一歩目
俺の名前はアカイア・パーシアス、十五歳。
今日という日まで家の外に出たことがない。
父はデミ・パーシアス。母は遠くの場所で今も生きているらしい。それ以外のことを親父は話してくれなかった。会いたいと言ってみたことはあったが、一言「無理だ。アカイアが成人したら詳しく教えてやる」と言って、それ以上は聞くなという態度を親父は示した。
初めて家の戸を押す。十五年間微塵も動かなかった木製の扉が力に従って開く。
扉の先には窓から見えていた景色が実在していた。
外の空気が顔に吹き、日光が目に刺さる。金属が焼ける匂いも金属片の煤の匂いもしない、自然の匂いだ。
まるで目と鼻と口、空気が触れる部分すべてが現れたような爽快感だ。
足を踏み出す。家の床と違って土だ。そのことにすら感動を覚える。
後ろを振り返ると、親父はまだ背を向けていた。
無表情でぶっきらぼうな男だったが、俺を外に出さないこと以外は良い父親だった。
黙って頭を下げ、扉を閉める。
今から向かうのは魔法学園ピトリーノだ。
目的は一つ、強くなるためだ。剣の腕でも、鍛冶の腕でも親父には敵わなかった。つまり、人生で一度も親父に勝ったことがなく、それは誰にも勝ったことがないということだ。
親父は強かった。親父自身はこんなものは役に立たないと言っていたが、俺は憧れた。だが、親父のような剣の才はなく、鍛冶の腕は悪くないらしいが親父に勝てるものではない。
将来は神獣を倒し、その素材で武器を作る鍛冶師になることだ。
親父を超える鍛冶師になるために、まずは神獣を狩るための力を手に入れる。
一段階目は、親父から鍛冶の技術を教わることで完了した。
二段階目は、魔法学園で戦う力を手に入れることだ。
腰には護身用の剣を携えている。これは俺が作った中で最も良い出来だった片手剣で、魔法文字は刻んでいない。魔法学園で学び、自分の戦闘スタイルに合った魔法を刻むつもりだ。
家を出る時に持って出た武器はこの剣と親父にもらった謎の儀式剣だけだ。
もしも何かがあれば、これらで自分の身を守るしかない。
ローマロアまではギフ山を越え、ラプン草原を越えなければならない。ギフ山には神門が確認されている。強力な神獣はいないようだが、危険度は高い山らしい。ギフ山の麓に広がるラプン草原はローマロアを囲うように広がっている。希にギフ山から下りてきた神獣がラプン草原にも現れるらしいが、ローマロアに常設された対神獣魔法兵器が対処するらしい。かなりロマンに溢れる響きだ。
山を越えるまではこの町を拠点としている剣王ギルドの方々に護衛してもらう。
彼らとの待ち合わせは町の出口で、この家から近くの場所にある。町に寄る時間はなさそうだ。
町は魔法学園で強くなってから家に帰る前に寄ることにしよう。
家から町とは逆の方向に歩き始める。
道は少しずつ傾き、ギフ山の木々が両脇に現れ始めると、道の先に馬車が見えた。
あれが護衛の依頼を受けてくれた剣王ギルドの方々だろう。依頼を出したのは親父なので、俺は護衛にかかった金額も、剣王ギルドの方々のランクも分からない。
どのギルドにもランク制度があり、上から『英雄級』『王級』『将級』『長級』『兵級』という五段階に分かれている。ピラミッドのような人数分布で、完全に実力で定められている。
親父はギフ山の危険度的に『兵級』でも三人もいれば十分だと言っていた。剣王ギルドに所属するにも試験がある。『兵級』でも神獣に対抗できる強さがあるのだ。
馬車の周りには四人の男が立っている。
どの男もプレートアーマーを装備しており、顔以外を全て金属で覆っている。
プラチナブロンドの髪の男が二人、二人とも瞳も髪と似た色をしている。俺の瞳の色よりも茶色っぽい。この二人は同じ地域で生まれたのだろう。
後の一人はダークブラウンの髪と同じ色の瞳、もう一人はグレーの髪と同じ色の瞳だ。
俺と親父のように髪と瞳の色が違う人の方が同じ色の人よりも珍しいのかもしれない。
「初めましてアカイア・パーシアスです。今日はよろしくお願いします」
「待ってたよ。僕はロンド、君を護衛するチームのリーダーだ。こう見えても『長級』なんだ。ギフ山でヘマをすることはないから安心してくれ」
ダークブラウンの男が一歩前に出て自己紹介をしてくれた。ロンドは『長級』だそうだ。ギフ山の護衛という仕事内容に対して過剰戦力だろう。続いて、グレーの男はアモラ、プラチナブロンドの男はブロとブラルと名乗った。この三人は『兵級』だそうだ。
馬車が動き出した。二匹の馬が縄でつながれ、アモラが手綱を握っている。アモラだけが前の席に座り、後ろにそれ以外の四人が座っている。
親父としか会話してこなかったから口下手で無愛想な俺にも四人は気さくな笑顔で話を振ってくれ、初めての馬車の旅も楽しくなりそうだった。
魔法学園に向かうと言ったら、四人全員が驚き、応援してくれた。
いくらなんでも驚き過ぎじゃないかと聞くと、魔法学園ピトリーノはローマロアにあることもあり、世界最大級の魔法学園らしい。厳しい入学試験もあるそうだ。
「……初耳なんですけど」
親父から入学試験の話は聞いたことがなかった。金はある程度これで足りると親父に渡されたが、そもそも入学するのが難しいとは教えてくれなかった。
「ま、まあ合格できるさ!」
少し気まずい空気が流れたが、ロンドが励ましてくれる。
ロンドによると、魔力を一定量込めると破壊できる物質の塊を破壊するのが試験らしい。試験はそれだけで、魔力量があれば突破できる単純なものだが、それを突破できる人があまりいないらしい。
魔法学園は成人するまでは在籍できる。そして入学、卒業は自分のタイミングで行えるらしい。
俺は本当に最低限のことしか知らないんだな。魔力量でも親父には敵わなかったが試験を突破できるのだろうか。
今はまだ太陽が頂点にも到達していない。このペースで進むことができれば今日中にローマロアに着くことができるそうだ。
馬車から後ろを見ても、横を見ても木々しか見えない。少し前に町も見えなくなり、完全に山の中に入ったということだろう。少し緊張してきた。すべてが初めて見るもので、空気の匂いの変化にも機敏になっている。今までは変わらない景色ということで圧迫感があったが、今はどこを見ても安心感がなく不安になる。
そっと背中に手が添えられた。
「大丈夫だよ。少し休むといい」
体中が緊張し、疲れていたのだろう。少し与えられた安心感で眠気が誘われる。
まだ旅は始まったばかりだ。
ゆっくりのんびり生きよう。