表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/15

9 断罪の裏側で

本日二話目の投稿です。

前話をお読みでない方はそちらから閲覧をお願いします。

「そう殺気立たないで。あなたを捜していた兵士たちが、『聖女』って言っていたわ。私はこの結界の外の世界のことはほとんど知らないのよ。『聖女』が来るような事態なんて、魔族が絡むことが起きたとしか思えないわ。そうしたら、この森の魔術にも影響があるでしょ。だから、詳しくなくてもいいから、情報を教えてほしいの。もっとも、あなた自身が『聖女』に攻撃されるような状況なら別だけど」

 暗に、トリスタンが魔族に取り込まれて、「聖女」がやって来たのでは、と滲ませておく。


 本当は、トリスタンが魔族化して聖女に封印されることは有り得ないと原作で知っているので疑ってはいないのだが、欲しいのは聖女に関する情報だけであっても、聖女に固執すると、エインセルの正体を疑われかねない。そこからイグリットに辿り着かれない為にも、〝あらゆる可能性を疑っている〟という体裁が必要だった。


 それで納得したかは分からないが、トリスタンは殺気を緩めて、またエインセルにため息を吐いた。

「詳細は告げられないが、聖女は確かに我が領にいたが、今はいないはずだ。そして、この騒ぎは私個人に由来するもので、あなたが知る必要はない。ただ、魔族に関するものではないから、森の魔術に影響はないことだけ明言しておく」

 けんもほろろな対応に、エインセルは期待を裏切られたような気持になる。個人的と言われて、気になることが多すぎる。聖来が、最もイグリットの死亡率の高いトリスタンルートに入ってしまわないか、それが一番の心配ごとだったが、そうともはっきりとは言えずにもどかしい。


「そう。でも、街の人たちは、王太子がこの領内にいて、人を捜していることも言っていたわ。もしかして、王太子は聖女を捜しているんじゃないの? それに、森の魔術が危険かどうかは私が判断するわ。それには、今私に必要なのは情報。人に言えるだけでもいいから教えてくれないかしら」

 追放されてから、エインセルは一切の情報を断っていた。それが今になって悔やまれる。

 家族は率先して自分を捨てて保身を図ったし、聖女の活躍や恋模様など知りたくもなかった。だから、噂の類も含めて、領内のこと以外、知ろうともしなかった。


 しかし、平穏を守るためには、今の世情がどうなっているのか知る必要があった。

 トリスタンは、必死なエインセルの様子に思案していたが、やがて目を伏せた。


「どこから貴女は知りたい?」

 譲歩するトリスタンの言葉に、エインセルはほっとした。これで少しは自分が置かれた状況を把握することができると。


「私、数年前に王太子が流行り病で変わったことと、聖女がこの国に来たことしか知らないわ。その後何が起こったのか、さっぱり」

 それを聞いて、トリスタンは呆れたように嘆息した。もう何度目のため息か。


「魔族対策のための諸国会議は知らないのか」

「ええ。知らないわね」

 本当は、聖来が特殊ルートを開放するために無理やり開催したのは知っているが、そのためにイグリットは追放され、何とか死を偽装したその後のことは知らない。


 トリスタンは事務的に、その後にあったことを話した。

 発端となったイグリットの魔族との関与だが、帰らずの森へイグリットを追放した際、見送りに来ていた聖女へ襲い掛かったことから、聖女とその供の者たちの活躍で討ち取られたとのこと。その際、イグリットが「魔王の種」と呼ばれる魔力の結晶である魔晶石に憑りつかれ、自分の意思とは別に魔王復活に手を貸していたことが分かったとのこと。


 件の「魔王の種」とは、魔力の高い人間に憑りつき、恐怖や憎しみといった負の感情を人間から集め、魔王復活の糧となる魔晶石で、憑りつかれた人間は残忍で狡猾になり、正体を隠したまま恐ろしい事件を引き起こすと言われ、イグリットが急に人が変わったように大人しくなったのも、魔晶石がこれからもっと大きな事件を引き起こす前触れだったと説明されたらしい。

 魔晶石に魅せられた人間は完全な操り人形となることから、イグリットの単独犯が確定され、ギルモア公爵家にはお咎めなしとなり、魔王復活を未然に防いだ聖来は、聖女としての名声をさらに高めたようだった。


 エインセルはトリスタンに表情が分からないよう努めたが、思わず眉を顰めてしまった。早々にイグリットを裏切った公爵家がお咎めなしは不満だが、領地民に影響が及ばなかったのは幸いだった。少し胸がざわついたのは、生家への想いではなく、「魔王の種」について不安を感じたからだ。


 ゲームの記憶で「魔王の種」は、逆ハーレムルートが完成する二週目以降に発生する「魔王復活」イベントをクリアした後、最短で三週目以降にショップに現れるご褒美課金アイテムだ。それをイベントスタート時に使用すると、その時点で一番好感度の高いキャラルートの悪役令嬢役が種に憑りつかれて事件を起こし、それを大神殿で封印するだけで、最高難易度の「魔王復活」イベントからRPGやバトルという面倒な攻略要素を取っ払った、恋愛モードだけの逆ハーレムルートがプレイできるという、攻略掲示板で「甘いの食べ放題(スイーツバイキング)」と呼ばれていた幻のアイテムだ。


『完全に私の読みが甘かったのね』

 納得しかない結果だったが、三週目以降のアイテムが出てくるのなら、いろいろな段取りを取り払ったエピソードが起きても仕方がないことだ。今後はゲーム完結後のアップデート要素まで考慮しなければならないという頭の痛い現実も突き付けられた。


「大丈夫か? 顔色が悪いが」

 意外にも、トリスタンはエインセルを気遣うような素振りを見せた。赤い目が僅かに細められ、眉を顰めたエインセルの顔をじっと見つめる。攻略対象でエインセルの平穏を脅かす存在でなかったら、頬を赤らめていたかもしれないくらい綺麗な顔だ。


「気のせいよ。それで、その後聖女様はどうしたの?」

 可愛げのない言い方に幻滅したのか、トリスタンはその後元に戻って、また淡々と話した。


 イグリットの遺体と「魔王の種」を大神殿の最奥に封印すると、諸国会議は解散となったが、名声を得た聖来との繋がりを持とうとたくさんの男性からの求婚が始まったようだ。貢物だけでひと財産となるような勢いだったが、聖来は誰の求婚にも頷かず、誘われるがままにただ求婚者たちとの交流を続けていたようだった。


「あら。じゃあ、あなたも聖女に求婚したの?」

「何故、私が?」

 興味を装って探りを入れてみたが、案外あっさりと否定されてしまった。心底不快気な様子なので、逆ハールートを起こす前のトリスタンの好感度が低かったのかもしれない。

「でも、聖女は凄い力を持っていて、とても愛らしいのでしょう?」

「力は……そうだが、あれは愛らしいというより『あざとい』だな」

 かなり辛辣な言い方に、トリスタンから聖来に対する嫌悪が見えた。どうやら攻略対象だからといって、聖来に無条件に好意は抱かないようだ。それはエインセルにとっては多少の救いとなる。


 聖来は一度、魔王復活を阻止した祝いをした際に、一堂に会した攻略対象たちを集め、何故か「みんなで一緒に暮らしたい」と言ったらしいが、それぞれが責任ある立場の人間がそんなことができるはずもなく、トリスタンと皇帝は一蹴し、他の攻略対象たちは困ったように辞退したという。聖来はその後「なんで、こんなのおかしいわ」とブツブツ言っていたそうだが、攻略対象たちは距離を置いていたようだ。トリスタンは、「自分の頭がおかしいのだろう」と、身も蓋もないことを言っていたが。


 その後も聖来は何を思ったのか、攻略対象がいる各国、各地を精力的に回ったようだ。おそらく、「みんなが来ないなら、わたしが行けばいい」とでも思ったのだろう。聖女なので歓迎はされたが、結局攻略対象たちからの求婚はなかったようだった。


『これだけ原作からかけ離れているのに、まだ聖来は原作を追いたいのね』

 それはいっそ健気に思うほどだったが、殺されかけた身としては、もういい加減にしてほしいというところだった。


 うんざりしながらも表情に出すまいとしていたが、もう一つ聞いておかなければならないことがある。

「それで? 王太子殿下は何をしにこちらにいらしたの? 聖女はここにはいないのでしょう?」

「……いずれ布告する予定であるし、貴女が信頼のおける森の魔女であるから告げるが、まだ口外しないでほしい」

 案外重たく前置きし、トリスタンは口を開いた。


「王太子殿下は、三年前に断罪された〝イグリット・ギルモア〟をお探しだ」

 声を上げなかった自分を褒めてやりたいとエインセルは思った。


「……それは、どういう? 〝イグリット・ギルモア〟は確か王太子の婚約者じゃ……」

 思ったより声は平静だったが、少しだけ震えてしまった。それをトリスタンは少し目を細めるようにして見て、もう一口茶を口に含んだ。


「魔族と通じた罪で、ほぼ処刑のような刑だったが、理由は定かではないが、恐らく殿下は彼女が生きていると確信している」

 それでは困るのだ。エインセルは表情に出ないように努めていたが、どこかに綻びが出そうで恐ろしかった。

 何が理由かは分からないが、やっと手に入れた今の平穏を脅かされるような事態は決して望んでいないのに。


「何故? ほぼ処刑ということは、ご令嬢の遺体はあったのでしょう? それなら……」

「ああ。断罪はこの地で行われたが、領主である私は携わることすらできなかった。全て執行した後で報告を受け、遺体の確認だけした。見るも無残な状態だったが、不思議と顔の判別はついたからな」

 トリスタンは思った以上に怒りを露にした。

 領主に無断で処刑の地に使ったことが許し難かったのだろう。世界を揺るがす程の、しかも、一族を掛けて討伐を行ってきた魔族との内通の罪だ。トリスタンの怒りも十分理解できた。


 ふと、トリスタンは〝イグリット・ギルモア〟の遺体を見て何を思ったのだろうと考えた。

 トリスタンの怒りは、不思議と〝イグリット・ギルモア〟には向いていないような気がしたのだ。気のせいだろうか。


 それはともかく、シリルが〝イグリット・ギルモアの死〟に違和感を覚えていることが知ることができたことは、重要な収穫だった。


「悪女が断罪されて良かったのでは?」

 自分が〝イグリット・ギルモア〟でないことを無意識に装うためか、思わず余計なことを言ってしまった。


 エインセルの言葉に、トリスタンは表情も変えずポツリと言う。

「私は、彼女が無実だと思っている」

 衝撃的な言葉が聞こえた。確かに先ほども、トリスタンは魔族と通じる人間を最も厭う人間だろうが、不思議とイグリットへの憎悪はなかった。


 何を信じてそう思ったかは分からないが、先ほど見せたトリスタンの怒りは、多少はイグリットのためでもあったのだろうか。

 今はただ、全員がイグリットの敵だったあの断罪劇に、一人でも自分の味方がいたことに、エインセルは不思議と心が慰められる気がした。

 そして、トリスタンの怒りに、婚約白紙を告げたあの日の、十年先を約束した相手への、ほんの僅かでも追悼の意があったなら、イグリットの死への十分な手向けになると思った。


 そんな感傷的な考えに、自分を戒めるよう一度目を固く瞑る。


 トリスタンは少し目を眇めてエインセルを見ていた。

「それより、私は貴女の方が気になるが」

「……あら、やっぱり軟派な人なのね」

 気を取り直す途中で不意に告げられて、また一瞬ドキッとするが、トリスタンの目が色恋沙汰とは縁遠い冷徹な目をしていたから、何か気付かれたか、という焦りから脈が速くなった。表情筋があまり動かないイグリットに感謝だ。


「そうやってはぐらかすな。確か、森の魔女は大変な高齢だと聞いている。今、私の目の前にいるのは私よりも年下に見えるが、これも魔法だというのか?」

 そう言ってトリスタンは、スッとエインセルの右手の中指を見る。そこには、常に姿を変えるための魔道具の指輪が嵌めてある。

 更にエインセルはドキッとさせられる。半分正解で半分外れだ。トリスタンは攻撃力のある魔法は使えるが、探知能力が優れているという設定はなかった。だから、この指輪が姿を変えているものだと分からないはずだ。もっともエインセルの身に付けている装身具といえば、このシンプルな指輪しかないのだが。


 フッと、短い息をエインセルは吐いた。

「先代は、一年前に亡くなったわ。私はその跡を継いだの。それでも信用できないなら、なんなら結界でも解いてみましょうか?」

 眉間にしわを寄せて言うと、トリスタンは更に冷たい表情になった。

「冗談でも、森の魔術を解くなどと言うな」


 静かにトリスタンが怒っているのが分かる。この地を護ることにその身を捧げているトリスタンにとって、この森の魔術がどのようなものなのかを嫌でも感じた。

 だが、エインセルにも言い分はあった。


「私だって言いたくないわ。でも、あなたが私を信用しないからじゃない。変な術にかかったあなたを保護して、命を狙われているんじゃないかと心配して助けようとしていたのに、そのお返しが殺されそうになったり、疑われたりじゃ、当たりたくもなるわ」

 トリスタンの赤い目を睨みながら言うと、トリスタンは不思議そうに尋ねた。

「何故、幼い子が命を狙われていると?」

「そんなの、ウォルフォード家の直系の証の赤い瞳をした幼児が、森で倒れていたら、そんなのあなたの隠し子で、お家騒動しか考えられないじゃない」


 原作ゲームでも薄っすらとお家騒動があった記憶があったのでそう言ったら、トリスタンは意味を掴み損ねたのか、きょとんとした顔をした。

『ちょっと抜けた顔をしていても美形なのが腹が立つわ』

 明後日の方向に怒りが湧くが、次いで起きた出来事にその怒りもすっかり飛んだ。

 なんと、鉄壁の冷徹な無表情が、微かだが笑ったのだ。


「ちょ、ちょっと何がおかしいの?」

「いや。貴女は私の予想の斜め上を行くな、と思って」

「私が間抜けだって言いたい訳?」

「まさか。さすが魔女殿だと感心した」

「……絶対馬鹿にしているわね」

 思わず呟いたら、存外楽しそうにトリスタンは目を細めた。

「すまなかった。事情があるとはいえ、神経質になっていた」

 素直に謝られてしまい、今度はエインセルの方がいたたまれない気持ちになった。

「いいわよ。私も結界のことは言いすぎたし。あなたたち北部公爵領の人たちが、どれだけ魔族の脅威と命懸けで臨んできたか知っていたのに。ごめんなさい」

 エインセルもバツが悪くなり素直に謝ると、今度こそ驚きを表してトリスタンが目を大きくした。そしてすぐに、柔らかくその赤い目を細めた。


 しばらくは、無言の時間が過ぎる。だが、穏やかな沈黙だった。

 何故だかそわそわしてしまい、エインセルは慌てて茶器から二人分カップに注ぐ。

 それを、何かをごまかすように一口飲んで、思わずエインセルは「ゔ」と変な声を出してしまった。誤って、最初にトリスタンに淹れた茶葉の方を使ってしまったようだ。


 また、トリスタンの強い視線を感じたが、どうやらトリスタンも薬草茶を飲んだようで、ふうとため息が聞こえた。

「やっぱり俺の茶は嫌がらせだったじゃないか」


 しみじみとした声に、エインセルは少し意地になって「お、美味しいわよ」と、少し震える声で言ってしまった。完全にバレてしまったのを痛感しながら。

飲み物で悪戯しましたが、スタッフ(本人)が美味しく?いただきました。

良い子は苦~いお茶で遊んじゃだめですよ。本当に不味いですよ~。


次話は13時の投稿です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ