聖夜の奇蹟(最終話)
本日は最終話、21時のみの投稿です。
王宮では今夜のクリスマスの宴の準備がすすめられていた。
雪がふりしきるなかミカエルはバルコニーに出た。
庭園の木々や建物の壁には、たくさんの装飾品が飾られ、傘のついたトーチがあちらこちらに灯されていた。
指に伝わる雪の冷たさを確かめるようにミカエルは空に手を伸ばした。
「またおまえに会えそうな気がする。
もし今日会えれば……それは奇蹟だな」
そこへ側仕えがやってきた。
「ミカエル様、宴のためにお召し替えを」
「わかったすぐに行く。
今宵はクリスマスだ……コトミ」
カルツォは読みあさった竜族の古文書や歴史書を暖炉にくべていた。
窓を開けると雪とともに冷たい風が顔にあたる。
「記憶の中の君は、ずっと私だけのものだ」
窓から手を伸ばし雪に触れると一瞬で消えてなくなる。
「もしかして……もう君も消えてしまったのか?」
カルツォは、とけた雪でぬれた手を握りしめた。
カーシャはコトミのマスクを手に取って眺めていた。
「これをつけていた頃がなつかしいわ。
元気でいてくれたらいいけど……。
さて……ジャスティス食堂にいかなきゃ。
今夜はクリスマス、あなたの分まで楽しんでくるわね」
蒼の風部隊の部屋に1人でいたザクスは、これまでのコトミとの任務を思い起こしていた。
立ち上がり窓の外に見える白く覆われた町を見つめた。
「この町のどこかに、まだおまえがいるような気がする。
そしてまたふっと現れそうな……」
「隊長!」
そこへ突然レンとミルズが押しかけてきた。
「クリスマスに、しけた顔はなしですよ!」
大声で叫ぶレンに、ザクスが声を下げるように手で合図をした。
「ジャスティス食堂へ行きましょう。
カーシャも先に行ってますから!」
そう言うミルズはすでにサンタの帽子をかぶっている。
「いや、俺は一応王族だし、王宮の宴へ……」
「何を言ってるんですか、王宮と蒼の風、どっちが大事ですか!」
「いやミルズそれはむちゃぶりだろう」
レンが苦笑いしている。
「そうだな……。王宮よりおまえたちといるほうが楽しめそうだ」
「そうそう、そうこなくっちゃ!」
そう言いながらミルズが拳を上げた。
「レン、そういえばルイはどうした?」
「今日は参加できないそうです」
「そうか……。まあ、クリスマスはそれぞれが好きに楽しめばいい。
そういう時間だ」
ザクスがそう言うとミルズとレンもうなずいた。
「さあ、朝まで飲みまくるぞ!」
そう言ってまたミルズが拳を上げた。
「俺は彼女との約束があるから途中でぬける」
レンがそう言うと、
「そのまえにつぶす!」
ミルズがすかさずそう言った。
「フフ、じゃあレン、今夜は俺と飲み比べをするか」
「ええー、隊長、今、クリスマスはそれぞれが好きに楽しめばって言ったじゃないですか。
勘弁してくださいよー」
「ハハハ、例外もある。さあ行くか!」
コトミはペンタスの湖まで来ていた。
すでに辺りは暗くなりかけたが、王都はもう目と鼻の先だった。
体の血がかなり流れたせいで、うろこは剥がれ始めていた。
痛みや苦しみはないが、飛ぶ速度はだんだん落ちて、高さも保てなくなっていた。
(ルイ……早く会いたい)
ようやく王都に入ったころには、あたりはすっかり暗くなっていた。
町はクリスマスのイルミネーションでいつにも増してきらめいている。
飛んでくるコトミを見つけた王宮の監視兵が声とともに緊急事態を告げる鐘を鳴らした。
「お……おい、竜だぞ!」
鐘の音とともに、そう叫ぶ誰かの声がミカエルの耳に入った。
ミカエルは急いでバルコニーに出た。
遠くから飛んでくる竜が見える。
高度を保てないのか、高さが落ちたり上がったりしながら不安定に飛んでいた。
「コトミ……」
なぜかミカエルはその竜がコトミだと確信した。
「シャスバン! あの竜は攻撃させるな! 町にもふれを出せ!」
「はっ!」
コトミはエメラルドグリーンのウロコを落としながら必死に飛んでいた。
すでに血もほとんど流れてしまった。
竜の目でルイを探すがなかなか見つからない。
町のなかでも騒ぎが広がり、住民はおびえて家の中に隠れる者もいた。
「おい! 竜だ!竜が飛んでるぞ!」
男がジャスティス食堂の中に入ってくるなりそう叫んだ。
蒼の風のメンバーは顔を見合わせると一斉に外に出て竜を探した。
騒ぎを聞いたライトも店のなかから飛び出してきた。
町の上空をふらふらと旋回しながら飛ぶ竜がいた。
その体からは、ばらまくようにウロコが落ちていた。
「コトミー!」
みんなが口々に名前を叫んだ。
一瞬コトミは蒼の風のメンバーの方へ顔をむけたが、もう咆哮をだす力はなかった。
だが竜が呼びかけに反応したことで、それがコトミだと誰もが確信した。
カーシャは口を手で押さえて泣き出した。
ザクスもレンもミルズも、みんな目が潤んでいた。
「コトミ……会いに帰ってきたんだな。
ルイが待っている、早く行ってやれ」
ライトは流れる涙をそででぬぐった。
ルイは1人で鐘塔の長椅子に座っていた。
何をするわけでもなく来るはずのないコトミを待っていた。
服の中からネックレスを取り出すと、鍵のほうのネックレスを首からはずした。
そしてそれを握りしめて祈った。
「これをコトミに渡したい、ずっと繋がっていられるように……」
そのとき鍵が光り出した。
驚いてルイが手を広げると白い光が放射状に夜空に向けて放たれた。
もう力が尽きてしまいそうだったコトミは、鐘塔から放たれた光に気づいた。
コトミの目にははっきりとルイの姿が見える。
(ルイ!)
ウロコがほとんど落ちてしまった竜は白くなっていた。
もう竜態でいるのは限界だった。
羽音が聞こえてルイはやっと竜に気づいた。
白くなった竜が鐘塔に真っ直ぐ飛んできた。
ルイはコトミだとすぐにわかった。
「コトミーー!」
ルイのその呼びかけにコトミは全てが報われた。
力を振り絞って竜態が解けると同時に鐘塔の中に飛び込むと、ルイがコトミの体を受け止めた。
すぐに白い装束に身を包まれたコトミは、力なくルイの首に手をまわした。
「会いたかった、会いたかったよコトミ!」
ルイはコトミを抱きしめた。
「ルイ、約束を守ったよ。愛してる、愛してる……」
「俺も愛してる」
ルイはコトミにキスをして、2人は何度も唇を重ねた。
コトミが脱力していくのがわかり、ルイは支えながら立たせた。
「コトミ……?」
「もう、時間がないの……。ちゃんとさよならが言いたくて」
「ど……どういうこと?」
「ルイ、時間がないの。もっと抱きしめて……」
ルイはほんとうにコトミが去ってしまうことを悟った。
あふれる涙をこらえながら、手に握っていたネックレスをコトミの首にかけた。
「俺たちずっと繋がっているから……」
ルイはコトミを忘れないように強く抱きしめて、重ねた唇を離さなかった。
やがてハラハラと、コトミが崩れ始めた。
様々なかたちの大きな雪片が、コトミの体から舞い始めた。
雪片は風に舞い町の中へと消えていく。
ルイはそれをとめたくて、泣きながら抱きしめ続けた。
「いやだ……いかないで……」
ルイの手からコトミの感触がなくなっていく。
「さよう……な……ら」
コトミの体は消えてしまい、足下に鍵のネックレスが落ちた。
「うわぁぁぁ!」
ルイは悲鳴のような鳴き声をあげてその場にひざをついた。
(私は今とっても幸せ……この瞬間が私の最後の記憶。
愛する人に愛してもらえた。
ずっとほしかった幸せの時間。
さようなら……ルイ)
そして、最後の雪片が消えてなくなった。
◇
雑踏の音とともに、ジングルベルの音楽が聞こえる。
街なかの路地で、耳をふさいだ琴美を流依がそっと抱きしめていた。
「大丈夫?」
「うん……」
瞬きほどの時間で経験した異世界の物語は、琴美の記憶には一切残っていない。
ただ心には変化がおとずれ、逃げ出さずに素直に気持ちを伝えられる琴美になっていた。
街にはまだ12時の鐘が鳴り響いている。
「流依、大好き……」
流依の顔は紅潮し琴美を抱きしめた。
そしてそっと琴美に口づけをした。
唇をはなして見つめ合うと、琴美は背伸びをして流依の首に手を回してキスをした。
流依は琴美を強く抱きしめながら何度も唇をかさねた。
「琴美、好きだ、今までもこれからも……」
「うん、ずっと好きでいてね」
2人は待ち続けた長い時間をうめるように、いつまでも抱きしめ合った。
「見たかトナカイ、聖夜の奇跡を!」
夜空でトナカイに乗っている聖夜は、どや顔で言い放った。
「ブヒィィン」
「お……おまえそんな風に鳴くんだな。
まあいい。さて琴美のしるしを外そう」
聖夜が琴美に向かい手をかざすと、琴美の右手首から鈴のついたリボンがするりと抜けて天に上った。
聖夜の手ににぎられたリボンはそのまま姿を消した。
「それと……私のサンタ帽子はもう忘れなさい」
コトミの家の机に入っていた、聖夜からもらったサンタ帽子は、きらめいたあと姿を消した。
「約束は果たしたよ、もっともっと幸せになるんだ琴美」
トナカイの脇腹を軽く足でたたくと大きなソリが現れて、聖夜はサンタの赤と白の衣装に身を包み、そのソリの上に立っていた。
ソリの後ろにはたくさんのプレゼントが入った大きな袋と、そこからあふれ出た贈り物が積まれている。
現れた9頭のトナカイが夜空を走り出し、聖夜は両手を広げ「祝福」とつぶやいた。
聖夜の体が金色に輝くと、その両手から星の形をした奇跡の粒が地上にふりまかれる。
そして奇跡が起こる。 たくさんの恋人たちに。
「メリークリスマス!」
―― 完 ――
◇ おまけ ◇
(聖夜の奇跡)
小さな鈴がふるえたら 君の番がやってくる
約束は守るから 君に幸せあげるから
楽しい時間は短いけれど 思い出はどこまでも
君と僕の心の中で あたたかい光をはなってくれる
今夜君に夢をみせる それが僕の約束だから
いつかきっとまた会えたなら 頬にそっとキスをして
つたない文章におつきあいいただき、ありがとうございました。
読んでくださったすべての方に感謝します!
この3週間も、またまた楽しめました。 では!