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新しい記憶

 ゴーゴーという耳障りな風の音で琴美の意識は戻った。

 視界に入る景色は、クリスマスの街の風景では無く、青い空と雲。

 しかも、ものすごい速さで落下していた。

 背中には激しい痛みを感じ、逆さになった山や町並みを見ながら、抵抗しても無駄なことを悟った。


(死んじゃうのかな……)


 思考ははっきりしていて、どうしてこうなったかを思い出そうとしていた。

 そして実際の自分が経験していない、新しい自分の物語が記憶の中にできあがっていることに気づいた。


(なに……この記憶……)


 そのとき、近づいてくる何かが見えた。

(茶色い……ヒモ?)


 それは大きな網だった。 バサッとキャッチされた琴美の体は、網の中で上下に弾んだ。

(助か……った……)


 次に目を開いたとき、視界に入ってきたのは太い柱で組まれた部屋の天井だった。


「お、気がついたね。 コトミ、目は見えているね?

 私が誰かわかるかい? ひどい怪我だったが……さすがと言うべきか。

 普通の人間ならもう目をあけることはなかっただろうね」


 その人が軍の医療長のトッドムであることや、さすがと言われた自分が何者であるのかも、新しい記憶のおかげで理解できた。

 理解できなかったのは、自分ほどの速度をもつものが簡単にやられたことだった。

(まって……それって、新しい記憶の中の自分の考えよね)

 知らない記憶を受け入れ、普通に反応している自分に驚いた。


「君の診察は私だけということに徹底されている。

 安心しなさい、誰も君の体は見ていない。

 だが危険な任務からは退いた方がいいかもしれないね」

 ずらした眼鏡ごしにトッドムはコトミを見てそう言った。


 自分の長い金色の髪が見えて、頭のターバンがはずされていることがわかった。

 テーブルの上には着ていたローブとともに顔のマスクも置かれていた。


 コンコンと誰かがドアをノックした。

「だれかね」

「ザクスです。1人です」

 それを聞いたトッドムはドアの鍵を開けてザクスを招き入れた。


 軍帽を脇にかかえて1人の兵士がコトミに近づいてくる。

 彼は蒼い風部隊のザクス。


(これは私が作り上げた夢の世界?)


「大丈夫かコトミ……。 先生コトミの怪我は?」

 ザクスはトッドムを見た。

 窓から差し込む光でザクスの金色の髪が輝いている。


「この通り意識は戻って、怪我もふさがりはしたが、何も答えない。

 ショックを受けたのだろう。 休ませて様子をみるしかない。

 さて温かい食べ物を準備させるか」

 トッドムが部屋からでていくと、ザクスはベッドに座りコトミを見つめた。


「すまなかった、あの状況で使いにやるべきではなかった」

 刈り上げた後ろ髪のあたりに手をおいてザクスは少し下を向いた。


「このまま話せないとか……やめてくれよコトミ」

 そう言ってザクスはコトミの頬に手を置いた。

 ザクスの吸い込まれそうな紺碧の瞳で見つめられると、それだけで言葉を失ってしまう。

(この世界の私は、こんなシチュエーションに耐えられる心臓を持っている設定なの?

 ちょっと無理なんだけど……落ち着け自分)


 ここバシラスタ王国には救出を専門にしている部隊があり、その中でも蒼い風は先鋭部隊だった。

 そしてザクスはそこの隊長。

 救出部隊は任期が3年で、軍の配属が決まる前にみんな経験する部隊だ。


 コトミの仕事は『配達員』で、物でも伝言でもなんでも届ける軍の使用人だ。

 救出部隊は必ず1,2名の配達員をかかえる。

 貸し出しもあるが、コトミは蒼い風部隊の専属だった。


 新しい記憶はなんの違和感もなく自分のものになっているのに、落下する前に攻撃された記憶が曖昧で、それを必死にたどっていた。


(わかっているのは、誰かに至近距離でたたき落とされたこと。

 たたき落とされた? ううん、違う。

 足に何かが巻き付いて……背中に何かを打ち込まれた。

 だめだ、途切れ途切れにしか思い出せない)


 そのときの状況を聞かれても詳しくは話せないが、心配そうに見つめるザクスに、大丈夫ということは伝えたかった。


「た……隊長。 大丈夫です」

「あ……しゃべれるのか? 良かった」

 ザクスはそう言うと立ち上がり軍帽をかぶった。


「事件の聴取は追って管理部から連絡がくるだろう。

 わかっている範囲でいいから協力してくれ。

 私はまだ任務がある。

 仕事のことは心配しなくていいから、ゆっくり休め」


 そう言ってあっさり部屋を出て行った。

(んー、頬に手を置くとか誘惑がすぎる……)

 顔を左右にぶるんぶるんと振って、いろいろな気持ちを追い払った。


 この世界に入る前の状況を思い出そうとしたが、直近の出来事は叶聖夜(かのうせいや)からクリスマスカードをもらったことしか覚えていなかった。

 昔の出来事はある程度覚えていたが、全ての人の顔は黒く塗りつぶされ、声や名前すら思い出せなかった。


(サンタさんの顔と声しか覚えていない。 他の人はみんな顔が真っ黒だ。

 メッセージカードに書いてあったプレゼントって、この世界のことなのかな)


 書き換えられた自分の記憶は、今この場所がリアルだ。

 本当の記憶を取り戻すために、この夢から覚めるためには今を生きるしかないのだろうとコトミは考えた。


 翌朝、王宮の外にある部隊の施設に向かった。

 ドアのない部隊ごとの部屋の前を通り、蒼の風部隊の部屋に入った。


「ご心配おかけしました」

 部屋に入るやいなや、すぐに頭を下げた。


「良かった元気そうだ。こっちの落ち度だ。気にするな」

 そう言ってエルフのレンがコトミの頭をなでた。

 髪も瞳も透けるような薄緑色のレンは妖精のようだった。

 エルフの種族能力は俊足とジャンプ力だ。

 森の中を移動させたら杖で飛ぶよりも早い。


「今日は無理に飛ばなくていいよコトミ」

「大丈夫ですカーシャさん。ありがとう」

 部隊のなかでただ1人の女性のカーシャはいつもコトミを気づかってくれる。

 上級魔法士で杖での高速移動中でも魔法の打ち込みが出来る。

 ウィッチハットから盛大にはみ出している巻き上げた真っ赤な髪で、遠くにいてもすぐにわかる。


「ザクスから怪我は大丈夫って聞いていたが、顔をみるまでは心配したぜ!」

 獣人のミルズがそう言って、コトミの配達鞄を手渡してきた。

「ちょっと破れてたから修理させといた」

「あ……ありがとうございます!」

 軍に徴用される獣人は羽を持つ者だけだった。

 ミルズも他にもれず羽を持ち、紺色のトカゲの様相で火炎攻撃が得意だ。


「よし、コトミ飛べるのなら一緒にでるぞ。 東のタンバリス廃鉱山だ」

「はい!」

 ザクスのその一声でみんな出かける準備に入った。


 コトミはいつも、みんなの最後をついて部屋を出る。

 魔剣士のルイが部屋から出るときに立ち止まり、ちらっとコトミを見た。


「つらかったら言えよ」

 銀髪の長めの前髪をかき上げながらルイがそう言った。

「は……はい!」

 口数の少ないルイは、一見冷たそうに見えるがこうやっていつも必ず声をかけてくれる。

 コトミがこの世界で心を許しているのは、この部隊のメンバーと数人しかいない。


 救出要請が入ったのは、タンバリス廃鉱山で課外授業中の、魔法学校の生徒たちのパーティーだった。

 廃鉱山の魔物のレベルは低く楽勝の弱さだ。

 コトミは機能系の魔法しか使えないが、超高速飛行ができる。


 その速さがあるため、今まで任務中に危機的な目にあったことはなかった。

 だが昨日は、濃霧の中で他の部隊との合同任務の最中に、誰かの攻撃を受けて落下した。

 民間の冒険者パーティーが多数いたため、誰にやられたのかは皆目見当がつかない。

 ことを荒立てないために、犯人捜しは自分でやろうと決めていた。


 ただ襲ってきた昨日の者でなくても、コトミはもともと追われる身だった。

 それはコトミの出生にまつわるもの。

 コトミは見た目は人だが竜族だった。

 竜神の村で生まれ、親はなく育ててくれたのは乳母のマータ。


 身を隠し人族と一緒に暮らすのは、コトミが竜神の村から逃げてきたからだった。

 見つかれば間違いなく連れ戻される。

 そのためいつもターバンで髪を覆い、目元もマスクをつけて隠していた。

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