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心の傷


 ザクスはミカエルに事件の詳細を話した。

「思った以上にクズだな、カルツォ」

 ミカエルは吐き捨てるように言った。


「事件をおおやけにできないのはわかりますが、カルツォもそれを承知したうえで事に及んでいます」

「わかっている。罪に問うことは難しいが側近や手下を捕らえるだけでも痛手は追わせられる」


 事件の翌日、王宮に呼ばれたカルツォは、ルイに殴られた口元を紫色にして現れた。

 詳細を聞かされていたミカエルは、いつになく不機嫌で、カルツォの顔を見るのも嫌だった。


「カルツォ、やらかしてくれたな。 汚らわしい」

「申し訳ありません、手癖が悪いもので……。

 軍の人間に手を出したのは間違いでしたが、罪に問われるほどのことはしておりません。

 それとも……あの娘は特別なのですか?」


「しらじらしい、知っていたからこそ執拗に襲ったのだろう?

 今回の事件に関係したおまえの手のものは全て捕らえて重く処罰する。

 おまえの件は伯爵には伝えないでいてやろう。

 そのかわり二度とあの娘には手を出すな。

 今回のことが伯爵の耳に入れば、跡目が変わるな。

 路頭に迷いたくなければおとなしくしておけ」


「やれやれ、その交換条件ならば飲まないわけにはいきませんね」


 ミカエルは考えた末に、王宮の外の建物を買い上げ、そこを薬剤部の分室にし、建物の一角にことみの部屋を作ることにした。

 外階段で誰にも接触することなく出入りができ、採血が終わればあとは自由に過ごせる。

 敷地は高い壁で囲われているため外から見られることもなく、ターバンやマスクもはずしていられる。

 コトミはそれを了承し、数日後には全ての準備が整いコトミはそこに移った。


 毎日採血が終わると、薬膳団子を持って敷地内にある木の下に行き、そこで時間をかけて食べる。

 まずいだけではなくぼそぼそとして口の中の水分を吸ってしまいとても食べにくい。

 だがそれを食べないと知らない間に気を失ってしまうことがあるので、仕方なしに食べていた。


 事件以降、ルイからの連絡はなく、部隊員との接触もなかった。

(離れて行ってしまう……寂しいけど、私に追う資格はない)


 あの事件の衝撃で、ルイとの甘い思い出が色あせ始めた今なら、自分で心を折ることができそうな気がしていた。

 ルイのことを思い出そうとすると、なぜかカルツォの記憶も一緒に頭をもちあげ、すぐに別のことを考えて気を散らしていた。


 その日はリヌの両親を会わせる日だった。

 リヌは母親と一緒に店に向かい、コトミとは店で待ち合わせをした。

 両親がもめると手がつけられなくなるから必ず同席して欲しいと、リヌに頼まれていた。

 待ち合わせをしている店は、くしくもカーザン地区にあった。

 カルツォに会うことを恐れたコトミは、約束の時間の前にやっておきたいことがあった。


 ちょうど同じ日、ミカエルは側近のシャスバンとともに研究所に視察に来ていた。

 2階にあるセリカの執務室で、コトミの血を使った万能薬の効能が通常の薬の数十倍になっていると報告を受けた。


「数十倍とは……さすが竜族だな。

 その万能薬を試してみたいものだ」

 ミカエルがシャスバンに目で合図をすると、シャスバンは小さくうなずきセリカに向かって言った。

「セリカ部長、試作した薬があるならいただけないだろうか」

「はい、ご準備いたします」

 セリカとシャスバンは部屋を出て行った。


「そんなすごい成果をだされては手放せないな、コトミ」

 そうつぶやきながらミカエルが窓の外を眺めると、何かを抱えて走るコトミの姿が目に入った。

「なにをしてるんだ……」


 コトミはその日の採血が終わり、8つも渡された薬膳団子の包みを持って、いつもの木の下に走った。

 団子の包み紙で視界が遮られ、時間がなく焦っていたこともあり、平坦な場所にもかかわらずつまずいて転んでしまった。

 前方に向けてバタンと転んだせいで、団子が放射状に放り出され、包み紙からこぼれた団子がゴロゴロと転がり出した。


「プッ……アハハハ!」

 ミカエルはその様子をみて大笑いした。

 団子をばらまいてしまったことのショックでしばらく倒れたままでいたコトミは、ゆっくり立ち上がると団子を拾いはじめた。

 ミカエルはすぐに部屋から出てコトミのもとへ向かった。


 団子を拾い終えて木の下へ行くと、ひざの上に置いて食べ始めた。

 その様子をミカエルは少し離れた場所で笑いをこらえながら見ていた。


 食べていたコトミの手が急に止まり、ひざの上の団子を横に置くと、ダガーを取り出した。

「ダガー……?」


 コトミは透けるような金色の髪をつかむと、少し見つめたあとに、ダガーでばっさりと切り落とした。


「なっ……」

 ミカエルは動揺した。 今まで自分が経験したことのない胸のざわつきがあった。


 コトミはためらうことなく、どんどん髪を切っていく。

 そしてひとしきり切り終えたことろで、切った自分の髪をみつめて涙をぬぐった。

 ざんばらになったコトミの髪を見たミカエルはいたたまれずに、コトミのそばに近づいた。


「コトミ」

 声に驚いて振り向いたコトミは、それがミカエルだったことにさらに驚き、挨拶はおろか立ち上がることもできなかった。

 ミカエルはゆっくりとコトミの横に腰をおろすと、団子を1つ取って食べ始めた。


「ま……まずいな」

 あっけにとられたコトミだったが「プッ……」っと吹き出した。


「ミカエル様の口にあうはずがありません」

 そういって泣き顔だったコトミは笑顔を見せた。


 ミカエルは初めて見るコトミの笑顔に驚いた。

「普通に……笑えるんだな」

「え?」


「いや、おまえが笑うところを初めてみたから」

「ああ……。前にお会いしたときは、楽しい話ではなかったですから」

「そうだな」

 ミカエルはそう言いながら、短くなったコトミの髪を触った。

 コトミは一瞬ビクッと首をすくめ、それを見たミカエルはすぐに手を放した。


「なぜ髪を切った」

「今日、カーザン地区で人と会う約束があるので……その、もしカルツォに……」

 コトミはその名前を口に出したとたん息が苦しくなった。

 手が震えだし、それを押さえるために両手で自分の体を抱きしめて力を入れた。

 事件以来はじめてその名を口に出したことで、隠そうとしていた記憶が一気に表に現れ、自分が思っている以上に心の傷が深かったことに気づいた。

 恐ろしさや感触が押し寄せ、ミカエルの前であっても自分を制御できなかった。

「すみません……すみません」


 意味もなく謝るコトミの姿を見たミカエルは、そっとコトミの頭を抱きよせた。

「大丈夫だ。 案ずるな、ここは安全だし、私もいる」


 徐々に震えはおさまり、涙もとまった。

 コトミはすぐに立ち上がると、ミカエルに謝った。

「申し訳ありません」


「大丈夫か?」

 そう言いながらミカエルも立ち上がった。

 竜族の自分に王子であるミカエルがみせた気遣いが、コトミには意外だった、

「はい……」


「ミカエル様!」

 シャスバンが叫びながら走ってきた。


「こちらでしたか。 万能薬は受け取りました」

 シャスバンは息を切らしながらそう言った。


「そうか、では戻ろう」

 そう言ってミカエルは歩き出したが、立ち止まり振り返るとコトミを見た。


「コトミ、気をつけてな」

「あ、ありがとうございます」


 ミカエルを見ながら、シャスバンが口を開けて驚いていた。

 歩き出したミカエルはシャスバンに言った。

「コトミに手練れを2人つけるように」

「はっ、承知しました」


 コトミはカーザン地区に行く前にどうしても髪を切っておきたかった。

 髪の色も変えてターバンとマスクもはずしカルツォの目にとまらないようにしたかった。

 ミカエルと別れたあと、なんとか薬膳団子をたいらげて、以前ルイに連れて行ったもらった『染屋』へ向かった。

 その店ででマリアを指名した。

 髪を切ったコトミを見たマリアはあきれるように言った。


「なんてもったいないことをするの」

 そう言いながらも、不揃いに切られたその髪を見たマリアは、何かがあったことを察した。

「自分で切ったんでしょ。 へったくそね。 私が直してあげる」

 そう言って手際よく髪をカットした。


「マッシュ、センターパート!もうどこから見ても少年だね」

 できあがった髪を触りながらマリアがそう言った。


「シルバーグレーにしたいけどこの地毛の色だと無理だなあ」

「あの、目立たない色にして下さい」

「ふーん、わかった。 じゃあ栗色にする」


 染め終わったコトミはターバンとマスクを鞄にしまった。

「マリアさん、ありがとう」

「いつでもおいで」


 そしてフードを目深にかぶると待ち合わせの場所へ向かった。




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