74.焦る時ほど冷静に
◎◎フェン◎◎
魔王ラグズ。瘴気に汚染された高濃度の魔石を心臓に取り込み、不死に近い強い肉体を得た魔族。
勇者の剣······聖鉱石という弱点があるが、この世界においては不死の存在。
使用者を不死にする石と聞けば、錬金術師の私としては賢者の石を連想する。賢者の石の正体が瘴気に汚染された魔石であるはずはないが、それに近い性質を持っているのかもしれない。
賢者の石とは錬金術師達の間で囁かれる幻の物質である。
“石”という名称の通り石なのか、全く違う形質のものなのか、そもそも実在するのかも定かではない。伝承ではそれは、卑金属を貴金属に変え、不死の霊薬を生み出せるものとされている。
暗黒大陸で発見される魔石を調べたら、賢者の石にわずかでも近付けるだろうか?
しかし、今回の魔石はすでにラグズという魔族に取り込まれているし、次に瘴気を蓄積させた魔石が発見できるのは何十年も先の話だ。
そう思っていたところで、この地下空間に辿り着いた。周囲の壁を埋め尽くすのは大量の魔石。研究者としての好奇心が疼く。もちろん危険な代物であることは重々承知。
だが、今は魔石に目を奪われている場合ではない。私達の目的は魔王ラグズの討伐、そしてミライとカザマを彼らの世界に無事返すことだ。
この場にある魔石までも取り込んだラグズ。今となってはその能力は未知数だ。
まず出現したのは三体の黒い影。姿形はラグズと同じ。だが、能力まで模倣したわけではなかった。
さらに、その姿形すら一定では無かった。戦闘中、隙を見ては他の二体の様子にも気を配っていたが、私達が戦う影はかつて戦った、変異したラグズに形態を変えたにも関わらず、カザマ達が戦う影は形を変えなかった。逆に、アイオスが戦う影は完全にラグズの形を失い、ドラゴンの形になっていた。
一部の魔法の中には、対象によって形や効果を変えるものもある。これもその類のものだったかもしれない。
三体の影に戦いを任せ、本体は呑気にも食事に戻っていた。本体と影三体を同時に相手にするのは厳しすぎるので、こちらとしては有り難かったが。
本体が動いたのは私達が影の一体を倒した後だった。自ら手を下す必要のある脅威と見なしたのか、襲いかかってきた。
巨大な翼を羽ばたかせ、上方から魔法攻撃を放ってくる。迎撃できるのは私がマリーナの魔法くらいで、空中にいる敵に手が出せないミライとモニカは攻めあぐねていた。
しかしそれほど間を置かず、カザマ達とアイオスがそれぞれ相対する影を倒した。程なくしてこちらに加勢に来るだろう。
だが、全ての影を倒されたことを感知したラグズの方が先に動いた。地に降り立ち、叫び声を上げる。兆候があったため、今度は先に耳を塞いで聴覚へのダメージは軽減できた。
また影を生み出すつもりか······しかし予想は外れ、空間が振動しはじめた。
立っているのがやっとの揺れ。軋むような音がして、それは次第に大きくなった。床に大きな亀裂が走り、陥没して地割れを作る。
地割れの底は見えない。落ちたらただでは済まないだろう。
幸いにも私達の足場は無事だった。薄く亀裂は走っているが、今すぐ足場を失うことはないだろう。
しかし、揺れが収まらない限り動くこともままならない。これはまずい。今攻撃を受けたら避けられない。
そう考えた通り、ラグズは身動きの取れないこちらに向けて拳を振るってきた。
防御姿勢を取ってなるべく衝撃を緩和するが、ダメージは大きい。
「······っ、ミライ、無事か!」
倒れ込んだ友の身を案ずる。
「なんとか······!」
ミライは痛みに顔を顰めながら立ち上がる。致命傷は負っていないのを確認し、ひとまずは安心する。
モニカは盾を持っているのでダメージは少ないだろう。マリーナは······
「······マリーナ!?」
兎族の魔術師の姿が見えない。ミライとモニカも彼女の姿が消えたことに気付き、その表情に焦りを浮かべる。
側に地割れはない。穴に落ちた可能性は低い。なら······
顔を上げて魔王ラグズを見上げる。肥大した肉体はドラゴンと同じくらいのサイズになっており、その拳はこちらの身丈より大きい。
岩のような拳の中に、マリーナが囚われていた。
「マリー!!」
囚われたマリーナの姿に気付いたカーネリアの悲鳴のような声が響いた。
まだ揺れは続いているが、魔術師の彼女は高速で魔法を紡ぐ。
ラグズに向かって風の刃が放たれる。しかし命中したのはラグズの肘の辺りだ。妹に攻撃が当たることを恐れ、拳を狙えなかったのだろう。
激しく肘を切り裂かれても、ラグズはマリーナを離さなかった。自身の身体に傷を付けたカーネリアに血走った目を向ける。
アイオスが上方から攻撃を加える。マリーナを囚える腕を切り落とそうと、太い腕に大剣を食い込ませた。しかし異形と化した筋肉と骨に覆われた腕は容易く斬れず、もう一方の腕による攻撃を避けるために一時引かざるを得なかった。
そこでようやく揺れが収まった。態勢を立て直し、マリーナを救うべくそれぞれ武器を構える。
その時、
「カザマ!カザマが落ちてしまいます、誰か······!」
聞こえたセレネの声に視線を向けると、カザマが地割れに落ちそうになっており、辛うじて床に刺した勇者の剣に縋り付いていた。
マリーナの現状に気を取られて、もうひとつの窮地に気付くのが遅れた。
セレネがカザマに駆け寄ろうとするが、距離がある。そこに辿り着くまでにラグズが待ってくれるはずがない。
複数の魔方陣が展開される。言うまでもなく、術者はラグズだ。
頭上から魔弾の雨が降り注ぐ。私達はともかく、未だ身動きが制限されたカザマが危険だ。
「「カザマ!!」」
魔弾がカザマのいる場所に着弾。ミライとセレネの声が重なる。幸い本人には当たらなかったようだが、着弾の衝撃で床のひび割れが大きくなった。カザマの足場が傾き、崩落した。
「カザマーーッ!!」
ミライの悲痛な叫びと同時に、アイオスがカザマが落ちた穴に高速で跳んでいく。暗い穴の中に迷わず身を投じ、カザマを救いに行った。
頼む、間に合え。アイオスがカザマを助けられることを信じ、私は再びラグズへと目を向けた。
マリーナは目を閉じている。気を失っているだけだと思いたい。
攻撃態勢に入ったこちらを無視するように、ラグズは身体の向きを変えた。
「待ちなさい!わたしの妹を返して!!」
カーネリアが闇雲に魔法を放つ。全て命中したが、こちらを一瞥しただけで背を向ける。抉れた傷が再生を始めているのが見えた。
ラグズは私達が降りてきた通路へ向かう。しかし巨体ゆえに通れない。降りてきた時より巨大化しているせいだろう。よって、彼は壁を破壊しながら登り始めた。
急いで追い縋ろうとした私達の前に、新たな敵が立ち塞がった。
黒い石で出来た物体。ひとのような形をしたものもいれば、四足の獣のようなフォルムのものもある。
魔石でできたゴーレムか。これもラグズが生み出したものだろう。次から次へと!
その数、十数体。無視できない数だ。未知の敵だが、全員でかかれば十分倒せるはず。早急に片付けてラグズを追わねば。
「ミライ!?無茶です!」
戦闘の意識をゴーレムに向けたとたん、モニカの驚いたような声が聞こえた。私もミライの行動に仰天する。
ラグズが攻撃に対して反撃してこないのをいいことに、いつのまにか追いついたミライがその後ろ足によじ登っていた。振り落とされないようにしっかりと剣を突き立て、しがみついている。
ミライだけを行かせるのはまずい。マリーナが気絶中の今、ひとりでラグズと渡り合えるはずがないのだ。
追いかけようにも止めようにも、魔石のゴーレムが立ち塞がっていて進めない。
「ミライ!決して無茶をするな!」
注意するだけで精一杯だった。内心の焦りを押さえつつ、近くのゴーレムの動きに注意を向ける。すると、そのゴーレムに向かって·····いや、ラグズの背中を追ってカーネリアが前に出た。
「カーネリア!?何をしている!」
当然、ゴーレムの攻撃対象はカーネリアとなる。鋭く尖ったゴーレムの腕が彼女に向かって突き出された。
強く床を蹴って接近、カーネリアの身体に突き刺さる寸前で爪を割り込ませ、それを弾いた。
武器を装着していない方の手でカーネリアの腕を掴み、引き止める。
「っ、離して、フェン!マリーっ、マリーナを助けないと······!」
溺愛する妹の危機に周りが見えなくなっている。
「冷静になれ!君がそんなことでは······くそっ、モニカ、セレネの方へ行け!」
後方ではセレネがカザマが落ちた穴の前で途方に暮れている。迫るゴーレムの存在に気付いているかも怪しい。滅多につかない悪態をついて、モニカに彼女を任せる。
抵抗するカーネリアの腕を引いて強引に下がらせる。ゴーレムの動きは意外と遅い。ある程度距離を取った後、離してと騒ぐカーネリアの頬を左手で打った。
「カーネリア!マリーナを助けたいなら冷静になりたまえ!」
叫んで、思考の片隅でそれは私自身も同じだなと自覚する。カザマとアイオスは穴の下、ミライとマリーナはラグズと共に上へ行ってしまった。安否が気になって仕方ない。
セレネはカザマを、カーネリアはマリーナを心配しすぎるあまり戦闘に集中できていない。
落ち着くために、ひとつ深呼吸をする。
涙の滲んだ緑色の瞳を見下ろし、先程より口調を和らげる。
「マリーナを大切に想う君の気持ちはわかる。しかし、闇雲に突っ込んでも助けられない。敵は強大だ。私達は協力し合わなければならない」
「······どうして、あなたは冷静なの。仲間がピンチなのに·····!」
抵抗を続けるカーネリアを引き止めながら、こちらを囲むように距離を縮めてくるゴーレムの動きに気を配る。
「焦っているとも。だが、その状態では仲間を救えないことを知っている。冒険者をやっていれば、こんな危機的状況は珍しくない」
掴んだ手の力を少しだけ緩める。
「君は私が今まで出会った中でも特に優秀な魔術師だ。冷静に対処すれば、きっと妹を助けられる。君はひとりではない。私も全力で協力する。
だから、今やるべきことはわかるな?早急に雑魚を片付けて、皆でラグズを追うぞ」
「······フェン」
まっすぐに見つめながら語りかけると、カーネリアの瞳が落ち着きを取り戻した。それを確認し、掴んでいた腕を離す。すると今度はカーネリアの腕が伸びてきて私の腕を掴んだ。
「フェン······ありがとう。あなたの言う通りだわ。
わたしはマリーナのお姉ちゃんだもの。絶対に助ける。あなたのこと、頼りにしてるわ」
「ああ。期待に応えよう」
そう答えると、カーネリアは微笑んで囁いた。
「······わたし、あなたのこと好きだわ」
ちょっとびっくりしたが、すぐに仲間としての親愛の情だと解釈する。この状況で浮ついた台詞が出てくるとは思えない。
「背中は任せる」
そう言ってゴーレム達に向き直り、右腕に装着した爪を構えた。




