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戻れない道へ


 コトミは夜を徹して海上を飛び続け、明け方近くに大きな潮目を目にした。


(おそらくあれが、マキラから来た人が言っていた潮目。

 だとすればイプピアーラはこの潮目を越えてはこない。

 でもどうして?

 もしかしたら……指揮をするイプピアーラの波動が届く範囲から出ないようにしてる?

 竜族も群れで動くときは統括する者の波動が届く範囲でしか行動しない。

 その波動を感じることができればイプピアーラのリーダーの場所が特定できるかも)


 潮目を超してマキラ島に近づいていくと、かすかだが何者かの波動を感じ始めた。

(どこから出ている……)


 上陸しているイプピアーラが、島の周囲を旋回するコトミを見ながら奇声を発した。

 海上に浮いているものが30匹ほどで上陸しているものが50匹ほどだった。


(たいした数じゃない。

 砂浜には血の流れたあとがあるけど遺体はない。

 たぶん水中に引き込んでいる)


 他の種族の波動のせいか、かすかには感じるが、発信源の特定まではできなかった。

 白巻き貝の上方の、ふさがれていない窓から手を振る兵士の姿が見えた。

 コトミはその窓に向かって飛ぶと、そこから中に入った。

 コトミのいで立ちとその瞳に戸惑いを見せた兵士たちを安心させるために、コトミは嘘をついた。


「蒼の風部隊の者です。偵察に来ました。状況を教えてください」

「おお、やっと来てくれたのか!」


 そこにいたのは先に送られた軍の調査部の兵士だった。

 連絡係が戻って来なかったため、国も判断しかねて援軍が遅れたと説明した。


「われわれ調査部の兵は、入り口をふさいでいる間、ほぼ寝ずに戦っていました。

 やつらを一匹たりとも中に入れさせないために。

 だから連絡係として人員をさく余裕などなかった。

 ここは平和な島だったせいで、名ばかりの役人しかいません。

 戦力は我々軍の調査部と救出部隊の紅蓮の炎だけでした」


「紅蓮の炎はどこにいるのですか?」

「灰巻き貝の方で、我々同様、入り口がふさがるまで戦っていました」


 コトミは少し北にある島に拠点を作るために兵が来ていることと、あと2日ほどで新たな艦隊と帆船が到着することを話した。


「おお、良かった。我々の体力は限界に近い。これで助かる!」

 そこにいる兵士や住人たちは安堵した表情を浮かべた。


 兵たちの話では、イプピアーラはこの巻き貝のような山の上には登ってくることができず、中にいる分には安全だという。

 入り口はふさぐことができたが、毎日のように攻撃をされるため内側から常に補強し続けていた。


 捕まった者は鋭い爪で切り裂かれ、弱ったところで水のなかに引きずり込まれる。

 杖で飛べる者がほとんどいないため、飛んで脱出することは不可能だった。

 水は独自の濾過装置で海水を真水に替えられるが、その海水のくみ上げができないため、貯蔵した水もあと2日ほどしか持たない。そして食料もじきにそこをつく。


「2つの山に住民が別れてしまったので、こちらの白巻き貝の山に集めるため、綱を渡して移動を始めました。ですが下から石を投げられ落ちた者はイプピアーラの犠牲になり、結局まだ別れたままです」


「状況はわかりました、拠点へ報告してきます。

 戦闘がはじまれば部分的に山が崩れる恐れがあります。

 できるだけ盤石な場所にいてください」


「それならば海に面した西側は地盤が盤石です。

 そこに集まるようにしておきます」


 コトミはそこを飛び立つと部隊が拠点をつくる予定の島を目指した。

 イプピアーラの視界から消えるために、拠点の手前の島から一旦西に大きく回り込み、島に上陸しようとしたが、上陸できる場所がなかなか見つからず、島の岸壁を飛び越えて中へ入った。

 寄港している船が目にはいり、近くまで行くと艦砲をつんだ船が2艘と帆船が2艘とまっていた。


 拠点となる島は周囲の崖が高く、島の内部がへこんだような形状で、雑木も崖に沿って生えている。

 そのため平らかな場所が多く、テントなども設置しやすかった。

 島へ上陸できる場所も限られているため、もし敵襲があっても対処しやすい地形だ。

 すでにテントが立ち並び、医療班の印のある処置室も作られていた。

 中央には広場があり、その場所では集められた兵が指示を受けていた。

 そこへコトミが杖から飛び降りた。

 黒い装束で獣人のような見た目の女が魔法士のように杖から飛び降りたことで周りの兵がざわついた。


 大隊の隊長が声を荒げた。

「貴様、何者だ!」


 コトミに気づいた蒼い風のメンバーは驚いて言葉を出せなかった。


「ミカエル司令官からの書簡です!」

 そう叫びながらコトミは隊長にその書簡を渡した。


「あれ……コトミだよな?」

 ミルズが指さしながらそう言った。

「ああ、間違いないコトミだ」

 そう言い終える前にザクスはコトミのもとに駈けだしていた。

 他のメンバーも後を追った。


「コトミ!」

 そう叫んでカーシャが抱きついた。


「カーシャさん! あ……みなさん! 会えて良かった」

 そしてコトミはその中にルイの姿を見た。

 すこし離れた距離だったが2人は見つめ合い、小さくうなずいてお互いを確認しあった。


「ったく驚かせるなよ! でもまた会えてよかった」

 ミルズがそう言ってコトミの頭をたたいた。


「元気そうでなによりだが……また随分様相がかわったな。

 それはそれで俺は好きだ」

 そう言ったレンを押しのけるようにルイがコトミの前にでた。


「まさか来るとは。でも会えてうれしいよ、コトミ」

 ルイの笑顔を見たコトミはうれしくて涙が出た。

「はい、わたしもみなさんに会えてうれしいです!」


「お、おい、おまえら、緊張感がなさすぎだ!」

 目の前の大隊長は書簡を読みながら大声でどなった。


「そういうことだ、話は後にしよう。

 ご苦労だったねコトミ。

 何か言づてはないのか?」

 ザクスがそう言うと、コトミは涙をぬぐった。


「言づてではないのですが、大隊長へお話しなければならないことがあります」


「そうか、わかった。ではテントで聞こう。ついてきなさい」

 書簡をたたんだ大隊長はそう言うと、副隊長に指示を出してコトミと立ち去ろうとしたが、ザクスが同行を申し出た。

 大隊長はしぶったが、コトミからも頼まれ仕方なく蒼の風も一緒にテントに入ることになった。


 コトミは見てきたマキラ島の状況を説明し、戦いながら救出するのではなく、敵を一掃してから救出した方が良いと提案した。


「上陸できる砂浜があるのは東側です。

 西側は地盤が盤石なので、そこに住民を集めると調査兵が言っていました。

 西側は海に面していて山がすこし反っているので敵はもちろん我々も登ることはできません。

 ですからそちら側に船をつけても救出することは不可能です。

 イプピアーラを殲滅し終わってから、今ふさがれている出入り口を破って、そこから救出するのが効率的かと思います」

 コトミが説明した。


「しかし、殲滅すると簡単に言うが、砲撃や魔法攻撃で山自体を壊してしまう可能性はないのか?」

 大隊長が腕組みをしながら、不服そうに聞いてきた。


 コトミは一度呼吸を整えた。

「砲撃や魔法攻撃で殲滅するのではありません。

 私が行きます。 私が一掃します」


「やめろコトミ!」

 ザクスが叫んだ。


「ま、まて、言っている意味がわからん、わかるように話せ!」

 大隊長がザクスとコトミを見ながらどなった。

 ルイは困惑した顔で何か言いたげにコトミを見つめている。


「大隊長、私は竜族です。

 国王との約束で有事の時には力をかすことになっています。

 イプピアーラごときはすぐに一掃できます」


「どうして……どうしてそういう選択をするんだ!

 竜になったら離ればなれになっちゃうだろ!」

 ルイが大声を出し、みんなはあっけにとられた。


「ルイ落ち着け」

 ミルズがルイの肩に手を置いた。

 ルイの顔を見たコトミは下唇をかんで目をそらした。


「私には状況というか、竜族そのものがよくわからないのだが」

 大隊長は戸惑い、何を言っていいのかわからなくなった。

 蒼の風部隊も黙ってしまい、カーシャは下を向いて涙ぐんでいた。


「大隊長、私のことはあとでザクス隊長に聞いてください。

 ただ、今は一刻も早くイプピアーラをたたかなければ。

 手段を選んでいる場合ではありません」

 コトミは先導している知能の高いイプピアーラのリーダーがいるはずだがまだ確認できておらず、それを倒さなければこの戦いが終わらないと話した。

 そのリーダーも、自分が雑魚を一掃すれば姿を現すだろうと話した。


「先に私がマキラ島へ向かいますので上級魔法士を数名つけてください。

 魔法士は島の状況を目視できる距離でとどまって、逐一大隊長のもとへ状況の報告へ行く。

 イプピアーラのリーダーと私が交戦しはじめれば、安全な場所へ船をつけて、入り口を破る作業にとりかかるのもたやすいと思います」


「書簡に書いてあったがじきに艦隊が到着する。

 それを待つ手立ては考えなかったのか?」

 大隊長が聞いた。


「イプピアーラは出入り口の破壊を続けていますし、マキラ島の人たちは疲弊しています。

 水もあと2日ほどで無くなるそうです。

 今とれる手段があるならそれを選択すべきかと」


「ん……。

 少しだけ時間をくれないか。

 それまで外で待機していてくれ。

 ザクス、君は残れ」


 テントの外にでると、コトミの手をつかんだルイはテント裏の林の中に連れて行った。


「ル……ルイ」

 カーシャが驚いてミルズとレンを見ると、2人も首をかしげた。


 林の中に少し入ったところで、ルイはコトミの手を話すと振り向きざまにコトミを抱きしめた。

「行くな! 竜になんかなるな!」


 抱きしめられたことでルイを全身で感じることができたコトミはそれだけで涙がでた。

 もう一度抱きしめられたいという願いが叶った。


「おまえが戦わなくてもなんとかなる。 だから……行くな!」

 大好きなルイから引き留められた喜びは、全てを捨てられるほどうれしかった。


 コトミはそっとルイを引き離した。

「どんなことがあっても、必ずあなたのもとには戻ってくる。

 信じて、そのときまで待っていてほしい。 約束……」

 コトミは背伸びをしてルイにキスをした。


「ルイ、コトミ! どこにいるんだ、戻れ!」

 レンの声が聞こえる。


 コトミを見つめたまま動かないルイの手をつかむと、コトミはテントに向かって走り出した。

 戻ってくるということばを聞いたルイは安心していいのかわからず、手をつかむコトミのすがたをただ見つめていた。


 テントに入ると、大隊長はコトミを見た。

「私は、君に敬意を払う。

 そして、最大限我々にできることで君を助けることを約束する。

 それに関しては遠慮はしないでくれ。

 君は思うように、存分に戦ってくれればいい」

 そう言って大隊長は手を差し出し握手を求め、コトミはそれに答えた。

 すぐに特級魔法師3名が呼ばれ、コトミが飛び立ったらその後を追ってマキラ島の近くまで飛ぶよう指示が出された。


 コトミは蒼の風のメンバーと、島の高い岩壁まで飛んだ。

「みなさん、お世話になりました。

 任務を終えて、無事に本国へ帰還してくださいね」


「コトミ、これが最後になるの?」

 そうカーシャが聞いたが、コトミはほほえんだだけで何も答えなかった。


 コトミは少し離れた小高い岩の上に飛んで杖から飛び降りると、天を仰ぐように伸びをした。


 黒い装束が煙のようにぼやけたかと思うと、バタバタとたくさんの紙が湧き出るように、コトミの体をウロコが覆っていった。

 エメラルドグリーンのウロコに飲み込まれるように覆い尽くされた体は巨大な卵のような形になった。

 それは体を覆うように翼をたたんだ竜だった。

 バサッと両方に羽が開き、首をもたげた竜は、4つの足で立ち上がると太い尻尾を振り上げて、咆哮を上げた。

 背中や羽の縁のエメラルドグリーンのウロコは光を反射すると七色に輝く。

 その姿があまりにも衝撃的で、蒼の風のメンバーは絶句した。

 ただ、ルイだけは涙を流しながらコトミの近くに駆け寄った。


「コトミーー!」

 ルイは大声で叫んだ。

「クゥィィー」と鳴いた竜は、ゆっくりと羽を羽ばたかせた。

 

 1度羽ばたくだけで数メートルも上昇し、少しだけ下を見下ろした竜は首をあげてマキラ島へ向けて飛んだ。


 下の広場で竜が飛び立った姿を見ていた兵士たちも言葉を失い、大隊長は片手を頭に置いて、ただただその姿を見ていた。

 はっとわれに返った大隊長は指示を出した。


「特級魔法師、竜を追え!」




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