手の届く幸せ
リヌとはカーザン地区にあるお菓子の専門店で待ち合わせをした。
ライトにはリヌと母親の約束の時間よりも少し遅い時間を知らせてあり、2人が会っているところに、何も知らないライトがやってくるという設定だ。
当然リヌの母親もライトが来ることは知らない。
コトミは店に入り、リヌの母親がミリアだったことを知って驚いた。
「え……あなたは」
ミリアも驚いてコトミを指さしたまま固まっている。
「あのときはありがとうございました」
「お、驚きねぇ。 あなたがリヌを助けてくれたの?
こちらこそお礼をいわなきゃいけないわ。 本当にありがとう」
ミリアは前に会ったときとは違い、ごく普通の服装でほとんど化粧をしていなかった。
リヌとそっくりな大きな黒い瞳は、アイメイクで隠さない方が美しい。
「ねえねえ、おねえちゃんのことしってるの?
もしかしてお父さんが助けたって話しと関係ある?」
「え、ええ。 そうよ。
お姉ちゃんがケガをして、お店の子に頼んでお父さんを呼びにいってもらったの」
「ライトさんはミリアさんの務めているお店を知らないんですね」
「うん、話してないわ。
知人に頼まれてあの店の経営をしているけど、じきにやめることになるの」
「ほんと? なら一緒に暮らせる?」
リヌが目を輝かせて聞いた。
「ごめんねリヌ、それは難しいと思うわ。私とお父さんはね……」
そこへライトが店に入ってきた。
「え?」
それを見たミリアは顔が青ざめた。
戸惑ったのはライトも同じだった。
不機嫌そうに近づいてくると、リヌの頭に手をおいてから椅子に座った。
リヌは緊張して、少し涙目になっている。
「なんであんたもいるんだ?」
開口一番、ライトがコトミに聞いてきた。
「あなたが計画したの?」
ミリアもきつい口調でコトミに言った。
「リヌがお願いしたの!」
少し怒った顔をしたリヌを見たライトは、あきらめたようにため息をついた。
ミリアは手を組んでライトと目をあわさないよう、テーブルに視線を落としている。
「私がケガをしたとき、ミリアさんがライトさんを呼んで……私はお二人に助けられました。
そしてその私が洞窟でリヌさんを救うことができた。
偶然だとしてもなにか不思議な感じがします」
コトミがそう言うとライトは驚いた表情をした。
「あのとき俺を呼んだのは……おまえだったのか」
「ま、まあね」
「リヌさんは、お二人と一緒にいたいんです。
そして私は、そのリヌさんを助けたい」
4人とも黙ってしまった。
そこへリヌが注文していたカボチャプリンが運ばれてきた。
リヌはスプーンでプリンをすくうとライトの口元に運んだ。
「お父さん、アーン」
「お、おお」
ライトが食べた。
そして今度はミリアの口元へ。
「お母さん、アーン」
そしてそのあと、うれしそうに自分も食べた。
子供は大人が思う以上にいろいろなことを理解している。
理解はしているが割り切ることはできていない。
それでもその感情をリヌはなるべくひた隠しにした。
それは両親への配慮であり、それができるリヌは強い子だとコトミは思った。
ミリアは涙ぐんでいた。
それを見たライトが口を開いた。
「リヌを魔法学校に通わせるには、親の身分の査定があってな。
ミリアは客商売が好きで……まあ俺もそこで知り合ったんだが。
リヌのためにやめてくれと言ったがダメだった。
それで別れて暮らすようになった」
リヌは聞いていないふりをしてプリンを食べ続けていた。
コトミは小さく深呼吸をした。
「ミリアさん、何を天秤にかけているんですか?
子供と仕事? 仕事は大事だけど、そっちが重くなるような天秤なら、それ壊れてます。
望めば手が届く幸せじゃないですか。
私には親がいません。
どんなに手を伸ばしても、家族との幸せはつかめないんです。
どうかリヌを……1番に考えてあげてください」
プリンを食べていたリヌの手がとまった。
下を向いたままのリヌの目からぼとぼとと涙がこぼれる。
コトミは黙って席を立つと店をあとにした。
(ここからは……家族の時間。 自分たちで答えを出さなきゃ。
少しうらやましい)
帰り道、ルイと行った鐘塔に、杖で飛んでのぼった。
思い出の場所で、あのとき座った石の長椅子に腰をおろすと海を眺めた。
袖をめくり、腕の途中まで現れてきたウロコを見つめた。
「こんな姿……見られたくない」
大きくため息をつくと、まだルイを諦め切れていない自分に気づいた。
(ルイが本気で私を好きでいてくれた瞬間があったなら、もうそれだけでいい。
簡単に幸せになれるとは思わないけど……。
つかめない幸せなら、期待したくない。
会わなければよかった)