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ボロボロの組合

「あの――。雇っていただいたのは、うれしいんですけど、建物がないみたいなんですが」

 と、オレは更地を指差して言った。



 ちょうどそのとき、風が地面の砂をまきあげていった。砂ボコリが目に入ったために、オレは何度か瞬いた。



「あー。そうなのよね。ホントはここに大きな倉庫があったの。だけど資金繰りが厳しくなってね」



「建物を取り壊したんですか?」



「壊したのはうちじゃないの。ロクサーナ組合に土地と建物を売ったんだけど、売ったとたんに潰されたわけ」



「老朽化してたんですか?」



「そんなことはないわ。まだまだ使えたと思うけどね」



「それにしてはキレイに撤去されたみたいですね」



「ロクサーナ組合が、ゴドルフィン組合の建物を潰したってところを、見せつけたかったんでしょうね。見せしめって言うのかしら。まぁ、売ったのはこっちだから文句は言えないんだけどね」



 ははは……とレッカさんはチカラなく笑った。

 あらためて更地を見てみた。

 あきらかに不自然にくり抜かれている。整地の丁寧さには潰した者の強い悪意が感じられた。



 商売だって、戦争と同じだ。

 他の組合と競って負けたら、潰されるという道理はわかる。過酷さに絶句した。なにも建物まで潰すことはないだろうにと思った。



「うちで働くなら、この状況を見ておいてもらおうと思ってね。組合は存在してるけど、もう潰れかけってこと。それでも良い?」



「もちろんですよ。俄然やる気が湧いてきましたよ」



 昨日。ロクサーナがクロのことを見て、鼻で笑ったことが不意に思い出された。思い出すと今でも怒りが込み上げてくる。



 ロクサーナから与えられた怒りが、労働意欲へと転化していた。ゴドルフィン組合の倉庫を買い取って、わざわざ更地にして見せた。そんなロクサーナ組合のやり方にも反感をおぼえた。



 オレとしては、拾ってくれたレッカさんに肩入れしたい気持ちが強い。



 パピルス紙に目を落とした。ゴドルフィン組合の番地が書かれている。レッカさんが書いてくれたものだ。もう必要のないものだったが、捨てる気にはなれなかった。この番地はこの場所を記したものなのだ。

 更地にされてしまったゴトルフィン組合の墓標のように思えるのだった。



「もっと小さい場所にゴドルフィン組合の本部は移ってるの。ついて来てちょうだい」



「はい。お願いします」



 レッカさんに従ってついて行った。オレもレッカさんもドラゴンを従えている。いるだけで迫力のあるドラゴンのおかげで、周りの人が避けてくれるので、歩きやすかった。



「夜は宿屋で働いてるんですよね?」



「そう。夜はあの宿で酒を出してるのよ。ゴドルフィン組合の経営が傾きはじめてから、それ一本じゃ厳しくなってね」



「大変ですね」



「でも私は酒場の看板娘のほうが向いてるのかもしれない。ドラゴンに乗るのはそんなに上手じゃないのよ」



「オレで良ければ、教えますよ。まぁ、墜落するような人に教わりたくはないかもしれませんが」



 ううん――と、レッカさんは頭を振った。

 するとその三つ編みに結んでる赤い毛が揺れて、ふわりと酒の匂いが香った。



「墜落しても無傷なんだもの。アグバに教わればすくなくとも、落ちて死ぬことだけは避けられるでしょう」

 と、イタズラっぽい視線を送ってきた。



「ええ。何度墜落しても、ケガさえしなけりゃ、また上がって行けますから」



 レッカさんが冗談を言っているとわかったから、オレも軽口で返した。



「良い言い回しね。だけど、昨晩はずいぶんとヘコんでいたみたいだけど? カラダは無事でも、翼は折れてしまったように見えたわ」



「風を待ってたんですよ」

「風?」

「良い風が吹くのを待ってたんです」

「風は吹いたの?」

「ええ。今、吹きかけてます」



 ふだん女性と会話することなんてあまりなかった。スラスラと言葉が出てくることには、自分でも驚きだ。レッカさんといると、まるで酒に酔ったかのような感覚に陥れるのだ。レッカさんの三つ編みに結ばれた髪から、かすかに酒の匂いがするからかもしれない。



「ずいぶんと女なれしてる感じ。結婚とかしてるの?」



「まさか。独り身ですよ。ずっとレースのために母から、龍騎手として鍛えられてきたんです。オレの嫁はクロみたいなもんですよ。まぁ、クロは雄なんですけどね」



 クロはさっきから、すこし落ち着かない様子だった。その落ち着かなさを隠しているような風情があった。



 クロはレッカさんの連れているドラゴンが気になっているのだとわかった。

 たぶん雌なんだろう。



「じゃあ女性経験より、レース経験のほうが豊富なのね」



「こんなこと言っても自慢になりませんが、地元じゃ、オレとクロは負け知らずでしたよ」



 今回の国王主催のレースは大きな大会だった。もちろん他にも大会はあった。村と村との交流で試合が行われることもあったのだ。本格的な試合に出る機会はあまりなかったが、地元の交流戦は何度も経験していた。



「到着したわ。ここがゴドルフィン組合よ」

 と、レッカさんが足を止めた。



 レッカさんがそう言ってくれなければ、あやうく通り過ぎていたところだ。見逃してしまうほどに、ゴドルフィン組合はボロかった。



 屋根には天幕を張られているだけの建物だ。建物――というか、露店のような案配である。まわりには水ガメやら木箱といったものが置かれていた。その雑多な物のなかに、「ゴドルフィン組合」という看板が、たしかに立てかけられていた。



「ここが……その……。うちのパパの組合なのよ」

 と、レッカさんは照れ臭そうに、頬にあるソバカスを人差し指で掻きながら言った。



 レッカさんがどうして先に、更地にされたゴドルフィン組合の場所を紹介してくれたのかがわかった。この店構えが恥ずかしかったのだろう。だから先に、以前はすごかったんだということを伝えたかったのかもしれない。



「おー、それが新入りか」

 図体の大きな男が、その露店のなかに腰かけていた。店が狭苦しいから、余計におおきく見えるのかもしれない。岩だ。そう感じた。



 スキンヘッドに大きな鼻。筋骨隆々の肉体。薄いシャツ一枚だからそのカラダつきが良くわかる。全体的にゴツゴツしている。それに四角い。

顔の輪郭も、カラダの形も四角四面に見える。



 これが私のパパのバサックよ――とレッカさんが言った。



 こういうのは最初が肝心だ。挨拶をしようとオレは空咳でノドを整えた。



「今日からこちらのゴドルフィン組合でお世話になるアグバです。よろしくお願いします」

 と、頭を下げた。



「おう。話は聞いてるよ。アグバくん。オレはバサックだ。レッカの父親で、このゴドルフィン組合の頭だ」



 よろしくな――と、店の向こうから大きな手を突き出してきた。

 オレはその手を握り返した。



「よろしくお願いします」



 怖い風貌をしているが、意外と愛想は良さそうだった。



「龍騎手免許を取り上げられたんだってな」



「はい」



「そりゃ酷い話だ。昨日の試合は見事だったと思うがね」



 オレにたいするお世辞で言っているのか、それとも本気でそう言っているのかの判別はつかなかった。



「墜落してしまいましたから」



「うん。あれはビックリしたな。見ていてドキッとしたよ。龍騎手が死んじまうんじゃねェかと思ってな。けど、どうやらピンピンしてるみたいじゃねェか」



「幸いにもケガはしませんでした」


「運び屋の仕事はわかるか?」


「物や人を運ぶんですよね」


「まぁ、そういうことだ」


「あの――。どうしてオレを雇ってくれる気になったんですか?」



 クロのことを、みんなみすぼらしいと貶した。たしかに嵐に長く打たれたせいで、クロのカラダは一回りほど縮んでしまった。そんなクロのことを、バサックさんがどう見ているのか気になった。



「縁を感じてな」



「縁――ですか」



 バサックさんは首をかしげて、眉間に指を押し当てて悩ましい顔をしていた。話してくれないかとも思ったが、バサックさんは口を開いた。



「もう30年以上も前のことだったかな。オレはゴドルフィン組合を起ち上げる前に、ひとつ大きな賭けをした」



「賭けですか」



「ドラゴンレースでは賭博が行われてるんだ。公式じゃないけど、まぁ、黙認されているし、違法ではない」



「ええ」



 今回の試合でも、やっぱり賭博は行われていたのだろうと思う。賭博については、べつにオレもとやかく言うつもりはない。

 村の交流戦でも、金じゃなくても物品を賭けることはしばしばあった。



「30年前のそのときの大会。オレは、1匹の黒いドラゴンに賭けた。誰も注目していなかった。むしろ、汚い色だと嫌悪されていたドラゴンに財産をつぎ込んだ。そのときオレは金に困っていて。それで奮起するしかないと思った」



「黒いドラゴン――」



 オレが知っているかぎり、黒いドラゴンに乗ってレースに参加したのは、ひとりしかいない。オレの母だ。

 漆黒の疾走者だ。



「あの日は大雨の日の大会だった。その漆黒のドラゴンは、ほかのドラゴンなんて無視して、物凄い速度で駆け抜けて行った。まさにビューンって感じだったよ。そして見事に1着をもぎとった」



「はい」

 そのドラゴンに乗っていたのは、オレの母だったのだろう。そして飛んでいたのはクロの母親龍だ。

 オレは当時まだ生まれてもいなかったはずだ。



 見たこともないのに、母が飛行する光景を、ありありと思い浮かべることが出来た。



「そのときの金を元手に、オレはゴドルフィン公爵と話をつけて、この運送者組合の支部をはじめたんだ」



 だからなんつーかな……と、バサックさんはつづけた。



「黒いドラゴンはオレにとっては、救世主というか、縁起の良いドラゴンなんだよ。ピンチになったときは必ずオレは黒いドラゴンに救われるんだ。そういう星のもとにあるに違いないのさ」

 と、バサックさんはいたってマジメな顔をしてそう言った。



「そうでしたか」



 クロやオレの技術を認めているというよりかは、縁起物として認められたようだ。縁起物でもでも良いと思った。



 たしかにバサックさんの言うように、縁を感じる話だった。



 今の話を聞くと、オレとバサックさんはマッタクの他人とは思えなくなった。

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