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大切な記憶のかけら


 ダグの攻撃で痛手を負い飛べなくなったミルズは、医療棟で応急手当をしていた。

 羽は簡単には治らないため、止血が終わればプロトンに乗ってカルツォのもとへ向かうつもりだった。

 ミルズが負傷したとドットムからの報告を受けたザクスが部屋に入ってきた。


「ミルズ、状況を説明しろ!」

 部屋の扉をあけるなりどなるようにザクスはそう言った。

 ミルズはカルツォの手下にコトミが拉致されたことと、3名が救出に向かっていることを話した。


「隊長、これは正式な救出活動にあたります。

 相手は伯爵だが攻撃の許可をしたことにしてください。

 でなければ救出にいった隊員たちが罪に問われてしまう」


「わかった、今から王宮に話しに行ってくる。

 応援を出したいが、そうするとおおごとになるな。

 今は言えないが、コトミが拉致された理由が私の思っている通りだとすれば、ことを荒立てるわけにはいかない。それと伯爵はコトミの命は取らない」


「い、言っている意味がわかりませんが」

 ミルズは怪訝そうな顔をした。


「とりあえず処置が済んだら部隊の部屋にいてくれ。 報告をしたのち私も行く」

「はい、了解しました……」

 ミルズは納得がいかないまま、とりあえず返事をした。


 ザクスはすぐに兄ミカエルに報告に行った。

「カルツォが? なぜコトミを狙った……竜族と気づいたのか?」

「おそらく気づいたのでしょう。

 今までの襲撃もやつの手下の仕業だったかもしれません。

 コトミを手に入れたくなったのでしょう。

 あわよくば嫁にと……」


「フン、嫁にはできまい。

 カルツォごときがコトミに渡せる手札など持ってはいないからな。

 相応の交換条件がなければ、あの娘は手にははいらない。

 しかし……なぜ気づいたのだ。

 いずれにしても、コトミは軍の使用人でもある。

 軍の者に手を出したのだから救出に行った者に攻撃をされても文句は言ってこないだろう。

 だが今後コトミのことをもらさないかが気に掛かる」


「シャスバン、明日カルツォを王宮へこさせろ。

 それと今回の件に関わったカルツォの手下は捕らえるよう手配しろ」

「はっ、承知しました」

 ミカエルは側近に指示を出した。


「実は昨日、コトミは血を提供することを私と約束した。

 その計画が始まったばかりだというのに……」

「な……なんのことですか? 兄上、彼女のことは放っておいてあげて下さい!」


「本人の了解はもらった」

「そういう問題じゃ……。 わかりました、失礼します!」

 拳を強く握りしめると、ザクスは勢いよく扉を閉めて出て行った。


「クソー!」

 部屋の外の壁をザクスは殴った。

 それぞれの私利私欲のため翻弄されるコトミに、何の手助けもできない自分が情けなかった。

 このときザクスは、コトミのことは自分の判断でやっていくことを決意し、部隊棟へ向かう足が自然と速くなった。


「ザクス隊長!」

 部隊棟へ入ろうとしたところで、ちょうど中から出てきたミルズが声をかけてきた。


「どうした、部屋で待てと……」

「全員帰ってきました。今、部隊の部屋にいます」

「帰ったか! みんな無事か? コトミはどうなった?」

「はい、みんな無事で、ケガもありません。

 コトミはカーシャが薬で眠らせたあと、医療棟に運んだそうです。

 特に大きなケガはないようですが、精神的なダメージは大きいようです」


「そうか。 みんなに話さなければならないことがある。

 それには場所を変える必要があるな」


「は?」


 隊員全員で王宮内のザクスの私室へ向かった。

 第3王子であるザクスの私室に入るのは隊員たちは初めてだった。


「ここならばそとに漏れることはない。

 私は今、非常に頭にきている。

 だから、軍の規律違反……いや、王命に背くことになるが君たちに話しておきたいことがある」


「ちょ、ちょっと待ってください。

 王命に背くとか、そういう衝撃的な話もいいんですが。

 その前に何があったか聞かないのですか?

 カルツォが何をしでかしたか、そっちの話が先じゃないですか!」

 レンが慌ててそう言った。


「カルツォが何をしようとしたか、おおかたの予想はできる。

 コトミの無事が確認できたから、それは後で聞かせてもらう。

 私が今から話す内容を聞いたうえで、カルツォを罪に問うか否かをみんなと決めたい。

 だからその前に、なぜこんなことがおこったのか、それから説明させてほしい」

 真剣な表情でザクスは隊員の目をみながらそう訴えた。

 そこまで言われたら、先にザクスの話を聞くしか無かった。


「今から話すことは、王と数名の者しか知らない。

 そして君たちに話すことの許可は得ていないが、私の独断で話す」

 その言葉に隊員たちは顔を見合わせた。


 ザクスはコトミが竜族であることと、竜神の村から逃げ出し追われる身であることを話した。

 竜族と聞いた瞬間、ルイは動揺した様子で下を向いた。


 国の庇護を受ける代わりに、有事のときは国のために戦うことを約束していること、そして竜族の女の特異性から国や権力者から狙われやすいことを話した。


「っていうかなんだよ。 戦うことを条件に庇護って。

 だいいち、今日だって守ってもらえてないじゃんかよ」

 レンが不服そうにそう言った。


「配達員をやることも、護衛をつけずに暮らすことも、それはコトミが望んだことなんだ。

 庇護と言っても、この国に置いてもらう権利がほしかったのだろう。

 身分証がなければ暮らすには不自由だし、単独でいるよりも人々の生活に紛れ込んでいるほうが目立たないからね」


「それでも……コトミのことは俺たちにも話せないことだったんですか?

 知らなかったら守ることも気づかうこともできないじゃないですか」

 ルイは少し声を震わせながらそう言った。

「起きてしまったことは仕方がない。これからどうするかだ」

 ルイの肩に手を置いてミルズがそう言った。


「カルツォを罪に問えば必然的にコトミのことが広く知れてしまう。

 そうなれば今度は竜族からさらわれる可能性が高くなる。

 そのこともカルツォはわかっていたはずだ」


「クソッ……カルツォのやつ、もっと殴ってやればよかった」

 ルイが悔しそうに言った。


「ザクス隊長、コトミのことをそこまで考えているなら、我々の意見を聞くまでもない。

 隊長と我々は同じ考えだ。隊長がよかれと思う方法で良いと思う」

 ミルズがそう言った。


「わかった、何かカルツォへの制裁を考えてみよう。もう二度とこんなまねをさせないように」


「コトミを任務から外した方がいいと思う」

 唐突にそう言ったカーシャをみんなが一斉に見た。


「だってかわいそうでしょ?今日のこと思い出したら、私……」

 カーシャはあふれる涙をそでてぬぐった。


「そんなに……ひどい状況だったのか?」

 カーシャの様子を見てザクスは、自分が思っていた以上にコトミの身にひどいことが起きたことを察した。


 医療棟にいるコトミは、心地の良い眠りのなかで夢を見ていた。


「父さんにサッカーシューズをお願いしたよ」

「えー、サンタさんじゃなくてお父さんに?」

「サンタなんかいないよ琴美、うちは父さんが買ってくる」


「ふーん」

 そう言ったきり、琴美は道に積もりかけた雪に木の枝で絵を書き続けた。

 真知子の家に引き取られた自分にはもう父はいないとわかっていた。


「あ、えと、琴美は何がほしいの?」

「よくわからない」

「じゃあ……僕が一緒にほしいものを探してあげるよ!」

 木の枝を落とした琴美はニッコリと笑った。

「うん! 一緒に探してね、約束!」


(一緒にほしいものを探してあげる……。

 大切な、大切な記憶。

 この子は私を1人にしない、私から離れていかない……はず。

 でもこの男の子が誰なのか思い出せない)


「はっ……」

 まぶしい日差しと暖かくなった部屋の空気で寝過ぎてしまったことをコトミは悟った。

 ゆっくりと体を起すと、痛みも取れて体はほぼ正常に戻っていた。


 ベッド脇のテーブルの上のカーシャのメモには、別の配達員が部隊に入ることになったので、しばらく休むようにと書いてあった。


「ふぅ……」

(この場所と仕事が好きだったけど……もう仕事には復帰できないのかもしれない。

 いらない子になっちゃったかな)

 体が痛めつけられたり、ひどいことを言われるよりも、必要とされなくなることのほうがつらかった。


(私が竜族であることを、ルイは知ってしまったんだろうか。

 だとしたら嫌われてしまう。

 みんな……離れていかないで)

 涙が頬をつたい、しばらくベッドから起き出すことができなかった。


 誰かがドアをノックした。

 慌てて涙をぬぐうと、コトミはベッドから足をおろした。

「コトミさん、起きている? セリカよ」

「どうぞ」


 セリカが採血道具を持って入ってきた。

「なんか熱を出したそうだけど大丈夫?」

 そう言ってコトミの額に手をあてた。

(セリカさんは、昨日の夜の出来事を知らないんだ……)


「採血できるかしら?」

「はい、大丈夫です」

「そう、じゃあ遠慮なくいただくわね」


 採血をされたあと、薬膳団子を4個もらった。

 薬剤部の分室ができればもっと量を取られることになり、団子の数が増えると言った。

(採血よりこの団子を食べることの方が気が重くなる……。

 でも食べないと気力が戻らないからがんばって食べるしかない)


 窓から差し込む日の光はいつもと変わらないのに、昨日の事件のせいで自分も周りも随分変わってしまったとコトミは思った。

 早く最悪な出来事をリセットしたいと思っていたが、不思議と昨夜起きたことを具体的に思い出せない自分がいた。

(嫌なことを、自分の脳がどこかに封印してくれたのかな。苦しまなくて済むように……)




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