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対等な握手


 まだ痛みは引かず、尋常ではない疲労感で意識が遠のきそうだった。


(家を知られてしまった、どこで寝よう。行く当てがない)

 前回の傷に追い打ちをかけた今日のダメージで、眠らずに朝まで過ごすことは不可能だった。


(1番安全なのはあそこしか思い当たらない。

 今度襲われたら逃げ切る自信はないし、頼りたくないけど仕方がない。

 とにかく今は安全な場所で体を戻さないと。

 眠ればそれだけで多少は回復する……それと、何か食べなきゃ)


 コトミが向かったのは王宮だった。

 王宮へは部隊棟の身分証でははいれない。


「ルキアス隊長に伝言を」

 門兵に近衛隊長への伝言を頼み、しばらくすると使いの者が迎えにきた。


 ルキアスの執務室へ通されたコトミは、部屋の中の椅子に倒れ込むように座った。

 コトミの様子を見たルキアスが立ち上がり近づいてきた。


「痛み止めを……」

 コトミがそう言うと、ルキアスは一緒にきた部下に顔で合図をしてその者は薬を取りに立ち去った。


「どうしたコトミ」

 特に表情を変えることもなくコトミに聞いた。


「住む場所を、ください。2度襲撃を受けて、今日は家に押し入られました」

「そうか……わかった、確認する」

 ルキアスはコトミの頭に手を置くと、ドアの外にいる兵を呼びつけ、どこかへ使いに出した。


 しばらくして痛み止めと、魔力を回復する薬、それと血を増やす薬膳団子が運ばれてきた。


「これは兵団のセットメニューみたいなものだ。

 全部たいらげれば少しはましになる」

「はい……」


 とは言ったものの薬膳団子の量が多すぎて食べきれない。

 涙目になっているとルキアスがいっきに口にいれて食べてくれた。


 近衛隊長のルキアスはいつも無表情。

 人とは思えないほどの大男で、それでいて魔法士というから驚く。

 ただ、さりげない気遣いができるルキアスは、きっとやさしい人だとコトミは思っていた。


 ルキアスから使いへ出された者が帰ってきた。

「会われるそうです」

「そうか、わかった。連れて行くと伝えてくれ」

「はっ」


 ルキアスがコトミの方を向いて言った。

「王のところへ行くぞ」


 王がすでに寝室に入ったと思ったルキアスは、コトミを今夜城内にとどまらせることの報告をするために王の侍従に使いを送った。

 だが王が会うと言ってきた。

 王の私室は本宮から高所の渡り廊下を通ったところにある塔だった。

 侍従の話を聞いた王は、部屋着のまま私室の横にある私的な執務を行う部屋でコトミたちを待った。

 コトミとルキアスが渡り廊下を歩いていると、反対側の棟の廊下から2人を見ている者たちがいた。


「あそこを歩いているのは誰だ、ザクス」

「あれは……まさかコトミか?

 なぜこんなところに、しかもルキアスと一緒とは。

 兄上、申し訳ないが急用が……」

「まて、なにかおもしろそうだな。 私もまぜろ」


「あ……いやそれは。

 兄上がいらないと言った娘ですよ、あの子は」

「ほぉ、竜族の娘か。

 だがこんな時間に王に会いに行くとは……夜とぎか?」

「そんなわけないでしょ! とにかく私は行きます、では」


「私も行く」

「勝手にしてください!」


 ルキアスと一緒に部屋に入ったコトミは王の前にかしずいた。

 もらった痛み止めや薬膳団子が効いたのか、しばらくは動いていられそうな状態まで回復していた。


「竜族の娘か、久しいの。 ルキアス、何があったか説明せよ」

「はい。先日この者は任務中に何者かに襲われたそうです。

 私も先ほど聞いた話なので、まだ裏づけは取れていないのですが。

 そして今日再び、居宅に押し入られたとのことです」


「ふむ、先日の件とな。私の耳には入っておらぬが」

「この者が自分で犯人を捜そうと、周囲にはことの詳細を伏せていたようです。

 家を襲撃され身を置く場所がなくなったので、安全な居住を希望すると申し出がありました」


「そうか、誰に狙われているのかはわからないのか」

「はい、そのようです」


「庇護することは約束しておるからな。

 住む場所など容易なことだ。

 その娘への対応はルキアス、そちに一任する。

 今後は私への報告は事後でかまわない、そちの判断でどうとでもするが良い。

 ミカエルの妃に迎えることができていれば襲撃などされずにすんだのだが。

 当のミカエルにその気がないからどうにも……」


(なに勝手なこと言ってくれてるの……)


 そのとき、ドアをノックすることもなく勢いよく扉が開いた。


「父上!」

「ああ……あ、ミカエルさま、お待ちください!

 申し訳ありません王様、お止めしたのですがミカエル様が……」


 赤く長いローブを翻しさっそうと部屋に入ってきたミカエルは、金髪の巻き髪越しにチラリとコトミへ視線を向けたあと、王の前で胸に手を当てて一礼をした。


 焦った侍従がおろおろとしている。

「よいよい、いつものことだ」


 そしてそのミカエルの後ろからザクスも現れた。

「おお、ザクスよ、そちも一緒か、珍しいの」

「はい、父上、突然申し訳ありません」

 ザクスも同じように王に一礼した。


(ち、父上ってなに! ザクス隊長はまさか……王子?)


 ザクスがいつにもまして厳しい表情でコトミを見た。

「コトミ、これはどういうことだ。なぜ私に言わなかった!」

「も……申し訳ありません」

 怒られたことよりも、ザクスが王子だったことのほうがコトミには衝撃的だった。


「それはおまえが頼りにならなかったからじゃないか? クク……」

 ミカエルは口元に手を置き笑った。

「兄上!」

 ザクスは顔を紅潮させた。


「父上、この娘、私が面倒をみましょう」

 ミカエルはコトミの方を見ながら王に言った。


「興味がなかったはずだが、どういう風の吹き回しだミカエル」

「この娘が何者かに襲撃を受けていると、そのドアの向こうでたまたま耳にしてしまったので。

 ルキアスに任せるにしても普段は父上の仕事で忙しいですし、この娘はザクスの部下でもある。

 兄であるわたくしめが手をかそうかと」


「兄上たわむれもほどほどに……」

 そう言いかけたザクスの言葉をミカエルが遮った。

「おまえが口を挟むことではない!」

 ミカエルは厳しい口調でそう言うと、ザクスをひと睨みした。

「も、申し訳ありません」

 ザクスはすぐに頭を下げて、一歩後ろに引いた。


「ふむ、いいだろう。

 私は前にも話したがその娘がそちの妃になることを望む。

 その娘を知る良い機会かもしれぬ。

 わかった、好きにするがいい」

 王はあくびをしながら、指先を外にはらうような仕草をしてそう言った。


(妃だの、好きにするが良いだの……ふざけるな)

 ふらつかないように体に力をいれてコトミは立ち上がった。


「王よ、勘違いをされておいでか。

 私はこの国に、たいした借りはない。

 有事の際にこの国の戦力になることと引き換えに無条件でこの国に住む権利をもらっただけだ。

 軍の仕事について多少なりとも国のために貢献もしている。

 竜族だからと言う理由で私を見下すなら、今すぐこの国を出て行く」


「黙れコトミ!」

 ルキアスが怒鳴った。


「あ、いや」

 王が目をまるくして言葉につまった。

 自分の意思を遠慮なく相手にぶつける、そんな強いコトミの姿を初めて目にしたザクスはあっけにとられた。


「気に入った……」

 ミカエルはそうつぶやき、ニッと笑うとコトミに手を差し出し握手を求めた。


「君をどうこうするつもりはない。

 この国にとどまりたくなるように私が務めよう。

 さあ手を取れ。 これは対等な握手だ」


 コトミはためらうことなくミカエルの手を取った。


(この手を取ったところで私の運命が大きく変わるとは思わない。

 だけど、対等と……そう言ってくれたことが身震いするほどうれしい。

 本当は私を差別していたとしても、この人のプライドはこの言葉を裏切れない)


 その後、コトミはザクスとともに、ミカエルの執務室に同行した。

 部屋の前にはミカエルの忠臣であるシャスバンが待機していて、3人の姿をみると頭を下げた。


 このときすでにコトミの体力は限界にきていた。

「申し訳ありませんがもう立っていられそうに……」

 部屋に入るやいなや、そう言ってコトミは床に両膝をつき、そのまま倒れた。


「コトミ!」

 ザクスは抱きかかえるとソファーに寝かせ、すぐにコトミのマスクとターバンを取り、胸元のボタンを外した。

「ヘェー、慣れたものだなザクス」

 アゴのあたりを指で触りながらミカエルが感心している。

「ドットム先生を呼んでくる」

 そう言い残してザクスはその場を立ち去った。


 ミカエルはコトミに近づいた。


「こんなに美しい娘だったのか……知らなかった。

 なんか損をした気分だな」

 そういいながらコトミの髪を指で解き始めた。


「肌も……人と同じか」

 コトミの頬をなでながら首筋から胸元へかけて手をすべらせた。


「だが人ではない」

 すっと立ち上がるとその場を離れ、机に向かい何かを書き始めた。


 しばらくするとザクスがドットムを連れて部屋へ入ってきた。

「おお、これはミカエル様、失礼いたしまず」

 ドットムが丁寧に頭をさげた。


「かまわぬ。 私は出かけるからこの部屋は好きに使ってくれ。

 ザクスあとはまかせた。

 それとその娘には私が一番気に入っている側仕えのセリーヌをつける。

 彼女が万事を整えてくれるから安心しなさい」


 そう言うとミカエルは部屋を出た。

 そして外に待機していたジャスバンに、折りたたまれた紙と封書を手渡した。


「封書はデルビラ研究所のステファノ所長宛てだ。早急に頼む。

 折りたたまれた紙のほうは、君も目を通してセリーヌに渡してくれ」

「はい、すぐに対処いたします」



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