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それは夜も零時を回った頃、ほの白い砂浜の波の満ち引きするあたり
陸に向かってずりずり進んでくるものがあった
人の形に灰色と黒、所々に緑色が巻きついている
これぞ、恐るべきわかめの魔人
わかめ男である
その向かう先には海岸沿いの国道、その端に止まったボックスカー
月もない闇の中でその周りだけが淡いドーム状の明りに包まれている
二つのバーベキューコンロの明りである
その傍らに五、六人ばかり食べたり飲んだり踊ったり
時折「ギャハハ」と歓声が上がる
携帯スピーカから流れるヘビメタが虚空に消えていく
パリピである
わかめ男はこの海岸の町に存する種々雑多な
生物の中でパリピというのを最も嫌っていた
わかめ男が人間であった頃、すなわち
中卒のハゲのチビの小太りのアホ面のくるくるパーであった頃
肝井仁のまわりにしばしば出没していたのがこれらパリピであった
といっても彼らと何か関りがあったわけではない
人一倍の寂しがりにして根が頗るセンシテブにも出来てる仁くんは
楽しそうにしている連中が近くにいるというだけで
焦慮の底に沈むのであった
「畜生が!、ぺちゃぺちゃ駄弁る事しか出来ねえ
空っぽの腑抜け共が!
手前等には騒ぐだけの歌とスナック菓子がお似合いでぇ!」
無論、此れを声に出すことはない
生まれついての負け犬体質に出来てる仁くんは
泰然の素振と共に孤高を気取るのが常であった
そのパリピ共を眼前にして
人類への憎悪をpresetされてもいるわかめ男は
嬉々として、そやつらを撃滅せんと決意した
しかしながらわかめ男とはわかめである
如何な人間に憑依しているとはいえ
海藻風情がパリピに勝てるのであろうか?
だがしかし、わかめ男には大いなる武器がある
”存在感の薄さ”である
なかなかにグロテスクな外貌でありながら
実のところわかめにすぎないわかめ男は
人間の視界に入った所でわかめとしてしか認識されないのである
この驚くべきステルス性を生かし
わかめの恐ろしさを思い知らせてやるのだ
わかめ男は身を低くしてゴキブリの如く這いまわり
ボックスカーの裏側からバーベキューコンロの裏側に回り込み
焼き網の上にぺちっぺちっとわかめを並べると
するっと道の向こうの茂みに身を隠した
肉のそばで焼けるわかめの奇怪さを以ってして
バーベキューを台無しにし
パリピ共を混乱の渦に叩き込み
その紐帯に楔を打ち込み
果ては相争う惨事を招来せしめんとする深慮遠謀である
無論、根が冷酷非情のクールガイにできてる
わかめ男は同族を火あぶりにして
なんら省みることはない
歓声が上がる
女が箸の先にわかめを挟んでいる
ゆるふわコーデの顔のひん曲がったへちまのような女である
「★きゃあー★なあにこれえww」
ミニスカートにキャミソール
幣原喜重郎のような顔の女が応えた
「★えー★わかめじゃぁんwwww」
灌木に金髪をへばりつかせたようなヤンキーが笑った
「ギャハハハーwwwwww」
果汁を搾り取った後のオレンジのような風体のギャルが言った
「★うけるぅーwwwww」
パンクルックの田吾作が言った
「わかめパーリーにしようぜぇwwww」
パリピ共ははしゃぎ続けた
わかめ男は呆然として立ちすくむばかりであった