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揺るがぬ思い


 イプピアーラが群れで現れた話を聞いたときから、コトミは戦いに出ることになると思っていた。

 有事の時には協力するという王との約束は、国同士のもめ事を想定していた。

 当然王もそのつもりだったため、今回の件でコトミを動かすわけにはいかなかった。

 コトミの側からミカエルへ、手伝うことの申し出をしてくれたことは渡りに船だった。

 大勢の島民や兵士たちの消息がわからない今、ミカエルも手段を選べなくなっていた。

 コトミは、仲間やルイを守れるなら、竜態になることへのためらいはなかった。


(竜神の村からも逃げ出せた。 今度も残響が消える数日間逃げ切れれば……)

 そう思いながらもやはり恐ろしさと不安は感じていた。


 コトミは国を去るための準備を始めた。

 部屋のかたづけも終え、いつでも身一つで戦いに向かえる。

 ただ、戦いに向かう前に、会えなくなる人たちに会っておきたかった。


 翌朝。

 ライトと話がしたかったコトミは、朝なら昼の営業開始までは時間があると思い、ジャスティス食堂に向かった。裏口から中を覗くと厨房で数名の従業員がすでに開店の準備に追われていた。

 1人がコトミに気づき声をかけてきた。


「お、あんたボスの知り合いだろ?」

「はい、ライトさん、今忙しいですか?」

「いや、買い出しだけど、もう帰ってくる……」

 従業員がそう言いかけたとき、後ろからライトが叫んだ。


「コトミ!」

 ライトは運んできた野菜を乱暴に厨房の中に置いた。

「ちょっとつきあえ」

 険しい顔をしたライトにコトミは少し動揺しながら、後をついていった。


 すぐ近くにある、町の中を走る川の船着き場につくと、ライトは大きく深呼吸をした。

「今から言うことは、ルイから預かった伝言だ。

 (おとこ)の大切な伝言だ、ちゃんと記憶しろよ」


「ルイからって……どういうことですか?」

「一昨日の夜、出発の前にルイが店を訪ねてきた。

 そして伝言をたのまれた。

 なんでも今回は厳しい任務らしく、もう戻ってくることができないかもしれないと言っていた」


「そ……そんな」

(ルイは生きて帰れない可能性の方が高いと思っていたんだ……)


「すれちがってしまったコトミに、自分の気持ちを伝えて欲しいと言われた。

 よく聞いておけよ。

 俺がいくじがないばかりに、コトミを傷つけてしまった。

 帰ってきたら、きちんと2人のことについて話をしたいから待っていて欲しいと。

 そう伝えてくれって言われた」


「ああ……」

 コトミは手で口を押さえ、目からぼろぼろと涙をこぼした。


「うれしいか?」

 ライトからそう聞かれ、ウンウンとうなずきながら泣き続けた。

 ライトはコトミの頭をなでた。


「今日は夜の営業がないんだ。

 リヌと……ミリアが来る」

 ライトは後ろ頭をかきながら照れくさそうにそう言った。


「あ……じゃあ……」

「ああ、3人で暮らすことになった」


「良かった」

 コトミは涙を袖でぬぐいながら笑顔で答えた


「今夜店にきてくれ。

 ちょっとしたお祝いをする。

 それと……。

 おまえ、ルイを追うつもりか?」

「はい」

 コトミは即答した。


「そうか……そうだろうな。

 じゃあ、俺たち家族のお祝いと、おまえの激励会だ。

 断るなよ」


「はい、必ずうかがいます!」


 コトミの心の中からすべての迷いが消えた。

 もう何があってもルイを追うと決めた。

 そしてライトと別れたその足で、ミカエルのもとへ向かった。


 部屋に通されるなり挨拶もせずにコトミは話しだした。

「ミカエル様の指示を待つと言ったのですが、我慢できなくなりました。

 私はマキラ島へたちます」


 一瞬驚いた表情をみせたミカエルだったが、落ち着いた口調で答えた。

「そうか……どうしてもマキラへ行きたいのか」


 椅子から立ち上がるとコトミに近づき後ろ手を組んだ。

「今日、前に送った紅蓮の炎の隊員が1人帰還し、援軍の要請をしてきた。

 町への出入り口の封鎖が完了するまでの間、イプピアーラの侵入を阻むために軍の者はみな戦闘を行っていたらしい。

 それゆえ連絡係を送れなかったとのことだ。

 その者は、先に救援要請に出た船が難破船となり到着までに5日かかったことも、島の情報が王都に伝達されるまで更に2日かかったことも当然だが知らなかった。

 あちらでは救援要請をしたのに、なぜ誰もこないのかその理由を知るすべがなかった。

 救援を待ち望んでも一向に救助が来ることはなく、島の入り口の封鎖が完了したところで、新たに援軍要請のために紅蓮の炎の隊員を送ったということだ。

 おそまつだな……父上の作戦の失敗だ」


 コトミから目をそらすとミカエルは窓の近くへ行った。

「今夜は、雪が降りそうだな」

 空を眺めながらミカエルはつぶやいた。

「おまえが行くことを許可しよう」

 窓の外を眺めたままそう言った。


「あ、ありがとうございます!」

 コトミは笑顔になった。

「ただし、簡単に竜態にはなるな」

 その指示に従えないコトミは、そのことには返答しなかった。


「これが、最後のご挨拶になるかもしれません。

 お世話になりました」

 胸に手をあて一礼をすると部屋を出て行こうとした。


「まて!」

 窓枠に手をつきミカエルが声を荒げた。

 驚いたコトミは足を止め振り返った。


「今夜たつのか」

「そのつもりです。

 知り合いの店で食事をするので出発は深夜になるでしょうが、明日の朝には着けるはずです」


「わかった。あとで私の書簡を部屋に届けさせるので持参してくれ」

「はい、承知しました」


 コトミが出て行ったあと、ミカエルは窓枠を拳でたたいた。

 覚悟を決めてしまったとミカエルは悟った。

 とめる手立ては思い浮かばないが、このまま別れるわけにはいかないと思った。


 コトミは部屋を出たところで、近くで控えていたシャスバンの前に立った。

 不思議そうにコトミをみる大きな体のシャスバンを見上げたコトミは胸に手を当てて少し頭を下げた。


「お世話になりました、最後の挨拶ができないかもしれないから、今言っておきますね」

 にこやかに笑うコトミの顔をみて言葉を失ったシャスバンだったが、少しだけ口元を上げて笑った。


「マキラ島へ行くのか」

「はい!」

 うれしそうに返事をするコトミをみたシャスバンは複雑な思いがした。


「そうか、死ぬなよ」

「がんばります」

 コトミは笑顔で去って行った。

 その姿が見えなくなるまで目で追っていたシャスバンだったが、はっとしてミカエルの部屋へ急いだ。


 その次に向かったのはルキアスの執務室だった。

 部屋に通されると、コトミはうれしそうに言った。

「よかった、ルキアス様がいて」

「今日はなんの用だ」


「マキラ島へ行きます。

 お世話になりました」


 手を止めたルキアスはコトミを見つめた。

 そして再び机に目をむけると、仕事を続けながら話し始めた


「もし……おまえの居場所を作ってくれる人が現れたなら。

 その手をつかんでみる手もあったのだろうが……。

 もうそれも手遅れか。

 うまく生きることは難しいが、思いきり生きることは案外できるものだ」


「はい、思いきり……生きてみます。

 いつもやさしい心遣いをありがとうございました」


「元気でな」


 知らない間に頬に涙が伝っていた。

 別れの悲しみなのか、ルキアスの遠回しのやさしさに感動したのか、この涙の意味はわからなかった。


 次に医療棟のドットムの所へ向かった。

 医療長室のドアをそーっとあけるとドットムがお茶を飲んでいた。


「先生」

「お、おおコトミか。

 体調は大丈夫か? 吐き気はおさまったかな」


「はい、ありがとうございます。 もう大丈夫です」

「そうか、それは良かった。で……今日はどうした、何か心配ごとか?」


「マキラ島へ行くことになりました」


 カチャンとドットムはお茶のカップを受け皿に落とした。


「そ……そうか。

 マキラ島の件は話に聞いていたが、まさかコトミが」

「私が、行かせてくれと頼んだんです。

 先生、本当にお世話になりました。

 恩返しは……国のために役にたつことくらいしかできませんが」


「何を言うか、恩返しなどいらない!

 おまえは……本当に」

 ドットムは両手でコトミの手を握った。


「いいか、自分のためにもっとわがままになるんだ。

 そして、幸せになりなさい。

 生きたいように生きて、好きな人と幸せに」


「いつか……幸せになりたいです」


 ドットムは眼鏡をはずして涙をぬぐった。

 コトミも笑顔のまま、あふれる涙が止まらなかった。




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