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クリスマスの足音


 日ごとに寒さが増し、本格的な冬の訪れとともに、クリスマスマーケットが立ち始めた。

 かわいらしい小さな建物がそこかしこの広場に並び始め、クリスマスまでの気分を大いに盛り上げてくれる。

 装飾がほどこされたいろとりどりの店を見ながら歩いていると、小さな鍵をたくさん売っている店を見つけた。

 鍵と鍵穴のペアアクセサリーは、恋人同士で持ったり、告白をするときに片方を贈ったりする。

 ルイと入れたタトゥーを思い出し、未練がましいと思いながらも、同じ物がないか目で追ってしまう。


「気に入ったのがあるといいわね。チェーンもありますよ」

 店員が満面の笑みで話しかけてきた。

(こうやって鍵を選ぶ私は幸せそうに見えるのだろうか……)

 なんとなくコトミも笑って見せた。


 形を思い出しながら、似ている鍵を見つけ、それとチェーンを買った。

 愛想の良い店員に、鍵穴と鍵それぞれにチェーンを通してもらった。

 両方とも自分の首からさげて、服の中にしまうと、服の上から手を当てて少しほほえんだ。


 街も人も冬支度になり、なんとなく歩く速度も速い。

 軍の兵士たちも冬の装いになり、この頃からチラチラと雪も降り始める。

 服の上から感じる鍵の感触を確かめながら、コトミの心は温かかった。


 ある日の朝、コトミのもとにカーシャが尋ねてきた。

 部屋に入るなり、コトミを抱きしめたカーシャは、しばらくそのまま声を出さずに泣いた。

 誰も来てくれなかったことを寂しく思ってはいたが、あきらめる決心をしていたコトミは思いがけない訪問に声をあげて泣いてしまった。

 カーシャはコトミが泣きやむまで抱きしめていた。


 2人でソファーに座ると、カーシャがコトミの頭を触った。

「髪、ずいぶん短くしたのね、色も変えて……でも似合ってるわ」

 コトミは恥ずかしそうに、照れ笑いをした。

 

「ごめんねコトミ、言い訳になってしまうけど、コトミの所在を教えてもらえなくて、会いに来られなかったの。

 1人でつらかったよね」

 やさしい言葉をかけられると、とまってくれたはずの涙がまたあふれてくる。


「みんな心配しているけど、正直コトミにどう接して良いかわからないみたい。

 がさつな男子ばかりだからね。

 それで私が1人で来たの。

 ここに入る許可証を出せって、ザクス隊長はみんなからかなり詰め寄られてたわ。

 あなたが竜族であることはザクス隊長からみんなに説明があった。

 今まで大変な思いをしてきたのね……ごめんなさい力になれなくて」


「そうでしたか、私が竜族であることはみなさん知っているんですね。

 力になんて……みなさんが大好きで、部隊の仕事も好きで。

 そこに置いてもらえただけで十分です」

 コトミははにかんだ。


「そう言ってもらえると少しほっとするけど。

 今日ね、どうしてもコトミの元気な姿を確認したかったの。

 私たちの部隊は明日、遠征に向かうから、その前にあなたに会いたかった」


「救出部隊が? 遠征にですか?」

「ええ、少し不安になるような任務で……」

 カーシャは話そうか迷っている様子だった。


「あの……私が手伝えることがあったら」

「ううん、大丈夫よ。 ただ、当分会えなくなる。

 それで、これを渡したかった。

 嫌なことやつらいことがあって眠れないときは、お茶に数滴たらせば安眠できるから。

 眠れば少しは心が回復するわ」


「ありがとうカーシャさん。

 気をつけて……なるべく早く帰って来て下さいね」


「ええ、帰ってきたらご飯いきましょうね。

 その約束を守るためにも帰ってくるわ」


(約束を守るためにも帰ってくる?……帰れなくなることがあるような言い方。

 危険な任務なんだろうか)


 カーシャは任務の詳細を話してくれなかった。

 コトミはどこかで調べられないか考えていた。

 そして遠征に出てしまうまえに、挨拶だけでもいいからルイに会いたくなった。


 その日の夜、雪が降る中、部隊棟の外でコトミはルイを待ち続けた。

 少しでいいからルイと話がしたかった。

 だんだん本降りになってきた雪がコトミの肩や足の上に積もった。


 そこへルイが1人で出てきた。

(良かった、1人だ)

 コトミはフードをはずすと、ルイに向かって歩き出した。

 コトミの方を見たルイは一瞬だれだかわからなかったが、コトミと気づくと顔を伏せた。


 コトミは足を止めて後ずさりをすると、くるりと後ろを向いた。

 すでに流れ始めている涙をぬぐわずに、早足で歩き出した。


 そして建物の角を曲がるとすぐに、ステッキを杖に変えて飛び乗り、夜空に向けて飛び出した。

(もう……だめなんだ。 もう……)


 ルイはカルツォの事件でコトミにあんな思いをさせてしまい、おそらくこれからも守り抜けない力のない自分が恥ずかしくて、会わせる顔がなかった。

 でも本当は会いたくて抱きしめたくてそばにいてやりたかった。


 ルイはコトミを追って走り出した。

 でも建物の角を曲がったとき、夜空を飛ぶコトミの後ろ姿は、ずいぶんと離れてしまっていた。

「ごめん……コトミ」


 コトミは鐘塔の上に降りると長椅子に腰掛けた。

 ぬぐってもぬぐっても涙がとまらず、悲しみとともに情けない気持ちでいっぱいだった。

(もういい……全部いらない……)

 そう言って2つのネックレスを足下に投げ出した。


 嗚咽しながら泣き続け、ルイとの思い出のこの場所で、全ての思いを断ち切ろうと決めた。

 泣くことが苦しくておかしくなりそうだった。


 そのとき、カーシャからもらった薬を思い出しポケットから取り出すと、瓶ごと飲み干した。

 しばらくすると目の前が白くなり、コトミはその場で意識を失った。


 そしてまた昔の夢を見た。


 コンコンとガラス窓を琴美はたたいた。

 だが部屋の中に電気はつかず、雪の降る中パジャマのままでしばらく待っていた。

 すりガラスに耳をつけると、かすかな物音はする。

 もう一度たたいてみるが、反応はない。


 毎年クリスマスの夜は、この部屋の中で少年と一緒にいろいろな話をして過ごした。

 いつも先に眠ってしまう琴美を朝になる前に起して帰してくれた。

 中学3年のクリスマスは1人ぼっちになった。


 学校でも琴美の顔を見たら目をそむける彼がいた。

 大好きだった彼は、琴美との関わりを絶った。

(みんな……去って行く。

 ルイ、あなたも同じように私を……)


 激しい吐き気と寒さで目を覚ましたコトミは、両脇を誰かに抱えられていることに気づき、力なく抵抗を始めた。

「ちょっとおとなしくして下さい。

 怪しい物じゃありません。 ミカエル様からあなたの護衛を頼まれている者です」


(え、ミカエル様? この人は何をいっているの? これは……夢?)

 再びコトミは意識を失い、気がついたときはドットムが顔をのぞき込んでいた。

 運び込まれたのは自分の部屋だった。


「ふむ、やっと意識が戻ったか。

 連絡をもらって駆けつけたが、安定剤か眠るための薬を飲んだね。

 命にかかわるような強い薬ではなかったからよかったが、物によってはもう意識が戻らなかったかもしれない。

 しばらくは二日酔いのような状態が続くが、明日には良くなるだろう。

 あまり心配させるなよ」

 ドットムは少し怒ったような口調でそう言った。


「ごめん……なさい」

 力なく謝るコトミをみたドットムは少しほほえむとため息をついた。



 コトミが鐘塔で何か薬を飲んで意識を失ったと報告をうけたミカエルは、いらだちを覚えた。

「なぜ竜族の女が気に掛かるのだ!」

 その答えをうすうす自分でも察していただけに、だんだん腹が立ってきた。


 ミカエルはしばらく執務をしていたが矢も盾もたまらず、顔をマスクで隠し、赤く長いローブを羽織ると側近もつけずに王宮を飛び出した。

 そして、こんなことまでしてコトミの様子を見に行こうとする自分自信を恥じた。


 ミカエルがコトミの部屋に入ると、窓から少しの月明かりが差し込み、その中で寝息を立ててコトミが眠っていた。

 そばに座りしばらく寝顔を見ていたミカエルは、コトミの目から涙が流れるのをみた。

 指でそっとそれをぬぐい、栗色に変わってしまった髪を触った。


「私は……何をしている」

 すっと立ち上がったミカエルはフードをかぶると部屋を出て行った。


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