新調した。ガルグに激しく打たれたせいで、昨日(きのう)まで使っていた剣は()こぼれが(ひど)かったからだ。


ちなみに森で得たモンスター素材は、錬金術(れんきんじゅつ)に使えるものはフェンが持ち帰ったが、それ以外のものは好きにしていいと言われた。

それなりの値で売れたので、旅の資金に余裕ができた。



⚫⚫⚫



初めて(おとず)れた時と同じように、扉をノッカーで叩く。

それほど待たずに扉が開き、フェンが顔を出した。


「ああ、よく来てくれた。入ってくれ」

(まね)かれ、室内に足を踏み入れる。


「···ねぇ、少しは掃除しなさいよ」

マリーナが(あき)れた声を出す。


窓が全て開け放たれているので(ほこり)っぽさはなかったが、前に見たときと変わらず、物が乱雑(らんざつ)(あふ)れて散らかっている。


「多少、片付けたつもりなんだが」

「物を(はし)に寄せただけは、片付けたとは言わないわよ」


(すみ)のほうに積まれた大量の本は、ちょっと触っただけで雪崩(なだれ)を起こしそうだ。

フェンの獣耳(けもみみ)がぺたりと下を向く。


「···まぁ、取り()えず座ってくれ。···椅子(いす)とテーブルは、ちゃんと拭いて綺麗にしている」

後半のセリフは、マリーナが嫌そうな顔をしたからだ。


木製の椅子とテーブルは、年季(ねんき)が入って古びてはいるものの、埃も汚れも付いていない。綺麗にしたというのは本当だろう。

俺達を招き入れる為に、フェンなりに掃除しようとはしたのだろう。多分。


俺達はすすめられた椅子に腰をおろした。


「さっそくだが、話を始めよう。

改めて、荷を取り戻す手伝いをしてくれたことに礼を言う。だが、森に出向いたことにより、命を落としかねなかった。申し訳ない」


フェンは頭を下げる。


「それはフェンのせいじゃないだろ。ガルグがあの森に現れるなんて、予想できなかった」


「そうよ!それに、フェンはあたしを(かば)ってくれたわ。ありがとう」


あの戦いで一番(きず)を負ったのはフェンだ。

出会ったばかりの俺達を置いて、逃げるチャンスはあったはずなのに。だが、彼は最後まで俺達を見捨てなかった。


「それにしても、ガルグがあんなに強いなんて···」


自身に振り下ろされようとした凶刃を思い出すと、背筋が冷たくなる。


「ええ···まったく歯が立たなかったわ」


「二人はあの者を知っているのか」


そういえば、フェンには魔王を(たお)すために旅をしているとしか言っていない。


「俺達二人共、きょうだいをあいつに殺されているんだ。俺は、こないだ初めて会ったんだけど」


「ガルグは、カザマ達と一緒にあたしの故郷(こきょう)に来たことがあるの。あの時は魔族だなんて知らなかったわ」


勇者カザマが俺の兄で、そのパーティにマリーナの姉が所属していたこと。二人共、ヒト族に擬態(ぎたい)していたガルグに殺されたことを話した。


「なるほど。二人の旅の目的は仇討(あだう)ちも含むのだな。

それで···圧倒的(あっとうてき)な力の差を見せつけられて、それでもまだ戦おうと思うか?魔王は間違いなくガルグより強い」


ガルグに手も足も出ない今の実力では、魔王と戦いに行くのは自殺行為だ。


「それは···わかってる。それでも、俺は立ち止まれない」


「死ぬかもしれんぞ」


「死ぬのは怖い。でも俺は、自分の世界に帰りたいんだ。魔王を斃さない限り、帰れない」


「あたしは···あたしも死にたくはないわ。でも、お姉ちゃんを殺したガルグが許せない。

魔族の支配する世界なんて嫌。それであたしの家族や友達、大切なひとたちが傷付いたり、(つら)い思いをするのも嫌。

だから、戦って(あらが)いたい。お姉ちゃんみたいに、勇者の仲間として」


俺とマリーナの意志を確認するように、こちらの表情をじっと見つめるフェン。

しばらくして、本気だと感じたのだろう。(かす)かに笑った。


「あんな目にあったばかりだというのに、君達の意志は変わらんのだな。

なら、その旅路に私も加えてもらえないだろうか」


「えっ、いいのか?嬉しいけど、何でだ?」

「魔族の支配する世界でも適応すればいい、みたいなこと言ってなかった?」


「ああ。だが、先日(せんじつ)の一件で私も勇者の仲間と認識されたはず。魔族側が勝利したら、私は処刑(しょけい)されるだろうな」


確かに、勇者の仲間を生かしておくとは思えない。


「ごめん···俺が一緒にいたせいで」

あの時深く考えず同行を申し出たことが、こんな結果になるとは思ってもみなかった。


「それは違う。私が選んだ行動の結果だ。

旅の同行を申し出た理由はもう一つ。ミライ、君という異世界の者に興味がある」


「俺が異世界から召喚されたって、信じてくれるのか?」


勇者に見えないと言われたのを覚えている。


「これまでの言動(げんどう)から、嘘はついていないと思った。

道中(どうちゅう)の空いた時間でいい。君の世界の話が聞きたい」


「もちろん、いいよ」

俺が(うなず)くと、フェンの尻尾(しっぽ)が嬉しげに揺れる。

表情よりも耳や尻尾に感情が表れやすいようだ。


「じゃあ、改めてよろしく。フェン」


前衛に後衛、回復支援もできるオールマイティなフェンが仲間になってくれたのは嬉しい。

あと、個人的には同性の仲間が増えて嬉しい。


「さて。今後の方針だが、決めてあるのかね?」


「仲間を集めようってマリーナと話してたんだけど、アテがないんだ」


「なら、王都へ行ってみるのはどうだろう。王都には騎士団(きしだん)がある。勇者一行であることを話して、騎士を仲間にスカウトしてはどうだ?」


「へえ、騎士団か。いいな、騎士って強そうだし」

「あたしもいいと思うわ」

俺もマリーナも同意する。


ふと、思い出したようにマリーナが言った。

「ねぇ、強いひとって言うなら、こないだ助けてくれたあの男性。彼が仲間になってくれたら心強いと思わない?」


「確かに、ガルグの剣を受け止めた御仁だ。しかし、手掛(てが)かりが無いので探す手段が無いな」


「そうなのよね···名前すらわからないもの」


魔族だと知ったら、仲間にだなんて絶対言わないだろうな。


「とりあえず、俺達にできることからやっていこう」


「うむ。決まりだな。王都へは、北の山道(さんどう)を通る必要がある。準備ができたら出発しよう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ