今を捨てる
ジャスティス食堂でライトたち家族が元に戻ったことのお祝いと、コトミの激励会が行われた。
「リヌの笑顔がなんだか輝いて見える」
コトミがそう言うとリヌは顔にぬっているラメを反射してみせた。
「なーんだ、輝いていたのはラメのせいね!」
こんなわざとらしいおふざけも楽しかった。
「コトミのおかげで俺たち家族はまた1つになれた。
本当に感謝している」
「そうね、私はおおいに反省したわ。
なにより、リヌといつも一緒にいられることがうれしい。
なぜこの選択をしなかったのか、不思議な気持ちよ」
昔から幸せそうな家族をみると、決まって不愉快な思いが頭を持ち上げた。
理屈ではなく心がそう動いてしまう。
うらやましさを通り越すとその先に生まれる感情はあまりよくないものらしい。
この家族に関しては、自分がつなげる手伝いをしたせいか、特にリヌの笑顔をみると、コトミも幸せな気持ちになれた。
ただ、寂しさだけは心の隅に居座って、少し陰りを作る。
「コトミは任務で遠征するそうだ。
しばらく会えなくなるぞ」
ライトが唐突にその話を出した。
「そうなの? お姉ちゃんいつ帰ってくる?」
「そうね、しばらくは無理かな」
「危険な任務なの?」
ミリアの問いにコトミとライトはチラッと目を合わせた。
「いいえ、私は配達員だからお使いをするだけです」
「そう、じゃあ帰ってきたらまたお食事しましょう」
「うん! 楽しみ!」
そういって喜ぶリヌの頭をなでながら、ライトはコトミを見て苦笑いをした。
途中までライトに送ると言われ、少し話がしたかったコトミはその厚意に甘えた。
外は雪が降り始めていた。
「よくはわからんが、その……竜になったりするのか?」
「さあ、いってみないとわかりません。
ただ、そうなったら、お会いできるのはこれが最後になります」
ライトは足をとめてコトミを見つめた。
「通りすがりと思ってください。この雪みたいに消えちゃったって」
そう言ってコトミは両手を広げて暗い空を仰いだ。
「ルイは、どうなる。
おまえも一緒にいたいんだろう?」
「それがかなえば、どんなにいいでしょう。
ルイの気持ちを知ることが出来て、これでもかなり幸せなんですよ。
だから大丈夫」
ライトはコトミの頭に手を置いた。
「まだそうなると決まったわけじゃない。
俺は待っておくよ、おまえが帰ってくるのをな」
コトミはにっこりと笑った。
「ここまでで大丈夫です。
ありがとうございました。
お幸せに」
コトミは杖に飛び乗ると手を振りながら雪のふる夜空に飛び出して行った。
「おまえこそ……幸せにならないと」
ライトは大きくため息をついた。
部屋に帰ったコトミはミカエルからの書簡がまだ届いてないことに気づいた。
(すぐに出られるように準備をしよう。竜の力を少し解放しないと)
コトミは体を洗ったあと、一糸まとわぬ姿のまま部屋の中で伸びるように体を反らした。
体の周りにもやがかかり、全身は黒く薄い衣に覆われた。
黒い装束にはフードがなく、もう顔を隠すことはできない。
短く切った髪は、あっという間に長い金色の髪に戻った。
瞳の色はエメラルドグリーンに変わり竜の目として物が見えるようになった。
肌は透明感を増し今まで見えなかった手足のウロコの発色が目立つようになっていた。
そこへ誰かがドアをノックした。
書簡が届いたと思ったコトミはドアを開けた。
薄暗がりの廊下に立っていた男はフードとマスクで顔を隠していた。
フードをはずすと現れた金髪の巻き髪でミカエルであることがわかった。
「ミ……カエル様?」
コトミも驚いたが、コトミの出で立ちをみたミカエルはもっと驚いた。
黙って部屋の中に入りマスクを取ると、明るいところで見たコトミの瞳に動揺を隠せずにいた。
「おまえはやはり……竜族なんだな」
そう言われた瞬間、コトミは恥ずかしさのあまり、顔を背けた。
「申し訳ありません、お見苦しい姿をお見せして……」
「いや、そういう意味では……。大丈夫、こちらを見なさい」
そう言われ、下を向いたままミカエルの方を向いた。
その姿をみてミカエルは「フッ……」っとほほえんだ。
「やはり髪はそのほうがよく似合う」
照れたコトミは顔を赤らめた。
コトミは竜になるつもりでここを立つのだということをミカエルは痛感した。
その決意を砕くことはもう不可能だと、ならばいさぎよく送り出してやるべきだと思った。
「あちらについたら、この書簡を拠点にいる大隊長に渡してくれ」
ミカエルは書簡をコトミに手渡した。
「明日の朝、艦隊と帆船を送る予定だ。その詳細が書いてある。
島民もいるし状況がわからないから砲撃を打ち込めるかは不明だが、戦うにも救出を行うにも兵の数は多いに超したことはない」
「確かにお預かりしました」
「もう……行くのか?」
「はい、ミカエル様をお見送りしたら」
「そうか……。
もしコトミが自由な身になったら、顔を見せにきてほしい。
そしてこのバシラスタに置いてくれというなら、喜んで受け入れよう。
王子である私が約束する」
「ありがとうございます。
ミカエル様の温かいお言葉、決して忘れません」
胸に手をおいたコトミはニッコリと笑った。
ミカエルはたまらずコトミを抱きしめた。
「すまない……少しだけこのままで」
ミカエルの鼓動が聞こえ、コトミは不思議な気持ちがした。
それはとても居心地がよくて、このままここにいたくなるようなそんな気持ちだった。
ミカエルはコトミをそっと離すとほほえんだ。
「行ってこい」
「はい!」
ミカエルが部屋から去るとコトミは少し切なくなった。
ここでの生活を捨てて新たな道に踏み出そうとしている今、何かを無くしたような寂しさがあった。
選んだ道が、結果不幸な道であっても、後悔しない自信はあった。
ただ、今を捨てることの寂しさで心が苦しかった。
小さくため息をついた後、体に力を入れてまた竜の力を流した。
そしてコトミは窓から飛び降りた。
竜の力を発動させたコトミは、高所から飛び降りてもまったく負傷しない。
その顔はもう人の顔ではなかった。
目立たなかった頬の横のウロコも発色を増し、獣人族のように見えた。
杖の上に立つと、今まで以上の速度で空が飛べた。
竜の目で夜でも海上の彼方まで見渡せる。
もう戦うことも竜になることにも迷いはなかった。
ただ最後にもう一度だけ、ルイに抱きしめてほしかった。