本音
タンバリス廃鉱山の坑道の入り口につくと、先に到着していた他の救出部隊員が、逃げおおせた生徒たちに治療や回復の魔法をかけていた。
そして近くに翠緑の拳部隊の旗が見えた。
「マッケン、なぜ中に入らない」
そう言いながら、乗っていた魔剣からザクスが飛び降りた。
魔剣士は魔力を帯びさせた魔剣に乗って移動する。
だか杖で飛ぶ魔法士のように速度はでず、距離も飛べない。
杖も魔剣も扱えないエルフのミルズは魔鳥プロトンに乗って移動をしていた。
「お、ザクス来たか、良いタイミングだ。オークがでたぞ」
「オークだと! こんな場所にか」
「ああ、今から突入するが……」
ちらっとコトミを見たマッケンがニッと笑った。
「コトミがいるなら心配ないな」
「お、おい! うちの隊員をあてにするな!」
「まあ、ぐずぐすはしていられない。
残りの生徒は3名。小さな岩の裂け目の入り口を崩してその中に隠れているらしい。いくぞ!」
コトミは他の配達員とは違い、救出隊員と同じように戦うことがある。
救出部隊は4つあるが、蒼い風部隊がコトミを独占することにまわりの部隊は文句を言っていた。
だがコトミが他の部隊につくことは決してない。
ザクスは竜族であるコトミを守る任務を王命で受けていた。
この国の王とコトミの間でかわされた約束があり、うらぎりをさせないためのみはりでもあった。
「コトミ、先陣を切れ!」
「はい!」
ザクスの指示で坑道の中の生徒を探すために、誰よりも先に突入した。
コトミには特殊な種族能力が3つあった。
1つめは魔力を乗せられる物ならなんでも飛行手段として使えること。
普段は魔法士のふりをして杖を使っているが乗ろうと思えば岩にだって乗れる。
2つめは一度通った道や場所は全て記憶してしまう能力。
もう1つは物の形状をゆがめる力だ。
飛んでいる間に地形や構造を記憶し、二度目にそこを通るときは、目をつぶっていても高速移動できる。
この廃鉱山へは過去に何度か入っている。
狭いため超高速では無理だが、高速で難なく移動できる。
「臭う……」
オークが出す特有の臭気がただよい始め、コトミは顔をゆがめた。
「いた!」
オークが3体、棍棒で岩の壁をたたき壊している。
「生徒はあの先にいるのか。 ならば……」
コトミはダガーで自分の手に傷をつけると、オークの間をすり抜け血をふりまき、興味を自分に向けさせた。
「ついてこいオーク!」
オークの速度に合わせて左右に振れながら、入り口方向へ飛んだ。
入坑してきた翠緑の拳と蒼い風部隊がそこで迎え撃つ。
「コトミ、よくやったあとはまかせろ!」
獣人のミルズが叫んだ。
「救出に行くよ! コトミ案内して!」
カーシャがそう言って、逆さになってオークをかわしながらコトミの横についた。
「はい!」
2人で生徒のもとに向かうと、後ろから翠緑の拳部隊の魔法士、チャンがついてきた。
「私めもお供いたします!」
「助かるよチャン、治療と回復は頼んだ!」
「了解です、カーシャさん!」
チャンは治療と回復に特化した魔法士だった。
魔力量も普通の魔法士の3倍ほどある。
オークがたたいていた壁のところで杖から飛び降りると、砕かれた岩の破片の下から若干の血が流れていた。
「まずいね。 近くにいるなら火炎で爆破はできない。
コトミ岩を端に寄せられる?」
カーシャがコトミに言った。
「やってみます」
「両手を真っ直ぐ上にあげ、手の甲を合わせてゆっくりと下に下げながら左右に腕を開いていった。
(ゆがめ!)
そこにあった崩れた大量の岩が、柔らかい粘土のようにゆがんで端によけられた。
コトミが手をさげると、もとの岩のかけらに戻り、ガラガラと崩れた。
「コトミさんナイスです!」
チャンは叫んだと同時に洞窟の中に駆け込んだ。
中にいた生徒は全員倒れていた。
すかさず、チャンとカーシャが回復魔法をかける。
回復を始めてすぐに2人は意識を取り戻した。
「1人は医療棟につれていかないとダメかもしれない」
チャンはそう言いながら鞄から薬を出した。
一番出血している生徒の血が治癒魔法でとまらない。
「解毒魔法の効果が薄いので、解毒薬を与えてみますが、このままだと体の一部が石化するかもしれない」
チャンがカーシャとコトミを見て言った。
「確かにこれは毒ね。何の毒かしら。
それがわかれば、医療棟ですぐに処置にはいれるけど」
「蛇に……蛇の魔獣にかまれました」
意識を取り戻していた生徒が言った。
「蛇なら毒の回りが早いからすぐに運ばないと!」
チャンが言った。
「その子は私が運びます!」
「頼むわ、コトミ!
捕縛魔法であなたにくくりつけるから、思い切り飛んでちょうだい!」
カーシャは捕縛魔法で生徒をコトミの体に固定した。
杖に乗ったコトミは更に『防風』の魔法バリアを張り、高速で飛び出した。
(先のオークはどうなっている。 排除はすんでいるの?)
見えてきた戦闘場所にはまだ1体のオークが暴れていた。
「まだ残っている。うっとおしい……」
オークと壁の間をすり抜けるとき、コトミはダガーを投げつけ、それがオークの目にささった。
うなり声を上げ、オークの巨体はひざをついた。
その場にいた翠緑の拳部隊のメンバーがコトミを目で追っている。
「クーッかっこいいねコトミちゃん。 俺の嫁にならないか!」
「うるさいラブス。 早くオークをたたけ」
そう言いながらマッケンがひざをついたオークに突っ込んでいった。
「へいへい隊長」
外に飛び出したコトミは、高速から超高速になり医療棟を目指した。
超高速になったコトミの杖は後ろに白い雲のような筋ができていく。
あっという間に医療棟へ到着し、生徒を引き渡した。
生徒の経過を報告するため、治療が終わるまで診療室の外で待っていた。
(人が血を流したりオークを叩き潰したりしていることに慣れている自分に違和感を感じる。
さっきオークを見たとき、うっとおしいという言葉が口をついた。
もとの世界の私だったらそんなことは言わないような気がする。
でもきっと……これは本音。
この世界の私は、半端な感情でいることが嫌らしい)
部屋から出てきたドットムにコトミは近寄った。
「生徒は?」
「ああ、大丈夫だ。 毒が蛇の魔獣のものとわかって良かったよ。
蛇用の強い解毒薬で今は眠っている。
1週間もすれば元通りだ」
「良かった……」
ドットムはコトミの肩に手を回し、2人で近くの長椅子に腰を掛けた。
「コトミ、どうして寮にはいらずに1人で街で暮らしているんだい?
人の中に、はいることを私はすすめるよ」
予想もしていなかった話の内容に少し戸惑った。
「んー、わずらわしいからかな」
(また……本音が出てしまった)
「おほっ、そんな理由だったのか。 人嫌いってとこかな。
無理強いは出来ないね、仕方ないか。
そうそう、さっきの生徒、リヌというんだが、薬を渡すから明日にでも家まで連れて行ってくれるか?
親のもとで休ませたほうが治りが早いだろう」
「わかりました」
(親……か……)
部隊に戻りリヌの容体の報告を終えると、おしゃべりを楽しんでいる部隊の人たちを尻目に、いつものことだがすぐに帰路についた。
家へ帰るときは途中まで杖で飛んで、近くまできたら歩いて帰る。
住んでいる地区はジャス地区という有名な風俗街。
華やかなこの場所に、そぐわない格好で歩く自分が好きだった。
ここは誰でも、どんな格好でも受け入れて放っておいてくれる。
世間から中傷されるここの人たちは、コトミを中傷しない。
なんでもありなこの場所が一番落ち着けた。
私生活で人と関わるのは嫌だけれど、この街の雑踏や聞こえてくる人の会話は好きだった。
1人であることが実感できて、でもなんとなく1人じゃない気がする。
矛盾している考えと気持ちに、コトミは自分でもあきれた。
借りている部屋は2階で、1階の酒場はいつも深夜まで賑わっていた。
時々ケンカもある。
部屋に入ると服も靴も脱がずとりあえずベッドに寝転がった。
2階の部屋にいても騒いでいる人たちの声が聞こえる。
その場所に自分も混ざっているような気分になれた。
(あまり本音を口に出してしまうのは注意しないといけないかな。
でも……本当の気持ちを出せた方が生きやすいよね)
そのとき。
部屋の外で床がきしむ音がした。
古い建物は簡単に侵入者を教えてくれる。
ベッドの上でそっと上体を起し耳をすませた。