4 良くない噂
本日4話目の投稿です。
晴れの日が続いて、道の雪も解けて歩きやすくなった日、エインセルは決心して街に下りることにした。
スティは置いていこうとしたが、何故か無表情のままエインセルの足にしがみついて離れず、仕方がないので一緒に連れて行くことにした。
道中はスノウが護衛をしてくれるが、街が近くなるとスノウは白猫に姿を変えた。使い魔であるスノウとパンは、その姿を自在に変えることができ、簡単な魔法も使える賢い子たちだった。
途中までスティを背中に乗せていたスノウが、森の魔術から少し出た場所で、突然唸りだした。スティを下ろして、素早く自分と同じ姿を変える魔法をかけて目の色を変える。エインセルのは突然解けないよう、魔道具で姿をかえているのだが。
そして、そっと茂みに隠れながら様子を窺った。スノウも猫に姿を変えている。
見るとウォルフォード家の黒い軍服を着た兵士四、五人が森の魔術の方へ歩いていくところだった。そして、境界に来ると、何故か殿だった兵士の後ろに現れたため、この先に進めずに何かを話し合っているようだった。
たまに「トリスタン」「聖女」「後継者」「探せ」という単語が聞こえてくるので、やはり何かしらのお家騒動があったようだ。だがまだ、目の前の兵たちがスティの味方と決まってはいないので、エインセルはそっとその場を抜け出した。状況を分かっているのか、スティも大人しくエインセルの言うことを聞いて、静かについて行った。
それにしても、「聖女」などという不吉な単語を聞いてしまって、エインセルは少し不快になった。
いつもとは違うルートで森を抜け、もう少しで街という所で、エインセルは呼び止められた。油断していた。
「そこの御婦人。お話を伺いたい。待たれよ」
太く響く声で呼び止められ、嫌な予感はしたものの、答えないのも不審がられると思い、エインセルは仕方なく対応することにした。
振り向くと、女性では長身であるエインセルも見上げるほどの大きな男で、北部特有の黒髪を短く整え、綿の入った鎧下と皮鎧をまとった貴族風の騎士だった。この寒さで鉄の甲冑は着ている本人が凍傷になるため、この季節は皮鎧が一般的だ。
そして、特徴的な裏地が赤い黒のマントを付けていることから、男がウォルフォード家でも高い地位にいる騎士だと見て取れた。
「何か御用でしょうか、騎士様」
エインセルが振り向くと、大男は一瞬目を瞠った後、盛大に赤面した。
「あ、いえ、このような場所を女性が歩かれるのは危険では、と」
「私一人ではありません。この子たちと咳止めの木の実を採りに来たので」
そう言って、エインセルはスティとスノウを指した。
一応証拠とばかりに、肩から下げた大きな布のカバンから、小さな赤い実が連なった木の枝をひと房取り出した。このカバンは森の魔術の応用で、カバンとエインセルの家の保存庫とつなげてあって、そこから物を取り出したり、逆に物を送り込んだりできるものだ。買い物の際は随分重宝している。
「それに、この子はとっても頼りになります」
軽く屈んでスノウを撫でると、男を見上げて「にゃ~」と鳴く。こうして見るとただの可愛い猫だが、本当に頼りになる相棒だった。
その答えに何をおどろいたのか、大男はもう一度目を大きくして何故かスティを見た後、小さく咳ばらいをして、歯切れ悪く尋ねてきた。
「こちらは……その、貴女のお子さんですか?」
これは不審がられているか、と警戒し、相手の誤解をそのまま利用としようとした。夫と子持ちの方がいろいろと疑われにくいからだ。
「ええ。私のむす……」
「セル姉さま」
「弟です」
息子と言おうとしたら、何故かいつも無口なはずのスティが急に口を挟んできたので、エインセルは即座に言い直した。即座に立てたプランが台無しである。
だが大男は少しほっとしたような声で「そうですか、弟さんですか」と言って、子供好きそうな笑顔を浮かべると、しゃがんでスティの頭を撫でようとした。スティはその手をパッと払う。その仕草が、何故かとても堂に入っていた。
大男はショックを受けたような顔になるが、すぐに気を取り直してエインセルに再び尋ねてきた。
「もう一つお尋ねしたいのですが、この森の近くで、背の高い黒髪の若い男性を見掛けませんでしたか? 貴女よりも少し年上で、非常に整った顔立ちをしているのですが」
スティのことかと身構えたが、どうやら別の人間を探しているようだった。随分と曖昧な伝え方だったので、あまり公にできない人間を捜しているのだろうか、とエインセルは思うが、取りあえず探られて困る身ではあったので、無難に答えた。
「残念ながら。ですが、お見掛けしましたら街の屯所へお伝えします。では」
そう言って去ろうとすると、「あ!」と言って、大男がまた引き止める。
「あの、自分はクレイグ・ソザートンと言います。白夜城の騎士をしています。貴女のお名前を伺ってもよろしいか?」
急に名乗られて驚いたが、それよりも名乗られたその名に更に驚いた。白夜城は、北部公爵家の居城の名前だ。そして、ソザートン姓はトリスタンの直臣であり、クレイグはトリスタンの腹心だったからだ。
乙女ゲームにも出てくるサブキャラでもあって、エインセルはそういえばスチルで見たことがあるかも、とうっすら思い出していた。
人が好さそうで朴訥としているが、よく見れば乙女ゲームの名前持ちにふさわしく整った顔立ちをしている。だが、どちらかと言えば、人懐っこい大型犬という感じだ。
クレイグは人が好さそうだし、トリスタンの腹心なら、もしかしてスティを託す方がいいのでは、と一瞬思ったが、スティと接した様子から面識はなさそうで、腹心も知らない隠し子だとしたら、本当の姿を見せたら大変なことになりそうな予感しかないので諦めた。万が一の事が起きるのは絶対に防がなければならない。
「え、ええ。私はエインセルと申します。それでは失礼いたします。どうぞ、白銀の御加護厚い日をお過ごしください、騎士様」
関わらないと決心し、ササッと北部で定型の挨拶をすると、不審に思われない程度の速足でその場を去った。
クレイグは寂しそうな犬のように、追いかけたそうな雰囲気だったが、彼の姿が見えなくなる所まできてようやくエインセルは大きな息を吐いた。それにスティは文句も言わず付いてきてくれていた。
「ごめんね、スティ。疲れた?」
しゃがんで尋ねるが、スティは息も乱しておらず、無言で首を振った。急に「姉さま」と言ったのには驚いたが、スティなりに気を使ってくれたのだと思うと嬉しかった。
取りあえずクレイグの言うことから考察するに、行方不明になっているのは大人の男性であり、先ほどの兵士もその捜索に駆り出されていると思われた。
エインセルは、街に入ってからも、買い物のついでに情報収集を行った。
この街は、森の魔力の恩恵からか、他の地域に比べても雪は少ない方で、冬であっても行商などの流通は滞っていないようで、更に北部にある領都の情報も入ってきた。
何でも、王都から王太子が北部公爵を訪ねて来たらしいということ。その後に、何かの捜索隊が出たとのこと。
その捜索隊が探しているのは、若い女性だということ。
『想定外ね。クレイグがここにいて若い男性を探していて、領都では多分王太子の要請で若い女性が探されている。でも、小さな男の子を探す話は無し、と』
王太子が絡んで若い女性と聞いて思い当たるのは、思い出すのも嫌だが、あの「聖女」の聖来のことだろう。先ほどの兵たちも「聖女」という単語を使っていた。今、王都にいると思っていたのに、北部に来ている可能性がある。
もしかすると聖来は、逆ハーレムルートに必要な、何らかのイベントを起こしに来たのかもしれない。エインセルは、逆ハーレムルートに興味がなかったのでプレイしていないので、まったく見当もつかないが。
そう考えると、エインセルは全身を襲う悪寒に身を震わせた。
もう二度と聖来とは関わり合いになりたくなく、三年前の追放劇でカーラに助けられた際、公爵令嬢イグリットは死んだように魔術で偽装したのだ。
だがもし、イグリットが生きていることがバレてしまったら。
エインセルは、思わずスティと繋いでいた手に力を込めてしまい、「いたい」と訴えるスティに謝りながら家路を急いだ。
このお話は、可愛らしい動物が出てきます。
幼児、猫とユキヒョウ(同一人物)、シマエナガ、ワンコ。
皆さんはどれが一番お好きですか?