参 (本編最終話)
「へえ、情報ねえ。
まあ、権力や財力をもっている人っていうのは、互いを蹴落としたり牽制したりすることに躍起だから、情報は大切なのでしょう。
けれど、そんなに重要な情報を、あなたは入手できるの?
諸国をめぐっていれば、たくさんの情報が手にはいるのでしょうけど、ただの漂泊民の立場では、手に入る情報の重要さは、それほどでもないのではなくて? 」
「あのなあ、重要な情報っていうのは、手に入れるものじゃねえんだ。作るものなのだよ」
「作る?それじゃ、ただの偽情報じゃない」
「偽といえば、偽だな。
だが、相手に本物だと思わせられれば、偽であっても、それは重要な情報となり、権力者や富豪を手玉に取るための、道具にできる。
いや、もっと言えば、本物だと思わせる必要もない。本物 “ かもしれない ”とか、本物 “ じゃないとは言い切れない ”と思わせることができれば、それで十分なのさ」
「諸国をめぐっている、漂泊の者がもたらした情報なら、権力や財力をもっている人たちは、本物かもしれないって、思ってしまうわけね。
そしてそれを献上することでも、宇宙船に乗せさせたり、しているというわけね」
「そんなことくらいじゃ、すまないさ。情報をにぎるっていうのは、生殺与奪を手にしているのと、同じなのさ」
「生殺与奪だなんて、それはまた大袈裟なことを、言っているのではなくて? 」
「大袈裟ではないさ。儂のでっちあげた情報で破滅した権力者も、儂の操作した情報で没落した富豪も、十や二十では、きかないのだぞ。
あちこちを放浪して耳にした情報、それらを適当に組み替えて操作した情報、それらをヒントに思いついてでっちあげた偽情報、こんなのをうまく使いこなせば、権力者や富豪をけつまずかせたり転ばせたりするのなんぞ、赤子の手をひねるがごとくだ」
「そういえば、ついこの前も、名門の家系が、内部抗争のすえに滅亡してしまったという、怖い話をきいたわ」
「おお、そうそう、よく知っておるな。それも、儂が裏で手をひいたのだ」
「ええ? まさか? 本当に? 」
「ああ、本当だとも。
その一門の、ナンバーワンの妻に、こんなうわさを、耳元でささやいてやったのだ。
ナンバーツーが、ナンバーワンの不正を暴いて、失脚に追いこもうとしているという情報が、漏れつたわってきたってな。
笛の音を聞かせるふりをして、こっそりと一人にだけささやきかけるなど、儂には簡単だからな。
そうしたら、ナンバーワンの妻は、ナンバーツーをひそかに呼び出して、説得を試みようとした。
権力者の妻などというのは、夫の不正発覚や失脚を、常に恐れているものだ。
事実ではないかもと、疑っていたとしても、そんなささやきをされれば、行動を起こさずになどいられないものなのだ。
そして、ナンバーツーが、ナンバーワンの妻によび出されている間に、ナンバーツーの家臣に、ナンバーツーがナンバーワンに投獄されたかもしれぬ、という根も葉もないと分かっているでっちあげの憶測を、告げてやったのだ。
その家臣たちに、踊りを披露しているときにな。
そうしたら、主に万一のことがあってはと、不安にかられた家臣どもが、いつでも主を救出に向かえるようにと、ひそかに武装を整えよった。
未確認の情報でも、権力者同士のつぶし合いには、いつでも過敏な反応が、しめされるものなのだな。
そして、その秘密裏の武装のことを、ナンバーワンに、儂は密告してやったのだ。
すると、秘密の武装を、謀叛の動きと断定したナンバーワンが、鎮圧にのり出し、ナンバーツーとの武力衝突が、勃発したのさ。
そのままでは、ナンバーワンの圧勝で、無難に収束したかもしれない。
だが、それにナンバースリーだったやつが、ナンバーツーに加勢する形で、参戦したのだ。そのために、抗争は果てしなく泥沼化していった。
もちろん、ナンバースリーを動かしたのも、儂だぞ。ナンバーツーが滅んだら、次はそちらの番かもしれませんぞ、などとささやいてみたのだ。
結果的に、行きすぎた抗争で弱体化したその一門は、ちょっとした領民の反乱で、あえなく滅亡にいたってしまったというわけだ。
その領民反乱も、儂がそそのかして、引き起こしてやったものなのだがな」
「わぁっ!それって、本当のことなの?
あなたの、ほんの何回かのささやきが、何百年も命脈をたもった名門一族を、滅亡に追いやったというの?
まあ、何て恐ろしい。でも、どうして、あなたがその一族を、そんな目に合わせたの?
その一族に、何か恨みでもあったの? 」
「いやあ、直接の恨みなぞ、何もないぞ。ただ、ナンバーツーの姫君である姉妹が、好みのタイプだったのでな、何とか一晩だけでも、好きにできないものかと思ったのだ。
そしたら、戦火にのまれた宇宙要塞から、富豪に借りた航宙交易船で救い出すという形をとることで、うまうまと高貴な御身を手元に落としこみ、存分に堪能できたというわけだ。
命を助けてもらえるならと、愛らしい尻をぺろりとめくって、儂の前に並べて見せたのだったが、それだけでは終わらなかった。
父である、ナンバーツーの身柄も救出して欲しいと、涙ながらに儂に懇願したその姉姫は、それはそれは可愛いらしいこねこちゃんに、なり下がってくれたものよ。
姉妹丼、とでも言うのかのう。上品に行儀よく育て上げられた、清楚可憐な姫君の姉と妹がだな、儂の言いなりになって、あられもないふるまいを、何でもかんでもやらかしよったものさ。
一晩で、飽きたがな、うははは・・・・・・。
なんせ儂が、こんな企みで毒牙にかけてきた、高貴な姫君は、三桁にもなんなんとするもんでな。生娘に、年増に、人妻に、後家にと、いろんな肌をあじわってやって、もう腹もいっぱいなのさ、うははははは・・・・・・」
「まあ。その姫たちに、たった一夜の凌辱をあたえるためだけに、あなたはいったい、何人の命を犠牲にしたというの?」
「さあ・・・・・・まあ、ざっと、5千人くらいかな」
「・・・・・・あらあら、恐ろしい人。私、なんだか、背筋が寒くなってきちゃったわ。
全てを真にうけるつもりはないけど、あなたの話を聞いていると、まるでこの国そのものが、あなたの手の平の上で、踊らされているみたいね。
ああ、怖いわぁ。怖い怖い怖い・・・・・・」
「お・・・・・・おお、何という、愛くるしい瞳で・・・・・・。何も、怖がることはないぞ。儂の神通力は、権力者や富豪には効果がてきめんだが、おまえのような、権力も財力もない女には、何も悪さはできないのだ」
「本当に? 本当なの? 私、震えてきちゃったわ。どうしよう、涙まで、出ちゃうかも・・・・・・」
「お・・・・・・おお・・・・・・おう・・・・・・おうおう、何と・・・・・・何と、こころ細気な表情で・・・・・・潤んだ瞳で・・・・・・紅に染まった頬で・・・・・・唇まで、こころなしかプルプルしてきて・・・・・・ええい、もう、辛坊堪らんわい。
いま一度、可愛がってやろうかのう。
そのおびえも、震えも、涙も、儂の熱い抱擁と手練手管で、必ずや、なだめてみせるからな」
「あら、でも私、くらしを立てるために、ここでこうして、いるのですわよ」
「分かっておる。報酬は、たっぷりと上乗せする。さっきの倍でも、3倍でも、いくらでも払ってやる。だから、はやく、もう、儂は・・・・・・儂は・・・・・・辛坊は・・・・・・うおおおおおおっ! 」
3日後、漂泊の者は、宇宙を駆けるシャトルの中にいた。
3日前にランデブーしていた、女のシャトルとほとんど同じ形のそれで、今は一人、虚空を旅しているのだった。
ピッという電子音とともに、目の前のモニターに映しだされた報告に、漂泊の者はにんまりとした笑みをうかべた。
「ほほう。ついに、中枢である宇宙要塞にまで、戦火がおよんだな。政府全体を揺るがす闘争にまで、発展したということだ。
儂が、ナンバーツーの姉姫を辱めるためだけに、引っかきまわしてやった、あの一族の滅亡でバランスを崩し、この星団帝国の政府は、ボロボロの惨状だな。あっはっはっは・・・・・・。
いい気味だ。愉快、愉快。
この儂を虐げ、漂泊民に身をやつすことを強いたのが、この星団帝国だ。
その国を牛耳る権力者も、富豪どもも、徹底的にわしの手の平の上で踊らされ、争い合い、殺し合い、恨み合って共倒れしていくがいいのだ。
いずれ、国そのものも滅びるだろう。国の根幹をしめた名門一族は、ことごとく戦火に焼かれて、死に絶えるだろう。
儂を迫害した領民どもの集落も、それに巻き込まれて、道連れになってしまえ。
何万・・・・・・いやいや、それでは効かぬ。何十万、何百万の命が、救いようもないような、血で血を洗う殺し合いの果てに、虚空へと、続々と、消し飛んでいくのだ。
儂を虐げた国には、お似合いの末路ではないか。本当に、まったく、いい気味というものだ。
わっはっはっはっはっはっはっはっはっは、あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、いーっひっひっひっひっひっひっひっひっひ・・・・・・・・・・・・しかし、腹が減ったな・・・・・・もう、三日も、飲まず食わずだものな・・・・・・」
無数の権力者と富豪を手玉にとり、国そのものをも傾けてみせた、と豪語する漂泊の者だったが、3日前の女の色香に、ちょっとした富豪なみにあったはずの財産を、全て吸い上げられてしまっていて、今は、すってんてんだった。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2022/4/30 です。
昔ならどこの国にでもありそうなお家騒動が、漂泊の者の回想として語られましたが、一応ある国のある時代のある政権での出来事を、下敷きにしています。
これと同じ政権でのエピソードや状況を踏まえた物語が、実は、既に本シリーズ内にいくつかあります。どれと明示しませんが、幾つかの物語が集まってシリーズ内シリーズを形成しています。
シリーズ内シリーズとしては、「漂泊の星団と○○」というのが分かり易い形でラインナップされていますが、分かり易くない形でのシリーズ内シリーズも存在させているのです。
じっくり読んで頂ければ、それの輪郭がうっすら浮かんでくる、という仕掛けになっています。
そこまで深く読んで頂ける方がおられるのかどうか、かなり怪しい所ではあるのですが、たとえ今はおられなくても、いつかは出て来て頂けるかもしれないとの期待をもって、書き続けようと思っています。
今回の作品が次回で完結するように、他作品もすべて、一応は独立して完結しますが、幾つかの作品を読むことで浮かび上がるプロットもあるのです。
更に、「銀河戦國史」シリーズ全体としても、一定の方向性を持ったプロットが描かれています。
こんな重層的なプロットに、どうにか読者様を一人でも引き込んで行けるように、可能性は低くとも頑張っていく所存です。
読者様には、とりあえず次回のエピローグまで読んで頂くことと共に、シリーズ全外のことにも思いを巡らせて頂けるよう、心からお願い申し上げる次第です。