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竜族の血


 体調が戻るまで2、3日任務からはずされることになったコトミは内心ホッとしていた。

 本当はもう体は大丈夫だったが、ルイと顔を合わずことが恥ずかしかった。

 何度も昨日の出来事を思い返してしまい、そのたびに高揚する気持ちを抑えた。

 大胆な自分の行動が信じられない反面、それが正直な心であったことも気づいていた。


 王宮であてがわれた部屋は、来客用の客間だったがコトミはそれを断り、空いている使用人部屋にベッドを入れてもらった。使用人部屋は1階で、逃げるには1番動線が良い。

 部屋に持ち込んだ少ない荷物の整理をしていると、セリーヌが迎えに来てミカエルの執務室へ向かった。

 通された部屋には、ミカエルと側近のシャスバン以外に見慣れない2人の男女が立っていた。

 2名はデルビラ研究所のステファノ所長と薬剤部のセリカ部長だと紹介された。


「呼び立ててすまない。

 数日の間、君を任務からはずしたのは体の回復のこともあるが、こちらの案件を処理したかったからだ。

 内容については今ここにいる者たちしか知らない。

 単刀直入に言うが、君の血を分けてほしい。

 ステファノ、説明してやってくれ」


「はい、まさか竜族に会えるとは思ってもみなかったよ、とても光栄だ。

 君の血をもらいたいのは、今ある万能薬に混ぜて、効果を図ってみたいからだ。

 デルビラ研究所にはさまざまな研究分野がある。

 個人的には種族研究部へ君を連れて行きたかったが、ミカエル王子がそれを許さないのでね。

 ここにいるセリカが統括する薬剤部では、今まで様々な種族の血を混ぜた薬の研究をしてきた。

 獣人族の血はその種目によって格段に効果があがる者がいることもわかっている。

 そこで竜族の君の血を……強制はできないし、あくまでもお願いなのだが……」


「今回だけでいいのですか?」

 ステファノの話をコトミが遮った。

「そんな馬鹿な話ではないはずです。

 効果があれば、継続的に血を採られる。

 別に毎日勝手に体のなかで血は作られるわけだから、使わせてやってもいい。

 ただ見返りがなければ協力はしません」


 その言葉に、研究所の2人はあんぐりと口を開いた。


「フッ……察しがいいね。

 話が進めやすくて助かる。

 遠慮気味に話すのは性に合わない。

 すまないがコトミと2人にしてくれ」


 ミカエルがそう言うと、みな部屋から出て行った。


「さて、君の血に効果があるとして継続的に提供してもらうために、君はどんな見返りを望むのだ」


「体が元に戻ったので王宮の外に安全に住める場所をください。

 王宮にとどまるのは嫌です。側仕えもいりません。

 血は渡しますのでとにかく放っておいてほしい」


「そ、それだけか? 金や宝飾品など、何でもいいから言ってみようと思わないのか?」

 あっけにとられたような表情でミカエルがたずねた。


「余計な物を持っていても足かせにしかならない。

 私はじきにこの国を出て行きます。

 血の提供ができるのも、それまでの間だけです。

 もし効果があっても、竜族の血で薬の効能があがったことは伏せてください。

 一族が……狙われることになるから」


「ほう、一族の者の血が狙われることが心配なのか?

 追われる身でも身内をかばいたいわけだ」


「いえ、血を狙う者がいることがわかれば、竜族は報復をする可能性があります。

 あなたがたが滅びないためです」


 ミカエルは言葉を失った。

 そして腕を組むとため息をついた。


「そうか……わかった。

 君がこの国に長くとどまらないのは、我々を守るためでもあるのか?」


「国としては私の存在を知らなかったことにしておけば大丈夫でしょう。

 ただ、私が見つかった場合、竜族は一斉にこの地に入ります。

 そうすれば迷惑をかけてしまう」


 ミカエルは口元に手を置き思案した。

 そして厳しい表情でコトミを見つめた。


「我々は、君の取り扱いを安易に考えすぎていたようだ。

 君を元の任務へ戻すわけにはいかない。

 住まいのことは早々に準備する。

 それと、もう少しましな変装を考えよう」


「変装ですか……。

 竜族が仲間を探す方法には2通りあります。

 1つは竜態になったときの咆哮、これは残響を追って数日後でも探しだすことができます。

 もう1つは人族の姿になっているときの髪から放たれる極彩色の光。

 その光は竜族にしか見えません。

 今よりましな変装があるなら私も知りたいです。

 血を渡すことは了解いたしました。

 どうぞ研究にお役立てください」


「君は……ずっと、逃げ続けるつもりか?」


「いずれそれが叶わなくなることは承知しています。

 ただそれまでは命がけであらがうつもりです」


「そうか、孤独だな」

 ミカエルは悲しげにほほえんだ。


 その後、別室でセリカから採血をされた。

「じきに王宮の敷地内に薬剤部の分室ができるの。

 今日はこの血を研究所まで持ち帰るけど。

 これからしばらく、おつきあいいただくわね」

 所作も丁寧でとてもやさしく笑うセリカをコトミは気に入った。

「はい」


 そして採決後渡されたのは見覚えのある食べ物、薬膳団子だった。

「薬膳団子……」

「それ食べにくいわよね。必要な薬剤を全部いれるとその大きさになっちゃうのよ。

 味もおいしくないし。 我慢してちょうだい」


「は……い」

 採血のたびに拳ほどもある薬膳団子を2つも食べるのかと思うと気が重かった。

 1つだけ食べて、あとは鞄にしまうと、ジャスティス食堂へ向かった。


 店は混んでいて、すみの席に腰をおろした。

(ライトさんにはあとで挨拶に行こう。 たぶん厨房は忙しいはずだから。

 うーん、メニューが多すぎる)


「あれー、なんでここにいるの?」

 メニューとにらめっこをしているコトミをのぞき込むように蒼い風部隊のレンが声をかけてきた。

(え……)


 そしてコトミのテーブルに、ドカッと、ドカドカッと3人の見知った男たちが座った。

 同じ部隊のミルズとそしてルイがいた。

(ど……どうしようルイがいる)


「えと、みなさんおそろいで」

 そんな言葉しか思いつかなかった。


「俺たちよくこの店利用してるけど会うの初めてじゃね?」

 獣人のミルズがそう言いながら店員に向かって手をあげ大声を出した。

「おねえちゃん、こっち来てよ!」

「あ、はーい、ただいま」

(お……おねえちゃんって)


「体調が戻らないから数日休みだって聞いたけど。大丈夫なの?」

 レンが聞いてきた。


「ドットム先生が気を遣って下さったみたいで」

(ミカエル様の用事のことなんて言えないし、ごまかさないと。

 でもルイは、昨日一緒に遊んでたから、大丈夫なことはわかってるよね)


「俺たちは頼む物きまってるけどコトミは何にするの?

 おすすめはね、ミックスフライ定食。スープもサラダもついてるよ」

 そう話すルイと目が合うと、なんとなく2人して目をそらしてしまった。

 そこに店員が注文を取りに来た。


「ご注文どうぞ!」

「えっとミックスフライ定食……」

 そう言いかけてルイがコトミを見た。


「あ、私もそれで」

「じゃあ4つね!」

「はーい」


「ねえそのターバンとマスクさ、食事の時もしてるの?

 まあ顔の下半分は出てるから問題ないんだろうけど」


 レンがマスクで隠れているコトミの目を確認するように見つめる。

「えと、1人のときははずします。 お店だとしたままかな……」


「ふーん」

 3人は顔を見合わせた。


「席うつるぞ!」

 そう言ってそろって立ち上がり、しかたなくコトミも後についていった。

「じゃじゃーん! ここ個室だからそれとっても大丈夫!

 個室あること知ってる人少ないから、いつもこの部屋空いてるんだよね」

 楽しそうにレンがそう言った。

 確かにそこは個室で、ここまでされると取らないわけにもいかなかった。


「ア、ハハ。じゃあ取ります……」

「おおー! なんかわくわくするね!」

 そう言ってはしゃぐレンの横でルイは少し下を向いていた。


 コトミはターバンを外し、編み上げていた髪をといて、手ぐしで整えた。

 透けるような金色の髪は編み込まれていたせいでウエーブがかかり、その長い髪をコトミは後ろにさばいた。


 レンとミルズは口をあけたまま固まっている。

「コトミ……いい女だな」

 ミルズがそう言うと。

「その言い方やめろ、下品だ」

 とルイが言った。


「そうだよ、もうこれからはコトミ様だな」

 ミルズがつぶやくと、

「ぶっ! なんだよコトミ様って」

 ルイがそう言って、みんな笑い出した。


「いやあ、でもターバンしてるのもったいないな。 俺とつきあわない?」

「レンおまえ彼女いるだろ?」

「いやーん、そうだった! じゃあルイに譲っちゃう!」

「譲るとかものみたいに言うな……」


「あれー? 顔赤いぞルイ、まんざらでもないの?」

 ミルズがルイをからかった。

「おまえこそ顔青いぞミルズ。 あ、ごめんもともとか!」

「てめールイ、食っちまうぞ!」


「ミルズそれ冗談に聞こえない!」

 そう言ってレンがミルズの顔をたたいた。


 コトミは3人の会話のやりとりが楽しくて気がつくと声をだして笑っていた。

 そしてルイはそんなコトミから目が離せなかった。


 食事を終えると髪は束ねずにそのまま店の外に出た。

(大丈夫かな。みんなと分かれたらすぐに飛んで帰ろう)


 竜族に見つかることの恐怖心で、少し落ち着かない自分がいた。

 ただそれ以外にも気になるのは、おそらく2度襲ってきたと思われるやから。

(私の速度に追いついてきた。何者なんだろう)


 3人は送ると言ってくれたが、王宮に住んでいることを知られるわけにはいかず、コトミは用事があると言ってみんなを見送った。

 姿が見えなくなるまで手を振っているコトミを、何度もルイは振り返って見ていた。

 見送るコトミの後ろの建物のかげから誰かが覗いているようで、ルイはそれが気になっていた。


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