7.奪われた荷を取り戻せ
「森ばっかりだな」
召喚された場所も、最初の村も森の中だった。
「中央大陸は緑が多いのよ」
俺の呟きを聞きとめて、マリーナが言う。
ここは中央大陸というのを始めて知った。
「薄暗いな」
木々が密集し、陽の光が入りづらいのだろう。
「さて、この森のどこかに魔族が潜んでいるはず。おふたりさん、引き返すなら今が最後だぞ」
俺達を振り返って言う。一応心配してくれているのか。
「行くよ」
意志に変わり無いことを伝え、森に足を踏み入れる。落葉を踏み締め、獣道を行く。
あまりひとは立ち入らない森なのかもしれない。だからこそ、魔族が身を潜めているのか。
「この森は、植物系のモンスターが多い」
歩きながらフェンが教えてくれる。
「樹木や草花に擬態して生息している。気付かずに接近し、急襲に合うことも多い」
話しながら、コートの下、腰の辺りに吊り下げていた物を取り出し、右手に装着する。
鉤爪状の長い刃物が三本付いた手甲だ。
「このように」
フェンが武器を装着した右手を振るうのと、横合いから何かが飛び出してくるのはほぼ同時だった。
「不意を打たれないように、注意したまえ」
根っこのようなモンスターが爪に貫かれて痙攣している。
頭部の葉っぱを反対の手で掴み、爪が突き刺さった箇所から縦に裂く。
四枚に下ろされた根っこはピクリとも動かなくなった。
「ある程度切り刻むと倒せる」
びっくりした。突然のモンスターの急襲もそうだが、それを察知し的確に仕留めるフェンに。
「このマンドレイクは小さいな。もう少し成長した個体なら、良い薬の材料になるんだが」
恐らく、この森には材料集めによく来るのだろう。
「気を付けるけど···」
さっきのマンドレイクには全く気づかなかった。動物系モンスターより気配が薄い。
「マリーナは魔術師だな?」
「そうよ」
「魔術師はさっきのような素早い急襲に対応しづらい。私とミライの間を歩いて、適宜援護を。ただし、炎魔法は控えてくれ」
ここで炎魔法を使ったら森が焼ける。
俺はフェンのように、飛びかかってくる小さいモンスターを仕留める自信がない。それを伝えると、
「マンドレイクへの警戒は私がする。君はできる範囲で切り払ってくれ」
フェンは錬金術師にしては戦闘慣れしていた。思った以上に頼もしい。
森に潜んでいるであろう魔族の痕跡を探して進む中、何度かモンスターと会敵する。
戦闘を重ねても、マンドレイク出現のタイミングが全く掴めない。
せいぜい、少し離れた地面から土を撒き散らしつつ弧を描いて飛び出してくることに気付いたくらいだ。
多分、動いていない時は地面に埋まっているのだろう。
周りに注意を払うのを諦めて、フェンに注目してみる。すると、マンドレイクが出現する直前、耳が一瞬ピクッと動く。
マンドレイクが動き出す寸前の微かな音を拾っているに違いない。ヒトの俺には真似できない芸当だ。
そう気付いてからは、マンドレイクへの警戒は完全にフェンに任せることにした。
「魔族たちの居場所が近いかもしれない」
森に入って三十分くらい経ったあたりで、フェンが言った。
「どうしてわかるんだ?」
「枝が不自然に切られている」
フェンが指差した先を見ると、俺の頭より少し高い位置の木の枝が切り落とされていた。
さらに向こう側に目を向けると、同じ高さの枝が全て切られているのが見えた。
「歩きやすいように、頭の位置の枝を切ったのね」
俺は全然気が付かなかった。
近くに魔族がいると思うと、わずかに心拍数が上がる。
数メートル先の木が、動いた。
「!!」
魔族かと思ったが、違う。文字通り、木が動いたのだ。
地面から根を突き出し、地面を泳ぐようにこちらに向かってくる。
「トレントだ。面倒だな」
フェンが呟く。
「ミライ、あれの始末は君に任せる」
「ええっ!?」
結構デカイ木だ。枝を振り回しながら近づいてくる様はちょっと怖い。
「私の武器では、あれを斬れないからな。援護はするから、君の剣で切り倒してくれ」
どうやって、と悠長に聞いている暇は無かった。トレントは目前に迫っている。
枝をしならせ、叩きつけてくる。それほど速い動きではない。避けて、振り下ろされたそれを斬る。
足元の根が伸び、俺を貫こうと突き出される。こっちの攻撃は速い。剣を振り下ろした直後で、回避がやや遅れる。
やばい、と思ったが、木の根が俺を貫くことはなかった。
飛来した闇色の刃が、迫りくる根を切り裂いたのだ。
マリーナではない。フェンの魔法だ。
「あたしも援護するわ!」
マリーナは自身の周囲に水の玉を生み出す。
それを弾丸のようにトレントに放った。
一見、威力のある魔法には見えなかったが、水の弾丸がトレントにぶつかった際に岩をぶつけたような重い音がして、表面が剥げ木屑がパラパラと落ちる。
その衝撃を受けたモンスターの動きが止まった。
チャンスとみて、俺はトレント目掛けて走る。他の樹木が邪魔で剣が振りにくかったが、なんとか幹に傷を付けることができた。
さすがに太い幹を一撃で切り倒すのは無理だ。今の一撃で1/4くらいしか切れ込みが入っていない。
斬りつけてすぐ、振り返る。その遠心力で続けて幹に一撃を与える。ドガッと鈍い音がして、最初の一撃の少し上に剣が食い込む。
斜め下に力を込め、最初の切れ込みまで剣を押し込むと、幹の一部を切り落とした。
よし、と思ったのも束の間、頭上の注意が疎かになっていた。枝の一振りが俺を打つ。
「!」
叩き飛ばされて低木に突っ込む。葉が生い茂っていたおかげで対したダメージは無かった。
髪や服のあちこちに葉をくっつけながら起き上がると、急いでトレントに視線を戻す。
フェンの闇魔法とマリーナの水魔法が立て続けに放たれたる。
二人共、俺が付けた切れ込み目掛けて攻撃している。
「切れ込みの反対側を攻撃してくれ!」
叫んで、自身も攻撃に加わる。
二人の魔法の合間、タイミングを見計らって攻撃し、少しずつ幹を削っていく。
軋むような音を立ててトレントの幹が斜めに傾ぐ。が、往生際悪く枝を振ってバランスを取ろうとしているため、なかなか倒れない。
俺は剣を鞘に納め、近くの木に取り付いた。
木登りは小学校低学年以来だが、向上した身体能力のおかげで軽々と登れた。
トレントの頭頂と同じ高さまで登ると、ふらふら揺れているそいつに向かってジャンプした。
「いいかげん、倒れやがれ!」
俺の飛び蹴りを食らって、傷付き折れかけた幹がバキバキと音を立てる。バランスを取れなくなったトレントは、まわりの細い木々を巻き込みながら倒れた。
「うわわわわっ?」
自分の着地を考えていなかった。トレントと共に倒れ込み、地面を転がる。発生した土煙を吸い込んで咳き込んだ。
「いてて···」
幸い、軽い打撲と、あちこちにかすり傷を作っただけで済んだ。
「ミライ、大丈夫?」
マリーナが駆け寄って来て、身体に付着した葉や土を払ってくれる。
「大きな怪我はしていないようだな」
フェンが手を引いて起こしてくれた。
「これで倒せたのか?」
ぴくりとも動かなくなった木を見下ろす。
「厳密には倒せた訳では無いが、十分だろう。動けなくなれば、いずれ朽ちる」
「さっきの戦闘音、魔族に聞かれてないかな」
トレントが倒れるときに結構大きな音がした。
「わからん。だが、音を聞きつけた魔族に見つかるのは避けたい。念の為、ここは離れたほうがいいな」
トレントを伐倒した俺達は、一度来た道を戻る。距離を取って、茂みの側に身を隠し、小休止する。
「フェンって、魔法も使えるんだな」
トレントに放っていた闇魔法を思い出す。
物理攻撃も魔法攻撃もできるなんて。万能か。
「増幅器を使っていないから、それほど威力はないが」
「増幅器?」
初めて聞く単語に首を傾げる。
「あたしが使ってる杖とか、魔法の効果を増幅させる道具のことよ」
マリーナが自身の杖を軽く掲げる。
「でも、増幅器なしであれなら、十分すごいわよ。魔術師としてもやっていけるんじゃない?」
「魔術の探求も興味深いが、私は錬金術を突き詰めたいのでね」
フェンならやれば何でも出来そうだ。
しばらく身を潜めていたが、誰かが近づいてくる気配はない。魔族に音は聞こえなかったようだ。
再び前進し、痕跡を辿って奥へ進む。
結構歩いたところで、木々の隙間に動くものが見えた。三人で目配せして、身を低くし音を立てないようにゆっくり近づく。
痩せた男が三人いた。
三人共、暗い肌の色をしている。角は生えているが、翼は持っていない。魔族にも種類があるのだろうか。
粗末な服の上に鉄の胸当てを付けている。腰には剣。
「奴らだ。奪われた私の荷もある」
フェンが囁く。
「あっちはまだ俺達に気付いてないな」
「不意打ちするなら今がチャンスね」
「私が閃光弾を投げ込む。奴らが怯んだ隙に、一気に仕掛ける。準備はいいな?」
俺とマリーナが頷いて目を閉じるのを確認すると、フェンは魔族三人のいる場所に懐から取り出した閃光弾を投げ込んだ。
閃光と、魔族の悲鳴。
「な、なんだ!?何が起こった!?」
「敵か!?」
「お、落ち着け!下手に動くな!」
パニックになった男達の声。
目を開けて鞘に収まったままの剣を握る。魔族とはいえ、人型の敵を斬る覚悟はまだ無かった。
「今だ。ミライ、マリーナ、行くぞ!」
視界をうばわれた魔族三人を組み伏せるのは簡単だった。正直、トレントを伐倒するより楽だった。奴らが体勢を立て直す前に叩きのめし、ロープで縛り上げる。
「魔族ってもっと強いのかと思った···」
気絶した魔族を見下ろし、拍子抜けして呟く。
「魔族の身体能力はかなり優れている。正面から戦ったら、力で押し負ける可能性は十分にあった」
不意打ちが功を奏したということか。
「荷を取り戻せた。中身も無事だ」
「こいつら、どうしよう」
先に悪事を働いたのは彼らだが、容赦なくボコボコにしてしまった罪悪感がわく。
「このまま放っておくの?目を覚ましたら町を襲うかもしれないわ」
「なら、始末するかね?」
「······」
始末する、というのは殺すということか。
「···俺には殺せない。こいつらはフェンを傷つけて荷物を奪った悪い奴らだけど。殺すほどのことか?魔族だからって理由で、殺すのか?」
俺の言葉に対し、マリーナとフェンは無言。魔族は斃すべき敵、そう考えているのだろうか。
「魔王の手先って決まったわけじゃないだろ?」
「確かに、身なりからしてただの盗賊の可能性の方が高い。
私は荷が取り戻せたのでこれ以上は望まない。放って置いても構わないが」
「あたしだって、積極的に殺したいわけじゃないけど···」
「なら、やり返したことだし、これで終わりにしよう」
「ミライがそう言うなら···わかったわ」
ロープの結び目を緩めて、もがけば解けるようにしておく。
「じゃあ、彼らが目を覚ます前に行きましょう」
マリーナの言葉に頷いて、俺達は来た道を戻った。