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10 魔女と北部公爵の攻防

本日三話目の更新です。

前話までをお読みでない方はそちらか閲覧をお願いします。

あと予告で13:00って書いてのに、予約忘れてました

(*≧∀≦*)テヘ

 苦い茶で狼狽えてしまったエインセルは、トリスタンから目を逸らすようにふと天窓を見た。

 そこにうっすらと雪が覆っていた。天窓だけは採光のために高価な玻璃を入れていたので、外の様子が見えるのだ。

 そのエインセルの動きに、トリスタンも気付いたようだった。


「とうとう降ってしまったか」

 これまでで一番大きなため息を吐き、トリスタンが目を伏せる。先ほどもそうだが、彼はすぐにでも城に戻りたいようだったので、また遠のく帰還に疲れたのだろう。


 北部で雪が降るということは、人の行き交いが命に関わることと同義だ。安全をおろそかにしていい身ではない自覚があるのか、どれほど急いていたとしても、トリスタンは無暗に夜の森や雪道を辿り、自分の命を危険に晒すような真似はしないようだ。


「無謀と勇気は違うと聞いたことがあるけれど、あなたはちゃんと自分の命の価値を分かっているのね。いい子」

「……いい子。貴女はやはり、私より年上なのか?」

「女性に年齢を訪ねるなんて、まだまだ人間が出来てないわね」


 エインセルはこの世界で目覚める前は、日本の大学生で就職活動をしていた。この世界でも四年以上を過ごしているので、イグリットよりも三歳年上という設定のトリスタンよりも精神年齢は上だ。

 ついつい年下の感覚で言ってしまったが、精神年齢云々を言っても信じてもらえないだろうから、エインセルは言葉遊びのように回答を避けた。


 本音を言えば、ここが物語の世界で、自分も含めて虚像のような存在であるということを思い出したくなかった。自分もトリスタンもシリルも、触れ合えば温かく血の通った人間であるのに、ある世界の〝乙女ゲーム〟の舞台で、娯楽のためのキャラクターであるということは、自分を含めてこれまで関わってきた人間全てを生きた人間であることを否定するように思えたから。


「とりあえず、どれほど心配でも今はどっかりと腰を据えて、動けるようになるまで時を待つのが仕事ね」

「ああ。運が良ければ、明日の昼には出られるようになるかもしれないしな。それまでは世話にならせてもらう」


 話が一度区切れたところで、エインセルの手に白いフワフワの塊が転がってきた。忘れていたが、ケサランパサランがいたのだった。そこでふと思いつく。

「そうだわ。私には天候を変えるような魔術は使えないけど、天にお祈りして、お天気をお願いしましょう」


 少し不審そうにトリスタンには見られたが、エインセルはいそいそと使わなくなった布の端切れを持ってきて、一番大きな布の真ん中に端切れをまとめて包み、ぐるっと麻ひもで結ぶと、書付用の羽ペンで球体になった部分に「へのへのもへじ」と書く。


「できた。久しぶりに作ったからちょっと歪だけど」

「なんというか、随分……独創的な呪物だな。魔女のなせる業か」

「呪物だなんて失礼ね。下手くそって言いたいの? これはてるてる坊主と言って、子供がお天気を願うおまじないよ。気休めだけど、これでお天気になったら儲けものでしょ?」

「そうだな」


 あとはこれを軒下に吊るすだけだが、確か花を吊るすためのハンギングバスケット用のフックがあったはず。エインセルは、てるてる坊主の麻ひもの先に輪を作ると、窓の鎧戸を開けた。途端に凄まじい冷気が入り込んでくるが、気にせずフックに手を伸ばす。


 エインセルは、女性の中では長身の部類だが、庇近くにあるフックは届きそうで届かないもどかしい位置にあった。面倒だが踏み台を持ってくるか、と思い諦めようとすると、ふいっと背後からてるてる坊主を奪われた。背中に人の体温を感じたので、すぐにそれがトリスタンのものだと気付く。トリスタンはほとんど真後ろから手を伸ばしたようだ。そして、難なく庇に手を伸ばし、丁寧にてるてる坊主を下げた。


「こんなものか?」

「……ええ」

 頭のバランスが良くないのか、少し傾いて上目使いになってメンチを切っているように見えるが、トリスタンがエインセルに少し得意げに尋ねるので、ちょっとくらいいいかと思って頷く。

 そして、ふと見上げた空は、夜でも分かるほど雲は厚いように見えた。


「明日、無事に晴れるといいわね」

「ああ」

 風も音もなく、静かにしんしんと降る雪を見てエインセルが言うと、窓枠に手を掛けて身を屈めながらトリスタンも外を覗く。北国特有の小さな窓だから少し触れているのか、さっきよりも他人の体温が鮮明に感じられた。

「近いわ」

「……すまない」

 トリスタンも気付いたのか、スッと離れた。

「でもありがとう」

「いや。私の方が礼を言うべきだろう」


 少しだけお互いに気まずい雰囲気になるが、多分精神年齢的には前世?分を合わせるとエインセルの方が上かと思われるので、先に口火を切ることにした。

「さて、それじゃあ、明日帰ることを前提にもう寝ましょうか」

 そう促したが、一瞬でトリスタンが変な顔をした。


「なに?」

「私は数日眠らなくても大丈夫だ」

「そう。ん? ……もしかして、寝る場所があのベッド一つだけだと思っている?」

「…………」

 沈黙が肯定を表している。元々冷たい表情が眉間に皺が寄って、更に霜が降りていた。


 スティから戻った時に、エインセルを刺客と思って攻撃してきたが、もし暗殺が常態化しているのであれば、人の気配がすると眠れないタイプの人間なのかもしれない。

 それと、ウォルフォード家の血の呪いもあるので、トリスタンは男女の睦み事には慎重であろうが、万が一にもエインセルが誘っていると思われるのも癪なので、エインセルも思い切り冷たい表情で見返した。


「勘違いしてほしくないんだけど、スティは三歳くらいで危ないから添い寝していたけど、ここにはちゃんと二つ寝室があるわよ。一人だと刺客が心配なら護衛も付けるけど?」

 そう言ってスノウを見ると、にゃあと鳴いた後、スノウはユキヒョウへと変化する。そしてエインセルは、フワフワとエインセルにくっついているケサランパサランを指に取ると、ピトッとトリスタンの高く形の良い鼻先に移した。


「幸運の妖精もおまけしてあげる。これで怖くないでしょ?」

 鼻に綿毛を付けた美形が、こんなに微笑ましいものとは思わなかった。エインセルはクスクスと笑いながらトリスタンを眺めていると、それまでの不機嫌とも違う非常に不本意そうな顔でトリスタンがケサランパサランを剥がした。そのまま綿毛をポンとエインセルの頭に乗せた。


「貴女は随分距離感が近いな」

 ちょっとムッとしたような雰囲気だが、不思議と怖い感じはしない。

「それは、公爵閣下を立派な紳士と信じてのことですわ。でも私より、あなたの家臣のクレイグ卿の方が人懐っこかったわよ」

「あいつは貴女に何かしたのか?」

「何かということはないけれど、森でスティだったあなたと一緒に出会ったの。あなたを捜している最中だったのに、女性と子供では森は危険だとそれは親切に、名前まで名乗って心配してくださったわ」

「……あいつめ」

 かなり不機嫌にトリスタンが吐き捨てる。何か悪い想像でもしていたらあの大きなワンコが可愛そうかと思い、エインセルは少々フォローしておく。


「ああ、あなたに気付かなかったことについては叱らないであげて。あなたの完全な味方だと分かるまでと思って、魔法であなたの姿を変えていたから」

 と言ってから、自分の言葉が失言だと気付いた。

 先ほど姿を変えているのではという話題を逸らしたばかりなのに、自分がその魔法を使えることを暴露してしまったのだ。

 いくらトリスタンがイグリットの無実を信じてくれているからといって、気を抜きすぎた。


 動揺を悟られないよう、平静を装ってチラリとトリスタンを見るが、当のトリスタンは顔を顰めてため息を吐いていた。

「あいつは、帰ったらしごき直しだな」

 どうやら気が逸れていたようで、エインセルの失言には気付かなったようだ。エインセルはホッと安堵の息を吐く。


「さ、帰るのもおしおきも、明日以降に出来ることは明日にしましょ。あなたの寝室はさっきの部屋の向かい側よ。私は明日まであなたから貰うお礼を考えておくわ」

 そう言ってエインセルは二階への階段を指し示すと、トリスタンは「お手柔らかに」と肩を竦めるようにしていたが、素直に二階へ上がっていった。


 エインセルも居間の明かりを消し、明日からまた平穏な日々が訪れることを祈って部屋へと戻っていった。


※※※※※


 翌朝、エインセルが目覚めると、既にトリスタンは起きていた。鎧戸を開けてみると、昨夜の雪が嘘のように止んで、暖かい太陽の光が差し込んで来た。


「さすが魔女殿。見事に晴れたな」

「ええ。自分でもびっくりよ」

 朝の挨拶をしながら、トリスタンがそう言う。エインセルもそれに応えるが、トリスタンはどこか淡々としていて、昨夜よりも感情が読めない。


 その後は、昨夜の残りのトマトスープを温め、今日は体力を使うトリスタンにはとっておきのベーコンを厚切りにして出した。トマトスープは微妙な味でも、素材を生かして焼いただけのベーコンステーキとパンは美味しいはずだ。トリスタンは、文句も言わずに全て食べてやけに感慨深くお礼を言った。多分味にそれほど期待していなかったが、思ったより食べられたからだろう。


 雪が薄っすらと溶け始め、道も分かりやすくなった頃、トリスタンはここを出ることになった。

 エインセルは昨日の夜のうちに縫っておいたトリスタンのコートを持ってくる。切り取ってしまった布の部分を補うように、不格好ではあるが少し残っていた毛皮を継ぎ足して、残りの毛皮で簡単なミトンの手袋を作ったのだ。

 トリスタンはそれを、やけに丁寧な仕草で受け取った。


 二人で外へ出て、白夜城へ一番近いゲートを開ける。その手前でトリスタンは振り返った。


「この礼は必ず。貴女が望むものを贈ろう」

「はい、これ」

 エインセルは義理堅く欲しいものを尋ねるトリスタンに、一枚の紙を渡す。

 それを見て、トリスタンは軽く眉を顰めた。そこには、滅多に採れない希少な植物や魔物の素材など、北部公爵といえども手に入れることが非常に困難なものが書き連ねてあった。

 もう二度と関わってくれるな、と暗に伝えているものだ。


「分かった」

「即答しないで、冗談だから」

「いや。貴女にはそれだけの恩を受けたと思っている」

「あなたには冗談も通じないの?」

「これくらいなら何とでもなるのでな」

「……これだから嫌だわ、ヒーロースペックって」

「何か言ったか?」

 ボソボソと文句を言うと、スンとした視線をトリスタンが向けてくる。今ではその視線は彼の普通の仕草だと何となく分かったので、ヒラヒラと手を振る。


「じゃあ、気を付けて帰って。それと二度とここへは来ないでね」

「ああ、また来る」

「……」

 話が通じないトリスタンに、エインセルは彼に渡したメモを奪おうとした。本当に書かれた物を持ってきそうで怖いからだ。それをトリスタンはわざと高い位置に掲げて避け、ほんの僅かだがニヤリとした。ここにいた短い時間で随分と表情が豊かになったものだ。


「諦めて、逃げずに待っていてくれ」

 そう言ったトリスタンは、どこか楽し気だった。何を企んでいるのか、メモを返す気はなさそうだ。

 エインセルは仕方なく、くれるものは貰っておこうと思い直し、面倒であれば、それこそまだ使っていない隠れ家に逃げ込めばいいと思っていた。


「……ええ、善処するわ」


 追い払うようにゲートに送り出したが、広い背中が光の中に消える前、僅かに振り返ったトリスタンの赤い目と視線が合った。


 少し細められたその目に、エインセルは少しばかりの嫌な予感がしたが、無理やりそれを追い払った。

少しだけイチャイチャさせてみました。

え? イチャイチャじゃない? そんなことはないです。


そんな訳で、またストックができましたら更新したいと思いますが、また不定期化とおもいますので、気が向きましたら閲覧よろしくお願いいたします。

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わーお。久しぶりでうれしくて楽しく拝読しました。 隠し事が多いせいで、うまく立ち回ったと思ったらぽろっと失言をしてしまうおまぬけ魔女さん。 嫌な予感は的中するんですよね? 通知が仕事をしていなかった…
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