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うらぎりの記憶のかけら


 コトミは、窓から差し込む日の光で目が覚めた。

(結局、医療棟に運ばれたのね……)


 見慣れた天井をながめながら昨日の夜のことを考えていた。

(王や王子と会っても別に驚かないけど、ザクス隊長が王子だったことはほんとに驚いた。

 他の隊員は知っているのかな。

 とりあえず安全な住む場所は確保できた。

 でも……このまま配達員としての仕事をし続ければいいの?

 私……変よね……元々ここにいたみたいに、ここが現実のように感じる。

 新しい記憶のはずなのに。

 これはクエスト? それをクリアしないと帰れないとか?

 ゲームじゃないんだから。

 でも何か答えを見つければ戻れるはず。

 それが何かわからないけど)

 

 上体を起すと少し痛みはあるが昨日よりはかなり良くなっていた。

(これなら大丈夫)

 ベッドから降りると身支度を調え、ターバンとマスクをつけて部屋を飛び出した。


 コトミには週に一度、休暇がある。

 兵士と違い配達人は最初からそれが約束されていた。

 今日は休みだったが、リヌを送り届ける約束をしていた。


 病室につくとまだ横になっていたリヌはコトミの姿を見てほほえんだ。


「ドットム先生が言ってた。ターバンを巻いたお姉さんが君を助けてくれたんだよって。

 助けてくれてありがとう」

「いいえ、どういたしまして。

 私はコトミよ。 よろしくねリヌ」

 コトミはリヌの赤毛の髪に手を置いた。

 まだ10才で体も小さいリヌだが、廃坑でオークに出くわす前に突如現れた蛇の魔獣から他の生徒を逃がすために自らおとりになった。毒を受けた体のまま逃げ遅れ、他の逃げ遅れた生徒2人とともに洞窟の中に避難していた。コトミはそんなリヌの行動を親に話してあげたかった。


 リヌの体をくくりつけると防風の魔法をかけ、リヌの家のあるカーザン地区へ向けて飛び出した。


「ねえ、コトミさん。 内緒の約束守れる?」

「え? 何かな」

 唐突にリヌがそう言った。

 防風の魔法をかけていると、杖の上でも風の雑音がはいらずに会話ができる。


「あのね、私のお母さん行方不明ってことになっているんだけど、本当はたまに会っているの」

「え! 状況がよく分らないけど……そ、そうなんだ。

 でもどうして初対面の私に話すの?」

「もうすぐ会いに行く約束してるんだけど、今、飛べないから、その……」

「あー、送ってほしいってことね?」

「うん!」


「やってあげたい気持ちはあるけど、お父さんにまずは話しをしようか」

「絶対無理! 怒り出すにきまってる。っていうかお母さんの居場所教えないことになってるし」

「そうなんだ。 じゃあさお父さんも連れて行っちゃおうか」

「おぉぉ! コトミさん最高!」


 そして、着いた先はジャスティス食堂だった。

(まさかリヌがジャスティス食堂の娘とは……)

 

 リヌを抱きかかえると、リヌに言われたとおりに店の裏の外階段から2階へあがった。

 そして部屋に入りベッドに寝かせた。


「お父さん呼んでくるから」

 シャスティス食堂は1階が食堂で2階が居住スペースだった。

 1階へおりて厨房へ行くと声をかけるまえに大柄な男性がコトミに向かって近寄ってきた。


「あんた……」

「あの、リヌさんが怪我をして、今2階に寝かせたんですが……」

 説明し終わる前にその人はもう階段に向かっていた。


「リヌ!」

「お父さん……」

「何があった!」

 ライトはすぐにリヌの手足を触り怪我を確認した。

 コトミは、リヌが課外授業のときに蛇の魔獣の毒に当てられてしまったことと、蛇用の強い解毒薬で毒はすでに抜けていることを説明した。

 そしてリヌが仲間を逃がすために自ら蛇のおとりになったことも話した。


「おとりに……。

 リヌ、よくやった、といいたいところだが、できないことは無理をせずに逃げてくれ。

 逃げても誰も責めない。それに……怪我をしたら父さん悲しいからな」

「はい! 次からは逃げる!」

「ハハ、そうしてくれ。

 寮生活でなかなか会えないばかりか怪我までしていたとは。

 母さんが知ったら悲しむだろうし、俺はどやされるな」


「軍のドットム先生が言うには1週間もすれば元通りになるそうです」

「良かった……ドットムが言うなら大丈夫だ」

 ライトは小さくため息をついた。


「ここにいるお姉ちゃん、コトミさんが助けてくれたんだよ。

 オークを誘導して、岩で塞がれた坑道から私を助けてくれた。

 ものすごい早さで運んでくれたから、毒で石化しないですんだんだって。

 ドットム先生が言ってた」


「そ……そうか」

 振り返り少し目をうるませながらライトはコトミの手を取った。

「感謝する。本当にありがとう」


「あの、私を助けてくれた先生ですよね?」

「あ、ああ、確かに私が君を診察した。 申し遅れたが私はライトだ。

 元は軍医でドットムは俺の先輩だ」


「そうだったんですね。 あのときは本当にありがとうございました。

 気がついたら先生はいなかったのでお礼が言えなくて。

 先生が私を助けてくれたので、リヌさんを救うことができました。

 リヌさんを助けたのは先生です!」


「あ……ハハハ! そうか、そう考えるとうれしいな。

 でかした自分! あのとき君を治療できてよかったよ」


「そんなことがあったの?」

「ああ、ジャス地区の知り合いから連絡があって、えっとなんて言ったかな店の名前。

 あ、そうだムーンリバーっていう高級クラブだったな」


「え!ムーン……。 ゴホンゴホン……」

「どうしたリヌ、どこか痛むのか?」

「あ……ううん。 お父さんのどが渇いた」

「お、おおそうかすぐにのどに良さそうなものこさえてくるから待ってろ」


 そう言ってライトは急いで部屋を出て行った。

 その姿を見たコトミはうらやましい気持ちと同時に少し嫌悪感を感じた。


(なんだろう……この感じ)

 そのとき突然目の前が一瞬白くなり、裏切られた父との約束がよみがえった。


「お父さん、もっとたくさん会いに来てほしいな」

「ごめんよ琴美。12月24日のクリスマスにはケーキとプレゼントを持って会いにくるから」

「わかった!」

「琴美はなにかほしいものはあるのか?」

「サンタさんにだけ教えてあげるの。 だからお父さんには内緒」

「アハハ、そうか。 じゃあサンタさんのプレゼントを楽しみにしてなさい」

「うん! お父さん、待ってるね!」


 そして、黒くぼやけていた父の顔と声がはっきりとよみがえった。

 この世界で過ごすうちに思い出そうとすることすらしなくなっていた本当の記憶。

 その記憶のかけらが、父の嫌な記憶がフラッシュバックし、コトミは吐き気がした。

(父さんは……簡単に私を裏切った)


「お姉ちゃん、お姉ちゃんってば!」

「あ……ああ、ごめん、ちょっと考え事を」

 蘇った嫌な記憶のせいで力が抜けたコトミは床にへたり込んだ。


「お父さん、大変! お姉ちゃんが!」

 ちょうど飲み物をもって部屋に入ってきたライトは、テーブルに飲み物をおくと慌ててコトミを抱き起こし椅子に座らせた。


「大丈夫か? 前の傷がまだ癒えていないのか。まっていろ今痛み止めを……」

 ことみはライトの袖をつかんだ。


「本当に……大丈夫です。 リヌに飲み物を。 私はこれで失礼します」

「ばかやろう、このまま帰せるわけないだろう」


「おお! お父さんかっこいい!」

「そうだろリヌ! なあコトミ、ちょっとだけ待ってろ。薬を渡すだけだ」


 そう言いながら飲み物をリヌとコトミに手渡して部屋を出て行った。

 力が抜けてしまったのは体の傷みではない。

 傷はほぼ癒えて体力も回復している。

 ただ今は、ケガのせいにしておけば、無駄なことを言わなくてもすむと思った。


「うぉーお父さんのレモネードおいしい。

 のどに良いんだよ。お姉ちゃんも飲んで!」

「うん、ありがとう。

 リヌのお父さんは、やさしくて、頼もしいね」

「うん! ちょっと心配しすぎるけどね!」


(心配しすぎる……か。

 私はもう、親を求める時期は過ぎてしまった。

 子供が幼い頃の短い間が、親子で育める物が一番たくさんあるときだと思う。

 そのころに負ってしまった心の傷はとても深くて、いつまでも癒えない。

 ほんと……いやになる)


 リヌは毒の後遺症から全回復できていないせいか、しばらくすると気を失うように眠ってしまった。

 コトミもライトからもらった薬を飲んでしばらく休ませてもらった。

(この痛み止めが心にも効いてくれればいいのに……)

 蘇った記憶のなかの父親が、ここにいるライトとあまりにも対照的すぎてコトミは苦笑した。


「あんた……竜族だろ」

 ライトが唐突に聞いてきた。

「は、はい。竜族って、わかったんですね」


「まあ、見たのは初めてだったが、美しいウロコの噂だけは聞いたことがあった。

 薬は、人用の薬だとあんたにはおそらく効きが弱い。

 さっき飲ませたのは獣人用だ。黙って飲ませて悪かった、気を悪くしたなら謝る。

 普段、獣人用の薬を独自に調合して作っていてね。そっちのほうが効くんじゃないかと思ってな」


「そうでしたか、効果が見込めるのであれば、なにを使われても気にはなりません。

 もし今日いただいた薬が普段のものより効きが良かったら処方してもらいに来ます。

 ちゃんとお金も払いますから」

「ハハ、そうか。困ったことがあったらいつでも言ってくるといい」


「ありがとうございます。 あの、竜族であることは……」

「心配するな、余計な口は開かない。そうだ今度は飯を食いにきてくれよ、当然おごりだ」

「はい」


 人と関わりを持つのは嫌いなのに、この人にはまた会いたいと、話がしたいとコトミは思った。



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