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すれちがい(2)


 その日ミカエルはカルツォを呼び出していた。

 王から突然、マキラ島の問題の指揮を取るように指示されたことで、他の細かい問題に時間をさいている暇がなくなっていた。

 コトミの護衛はすでにはずし、カルツォのほうからコトミを避けるように圧力をかけておくことと、どうしても確認しておきたいことがあり呼びつけた。


「今度は何のご用でしょうか。 もうあの娘には手出しはしません」

「あたりまえだ、姿も見せるな」


「はぁ、まあ努力はしましょう。

 意図せず会ってしまうなんてことはあるかもしれませんが」

「それも許さぬ」


「そんなことを言うために呼び立てたのですか? 案外、お暇なのですね」

 カルツォはあきれた顔をして赤い髪を後ろに流した。


「本題は今からだ。 みなさがってくれ」

 ミカエルは人払いをするとソファーに座り、カルツォにも座るように促した。


「おまえは竜族の何を知っているのだ」

「そのことですか……。

 ずいぶん調べましたからね。 過去の文献や歴史書なんかも」


「ほう、それは興味深いな。

 国の大きな戦力になる力を本当に持ちあわせているのか?」


「私はそう思います。

 滅ぼされた国が思った以上に多くてびっくりしました。

 しかも竜が大群で押し寄せたわけではないのです。

 数匹の竜の火炎で国が滅ぶとは……怒らせるものではありませんね。


 さて、もっとおもしろい話をしましょう。

 でも……これを話したことで私になにか得があるんでしょうかねぇ」


「ふざけるな」

「フフフ、そうですね。

 ではまずコトミと初めて会ったときの話から……」


 カルツォはペンタスの湖で、空から落ちてきた小さな竜が一糸まとわぬ少女の姿になったことを話した。 そして金色の長い髪と七色に輝くウロコを持つその少女が、天を仰ぐように体をそらせて伸びをすると黒い衣に覆われたことを話した。


「黒い衣だと?」

「ええ、見たこともない衣でした。

 もしかするとウロコや皮膚を変化させたものかもしれません。

 古文書にも同じような記述があり、竜族が皆一様に黒い衣をまとっていると書かれていました。

 まあ、そんな衣の話はどうでもいいんですが。

 興味深いのはここからです。

 竜族の女は人族との子供を身ごもると竜態の成長が止まり、竜族の子供を産めなくなる」


 ミカエルは目を見開いた。


「だからミカエル様がいらないなら私に下さい。

 子供が生まれれば、彼女はもう竜族から追われなくなります。

 私はけっして王位なんか望みませんから……」


 ミカエルはそばにあった花瓶をカルツォに投げた。

 瞬時にかわしたカルツォは、ニッと笑った。

 大きな物音にシャスバンがドアを少しあけ中の様子をうかがった。

 ミカエルは片手をあげて無言で扉を閉めるように合図をした。


「おお、こわ。

 でも冷静にお考え下さい。

 このままあの娘をここに置けば国の脅威になります。

 早く追い出すか……誰かの嫁にするか」


「もういい、出て行け!」


「はいはい、おっとそうだ。

 もっとすごい話もありますが……。

 次の機会に取っておきますね。

 また呼んでください」


 そう言ってカルツォは少し笑いながら部屋を出て行った。


「国の脅威にだと……。

 父上はなぜこんなやっかいな者を受け入れたのか。

 だが、子をもうければ……私は何を考えている、この大事なときに」

 ミカエルはコトミがやっかいなのか、揺れ動く自分の心がやっかいなのかわからなくなっていた。

 それだけにいらだちが余計に大きかった。


 カルツォが出て行くと入れ違いにシャスバンが部屋に入り、割れた花瓶にチラリと目をやった。

「ミカエル様、ルキアスからの使いがまいりまして。

 コトミがルキアスをたずね、蒼の風部隊の任務について聞いているそうです」

「そうか……何をするつもりだ。ここに連れてこい」

 シャスバンが部屋を出て行くとミカエルは小さくため息をついた。


 しばらくしてコトミはミカエルの執務室に通された。

 ミカエルは、目で合図をしてシャスバンを部屋の外で待機させた。


「蒼の風の任務が気になったのか?」

「はい、マキラ島の話は聞きました。

 私を行かせて下さい」


 コトミのその言葉は、司令官のミカエルにとっては願ってもない言葉だった。

 以前のミカエルならばすぐに了承したはずだが、今のミカエルには少しためらいがあった。

 そのジレンマのなかで、それでもやはり司令官としての答えを選んだ。


「そうか、それは願ってもない申し出だ。

 竜態になるつもりか?」


「状況に応じて判断いたします。

 そうなった場合は、早々に国を去りますのでご安心を」


「去らねば……ならぬのか?」

「前にもお話しましたが、竜態になったときの咆哮は、竜族であれば残響を追って数日後でも探しだすことができます」


「そうだったな。

 島からの報告が来て現状の確認ができたら、おまえを含めた形での作戦を練ろう。

 だからしばし待て」


「はい……わかりました」

 そう言ってコトミは少し下を向いた。


「どうした、不服か?」

「いえ、ミカエル様に従います」

 その言葉を聞いただけでミカエルは体が少し熱くなるのを感じた。


「もし私が手を差し伸べれば……おまえの居場所を作ると言ったら。

 おまえは従う意思があるか?」


「な、なんのことでしょうか。

 言っている意味がわかりません」


「いや、なんでもない。

 今回の部隊は、時間はかかるがマキラ本島ではなく別の島を目指し、そこへ潜伏する。

 マキラ本島の状況を確認に行くため高速で飛行できる特級魔法士も送った。

 安全が確認できれば救出も行うが、無理はしないように徹底させている。

 だから安心して指示を待て」


「はい、承知しました」

「もう下がれ」


 コトミは蒼の風が心配でならなかった。

 本当はすぐにでも飛び立ってみんなに合流したかった。

 そしてなによりルイを守りたかった。


 その夜、ミカエルは側仕えにセリーヌを呼ぶように命じた。

「お呼びでしょうか、ミカエル様」

「私室にこもる」

「はい、承知いたしました。後ほど、部屋に行かせます」


 その夜、夜とぎの女がミカエルの部屋にはいった。

 ミカエルはベッドの上のその女の顎を手で引き寄せ唇を重ねようとした。

 だが一瞬ためらい、首筋に唇を落とした。

 自分の腕のなかで幾度も波打つように動く女の姿態を、壊れそうなほど抱きしめた。

 そして心の中で「コトミ……」と呼んでいた。

 深い眠りから覚めたあと、それでも満たされない自分がいることを悟った。

「あの娘でなければダメなことは、わかっていたはずだ……」



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