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命をかけて




 部屋にもどったマータはコトミを起こした。

「コトミ、起きて」

 コトミは目をこすりながら起き上がった。


「あなた本当に逃げたいのよね。

 ここにいるくらいなら消えてしまいたいのよね」

 マータの真剣な表情にコトミは何かがあったことを察した。

「うん、どうしてもここにはいたくない。

 トオカ様の好きにされたくない。

 わがままを言ってごめんなさい」


「わかったわ。 私も心が決まった。

 自分の行動に後悔はしない」

 マータは油紙に包まれた薬をコトミに渡した。

「これを包みのままウロコの下に隠しなさい。

 でないと毒がまわってしまう」


「あ……」

 コトミはマータに抱きついた。

 自分の望みを叶えてくれようとしていることがわかった。


「ありがとう、お母さん」

 マータはコトミの背中をなでながら、とても幸せな気持ちになった。


「あなたがここについたばかりの今夜しかチャンスはないわ。

 今たつのよ。

 逃げおおせれば飲まなくてすむ。

 私はそうなってほしい、そして好きな人と幸せになってほしい。

 もし逃げられなくても、ためらいを感じたら飲まないで、ここに戻りなさい」


 マータは話しながらコトミの封じの輪をはずしていく。


「薬を飲んだら……飲んだ途端、皮膚の間から血が流れ続ける。

 竜の力はどんどん失われるから、じきに竜態ではいられなくなってしまう。

 命が少なくなれば体にまとえるのは白い衣装だけ。

 そうなれば……残された時間がわずかということ。

 飲まない選択肢もあることを忘れないでね」


 封じの輪が全てはずれた。

「うん、逃げ切れたら飲まない」

 マータはほほえんで、コトミの頭をなでた。


「私が監視塔を壊して少し暴れるからその隙に逃げなさい。

 飛び立ったら決して振り返っちゃだめよ。

 前だけを見て飛んでいきなさい」


「ダメ!お母さんが危ないことをするなら行かない!

 今ここで薬を飲んで、もうそれでいい!」


「落ち着きなさい。

 大丈夫、ここの掟で、私は捕らえられてもおとがめはないわ。

 だから暴れるのよ。

 いい、死に急いではダメ、約束よ」


「うん……。ほんとうに大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ。このローブを羽織ってすぐに出なさい」

 マータから黒いローブを渡された。


 マータも同じ黒いローブを羽織ると、コトミを強く抱きしめて部屋を出て行った。


(始まってしまった。もう迷うことはできない。

 お母さんの思いも無駄にしちゃいけない)


 コトミは黒いローブで髪を隠し、民家の少ない村の南の端まで行くと、そこから西に向けて杖で飛びだった。

 その辺りから村の外れまでは林が続いているだけで、うまくいけば誰にもあわずに村を出られる。

 しばらくするとおおきな爆音がして、コトミは思わずその方向を見た。

 東の監視塔付近に火が立ち上り、竜のシルエットが見えた。


「お母さん……」


 コトミは自分がとんでもないことに母を巻き込んでしまったことに気づいた。

 自分の思いだけで母に迷惑をかけてしまった。

 こんな甘え方はしてはいけなかったと、泣きながら後悔をした。

 だがもう引き返すことはできない。

 振り向いてはいけないという母の言いつけを守り前だけを見た。


「ごめんね、お母さん、ごめんね」

 泣きながら速度を上げて、せめて母の苦労を減らすためにも自分は早く確実に逃げなければならないと思った。

 そのとき、ドオゥン……っと地響きとともに大きな爆音が響き、コトミは我慢できずに母のいる方向へ顔を向けた。

 再び爆音が響き、空から落とされた火柱の残像が夜空に残っていた。


「お母さん!」

 コトミはいたたまれずに母のもとに飛んだ。

 それほど距離も離れていなかったせいか、町のなかを駆け巡った熱風がコトミの顔にあたった。


 東の監視塔付近に横たわる竜が見えた。

 そして上空には2匹の竜が飛び、地上にいる竜は母を押さえつけていた。


「ダメーー!」

 コトミは近くまで行くと杖から飛び降りて、母のそばにかけよった。

 マータを押さえていた竜は足を離すと人の姿になった。

 それはトオカだった。


 意識を失ったマータは人の姿にもどり、全身血まみれだった。


「お願いします、早く医者に!」

 コトミがそう言っても誰も動かなかった。


 そこにラカが現れた。

「なんと……マータよ。 誰か医者のもとへマータを運べ!」


 ラカに言われたからには従わざるを得ない。

 近くにいた兵がマータを運び始めた。


 殺すつもりだったトオカは悔しそうな顔をしてラカをにらんだ。

 ラカも負けじとにらみ返している。

 コトミの封じの輪がはずれていることに気づいたトオカはコトミにかけより腕をねじ上げた。


「どういうことだ! なぜ封じの輪をしていない!

 だれか急いでもってこい!」


 コトミはねじられた手の痛みをこらえながら、反対の手で首の後ろのうろこに忍ばせた油紙を取り出した。

 そしてそれをそのまま飲み込んだ。


「おまえ今……何を飲み込んだ」

 トオカは思わず手をはなした。


「コトミ、おまえ薬を……。毒を飲んだのか?」

 ラカの言葉にトオカは動揺し、コトミの口を手で押し開けようとした。


「トオカ様、もう手遅れです。毒を飲みました。私を追わないで」

 少しほほえみながらコトミはそう言うと、ラカの方を見た。


「ラカ様、母をお願いします!」

 コトミはラカに叫んだ。

「わかった、まかせなさい!」

 ラカも大声で答えた。


 コトミは杖に乗り飛び立つと、杖の上で伸びをして竜になった。


「コトミ……」

 トオカはそうつぶやいただけで、呆然とその場に立ち尽くしていた。


(命の炎が燃え尽きる前にルイに会いに行く。

 どんなことがあっても、必ず戻るって約束したから。

 信じて待っていてほしいって約束したから……)


 コトミの体からは血が流れ初めていた。

 でも気持ちは悲しみよりも、ルイに会いに行ける喜びの方が大きかった。


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