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初仕事

 荷を運んでほしいという依頼者が、さっそくやって来た。依頼者は初老の男。運んで欲しいのはトランクケース2箱。中身は大量の布地。洋服店からの発注で、急ぎ運んでもらいたい――とのことだ。



「ほらな。いつもはこんなにすぐ仕事なんて入ってこねぇんだから」

 と、バサックさんは歯並びの良い歯を見せつけるようにして微笑んだ。



 クロが縁起の良いドラゴンだということを言いたかったのだろう。クロはたしかに素晴らしいチカラを秘めたドラゴンだとは思う。



 クロの痩せたカラダを見つめる。



 幸運を引き寄せるチカラがあるのかと言うと、それは難しいところだ。幸運ならば、試合に向かう道中で嵐に打たれたりしない。

 仕事が舞い込んできたのは、クロのおかげとは思えなかった。



「それじゃあ料金の計算をしましょうか」



 バサックさんはそう言うと、大きな竿を取り出した。竿秤によって、トランクケースはふたつ合わせて20Kということがわかった。



「どこまで運んで欲しいんで?」



「都市キリリカまで」



「20Kで都市キリリカまでならお代は1シルバーと500カッパーになります」



 バサックさんと依頼人のヤリトリを聞いていたオレは、まぁ、そんなもんかとわずかに落胆をおぼえた。そこからオレの手元に入るお金は、もっと少ないはずだ。昨日の宿代よりもはるかに低賃金だ。まぁ、文句なんて言える立場ではない。



 20Kもの荷物を人間が運ぼうとすると大変だが、ドラゴンならなんてことはない。数をこなせば、それなりに給料はもらえるはずだ。



 しかし。

 依頼人がケチをつけてきた。



「もっと安くならんのか」



「そういう決まりでして」



「こっちはロクサーナ組合じゃなく、わざわざこっちで頼んでるんだ。無料で運んでもらいたいぐらいだ」



 依頼人の初老の男性は、不満そうにそう言った。



 ロクサーナ組合の名前を出されるのは、バサックさんにしてみれば最も痛いところだろう。交渉のすえに、500カッパーに値下げられることになった。



「すまんな。500カッパーは全額受け取ってくれて構わんから、それで運んでもらえるか?」

 と、バサックさんが申し訳なさそうにオレに尋ねてきた。



「べつに全額もらえなくても大丈夫ですよ。バサックさんのさじ加減で差し引いてくれれば」



 お金が欲しいのは、バサックさんだって同じのはずだ。

 こんな露店みたいな店構えでやっているのだ。

 逼迫しているのはオレより、バサックさんのほうだろう。



 今のゴドルフィン組合にとって、客が来るということだけでも有りがたいはずだ。依頼人の言うように、ロクサーナ組合のほうに頼んだって良いのだから。



「すまんな」

 と、バサックさんはバツの悪そうな顔をしていた。



 トランクケースをふたつ、クロの脇腹にくくりつけた。都市での飛行は違法だ。一度、城門棟から都市の外に出る必要があった。



 都市の外に出ると、緑草豊かな平原が広がっている。街道からすこし外れたところには、昨日の国王の別邸が見て取ることができた。別邸があるってことは、レースをしたのはあのあたりだったはずだ。



「ごめんね。うちはこんな感じだから」

 と、いっしょについて来ていたレッカさんが謝った。

 代金のことを言っているのだろう。



「謝らないでくださいよ。使ってくれるだけでも、有りがたいんですから」



「なんだか誘った私のほうが、責任感をおぼえちゃうわ」



「気に病むことはないですよ。クロは今、ものすごいヤル気に満ちてますから」



 ふん、とクロは威張るように鼻息を荒げていた。

 クロの闘志の源はハッキリしている。

 レッカさんの連れている紅色のドラゴンに、良いところを見せてやろうと張り切っているのだ。



 こいつもやっぱり雄なんだなと思った。



「今回の仕事は私も同行するわ。初仕事だとわからないこともあるでしょうし」



「ご指導のほうよろしくお願いします」



「まあ、ドラゴンのあやつり方は、アグバのほうが上手でしょうけどね」



「墜落しないようにだけ気を付けますよ」

 と、冗談でそう言った。



 ちゃんと冗談とわかってくれたようで、レッカさんは口元を手でおさえて笑っていた。



 昨日1日休んだおかげで、クロの体調は多少良くなっている。たかが20K程度のトランクで墜落なんかするはずはない。

 今の体調だったならば、昨日の試合だって勝っていただろうと思える。



 ひたいに装着していた防塵ゴーグルを目にかける。耳当てをする。手がかじかまないように、手袋もはめた。クロの脇腹にくくりつけてあるトランクケースが、ちゃんと結ばれているかを確認した。

 クロの背にまたがり、股にチカラを込めた。



 クロは翼を広げて、ふわりと浮かび上がった。レッカさんも同じように浮上していた。



「さあ。クロ。オレたちの初仕事だ。都市キリリカまで頼んだぜ」



 クロは翼を左右にのばして、風に乗った。

 レースのような緊迫した飛行も好きだが、こういう緩やかな飛行も嫌いではない。



 ドラゴンに毛は生えていない。全身が鱗でおおわれている。それに重い。馬なんかよりも、段違いに重い。どれぐらいの重量なのかは定かではない。バサックさんがトランクケースの荷物をはかったみたいに、竿秤ではかれるわけでもない。この世でもっとも重い個体なんじゃないか、とオレは思っている。



 なのに――。

 飛ぶ。

 軽やかに、風に乗ってしまう。

 緩やかに飛んでいるときほど、その妙技を実感できるのだった。



 飛んでいるあいだオレは、縁、ってものについて考えてみた。30年前。オレの母のレースに賭けて、バサックさんは大儲けをした。その金でゴドルフィン組合を起ち上げたのだと言っていた。そして今その息子が、バサックさんの世話になっている。縁とやらに導かれたのかもしれない。



 宿の酒場でレッカさんに出会ったことは、マッタクの偶然だった。



 レッカさんに出会っていなくとも、いずれはゴドルフィン組合の世話になっていた気もした。



「あのー。レッカさん」



 並走しているレッカさんに、オレは怒鳴るように尋ねた。風の音がうるさいうえに、耳当てをしているため、声を張り上げる必要があった。



「なに?」

 と、レッカさんもまた、怒鳴るように返してきた。



「今回のレースで、バサックさんはお金を賭けなかったんですか?」



 黒いドラゴンは縁起が良いんだ――とバサックさんは言っていた。30年前と同じく、オレに賭けたんじゃあるまいか……と思ったのだ。



 もしそうなら、オレの敗北はバサックさんに損害を与えたことになってしまう。龍騎手はいちいち賭けた相手のことなんて考えはしない。

 バサックさんに限っては、気になるものがあった。



「賭けてないわ」



「1カッパーも?」



「そもそも、パパはレースでお金を賭けるような人じゃないもの」



「だけど、30年前は賭けたんでしょう?」



「うん。でもパパはそれっきりだと思う。30年前の1度だけ……その1度だけお金を賭けたんだと思う」



「なら良かった」



 オレがバサックさんに損失を与えたわけじゃないとわかって、ホッと胸をナでおろした。冷静に考えてみれば、そんなことはわかることだ。賭けに負けていたら、クロのことを縁起が良いなんて言わないはずだ。

 今回の試合ではホントウに賭けなかったんだろう。



 それにしても――。

 30年前のそのレース。バサックさんはどんな気持ちでお金を賭けたんだろうか。どうしてまだ無名だった漆黒の疾走者に賭けたんだろうか。人生でたった1度だけの大博打。

 たぶんだけど、そこにはオレなんかじゃ想像もできないほどの感情が渦巻いてたんだろう。



 母が漆黒の疾走者として活躍していた期間は、長くはない。1度は最速の称号を手にしているが、試合に出た回数は二桁にも及ばない。

 颯爽とレースに現れて、颯爽と姿を消したのだ。

 そういう意味でも疾走者だった。



 理由は明白だ。オレを腹に宿したからだ。

 母から直接そう聞いたわけじゃないけど、時期的にそうだろうとわかっていた。



 バサックさんが大博打を仕掛けた一戦は、母の数少ないレースのひとつだったはずだ。そのめぐり合わせにも、縁、とやらが働いている気がした。

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