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ラストスパート

 教会を出た。



 出たところにコワモテの男がふたりいた。



 冒険者が愛用している布の鎧――いわゆるクロスアーマーを身にまとっていた。その2人の男はゴドルフィン公爵に頭を下げていた。護衛か何かだろう。



 ゴドルフィン公爵はストリートをまっすぐ歩きはじめた。付いて来いと言われているので、オレもそれにつづいた。



 ゴドルフィン公爵の首に巻かれている白貂が、なんどかオレのほうを振り返って見てきた。まるでオレが付いて来ていることを、確かめているみたいだった。



 歩いて行くと都市の城門棟が見えてきた。どうやら都市を出るつもりらしかった。どこまで行くのかは聞いていなかった。都市ブレイブンを離れるのなら、バサックさんやレッカさんに断りを入れておきたかった。



「あの……。どこまで行くんですか?」



 緊張して声が上ずった。公爵なんて位の高い人を相手に、オレから話しかけて良いものかわからなかったのだ。



「私はあれに乗るんだよ」

 と、ゴドルフィン公爵はアゴをしゃくった。



 城門棟から、都市の外に出た。



 いくどとなく目にしてきた緑草豊かな平地がひろがっていた。都市の手前。キャリッジが置かれていた。黒い箱に金細工がほどこされている。ただし、そのキャリッジにつながっているのは馬ではなくドラゴンだった。



「これは?」



「知らないのかい。飛行車だよ。キャリッジに乗っていれば、ドラゴンが運んでくれるのよ」



「初めて見ました」



 オレの驚くさまが面白かったのか、ゴドルフィン公爵は小さく笑った。



「だからジオは国王陛下のお気に入りなのさ。ジオは国王陛下の御者ってわけ」



「馬車ではなくて、ドラゴンの御者ですか」



「そういうこと。優秀な竜騎手を自分の御者にしたがる貴族は多いのよ。飛んでいるところを見せてあげるから、ちゃんと付いてきなさい」



「はい」

 ゴドルフィン公爵は、キャリッジに乗りこんだ。



 若い女性が外からトビラを閉めた。その女性は耳当てと防塵ゴーグルをしていた。顔は良く見えないが、カラダつきから女性とわかった。オレに会釈をしてきた。オレも会釈して返した。



 女性はキャリッジのつながれた黄色いドラゴンにまたがった。そしてドラゴンを浮上させた。ドラゴンが浮上すると、つながれていたキャリッジも宙に浮いた。ドラゴンにぶら下がるようなカッコウだった。



 人を運ぶなら、鞍をもうひとつ付ければ良い。それはふつうの人の場合だ。お偉いさんは、ああやって移動するらしい。



 貴族を乗せて空を飛ぶだなんて、きっとものすごく緊張することだろう。配達物とはわけが違うのだ。



 ゴドルフィン公爵についていた護衛の2人も、おのおののドラゴンに乗って飛びあがっていた。



 ……参ったな。



 都市を離れるなら挨拶しておきたい人がいるのだ。切り出し損ねた。



 まぁ、良っか。

 べつにお別れするってわけじゃない。



 ジオを抜かしたら戻って来れば良いんだ。すぐに済むことだ。オレがゴドルフィン公爵に誘われている現場は、バサックさんも他の者たちも見ていた。オレが抜ける事情は承知してくれているはずだ。

 防塵ゴーグルやら耳当てやらを装着した。



「待って!」

 と、声をかけられた。



 振り返る。城門棟からレッカさんが駆けてくるのが見えた。オレはすでにクロにまたがっていた。いちど降りることにした。



 レッカさんはずいぶんと急いで来たらしく、オレのそばまで来ると前かがみになって息を荒げていた。



「すみません。急に出ることになって。もしかしたら何日か空けることになるかもしれないです」



「戻って来てね」

 呼気を整えたレッカさんは、オレの目を見据えてそう言ってきた。



「はい。勝ったら戻ってきますよ」



「ダメよ。負けても、戻って来て」



 レッカさんはオレの腕をつかんで来た。そのレッカさんの言動には、深い愛情がつまっているように感じた。



「あの日、レッカさんに告白して、キスしたのが夢だったんじゃないか――って思ってました」



「夢なんかじゃないわ」



「今、それがわかりました。負けても戻ります」



「行ってらっしゃい」



「離れていてください。危ないですから」



「ええ」



 ゴドルフィン公爵をあまり待たせるわけにはいかない。もう一度、クロに乗って空へと飛びあがった。



 負けても戻ると言ったが、それはウソだった。もしジオとの戦いに負けたら、今度こそ大人しく故郷に帰ろうと決めていた。あれだけ自信満々にジオに勝てると豪語してきたてまえ、負けたら顔を見せにくい。お前だってそうだろ、クロ。負けて女のところに戻れねェだろ。安心しろよ。勝てば良い。それだけの話なんだ。お前なら勝てるよ。



 地面を見下ろした。

 レッカさんが大きく手を振っているのが見えた。オレも振り返したけれど、見えたかどうかはわからない。



「どこまで行くんですか?」

 ゴドルフィン公爵はキャリッジのなかに閉じこもってしまっている。

 護衛のひとりに尋ねた。



「王の庭園だ」

 と、護衛の男は愛想のない声音でそう返した。



「王の庭園?」



「国王陛下が持っておられる私有地だ。レースのために使われる場所だ」



 国王陛下の私有地ってのは変な言葉だなと思った。この国の領土はぜんぶ国王陛下の土地なんじゃないんだろうか。



 各都市を領主に分け与えているから、厳密には違うのだろう。王の庭園とやらは誰にも譲渡していない、国王陛下の土地ということか。



「どれぐらいで着きますかね?」



「1時間と少しだ」



「わかりました」



「あまり飛ばすなよ。体力を残しておけ。向こうについたらすぐに飛んでもらう」



 無愛想な物言いだが、有りがたい忠告だった。



「わかりました」



 キャリッジを吊るして飛ぶ黄色いドラゴン。キャリッジの左右を守るようにして飛ぶ護衛。オレはその後ろから飛んだ。



 この先が、オレの旅の終着点だ。そんな予感がした。

 権力によって翼を奪われた男が、権力によって翼を取り戻すのだ。



 あのとき――。ロクサーナに誘われたとき、本心を裏切ってまでロクサーナに尻尾を振らなくて良かった。



 オレの勘は正しかった。

 チャンスが巡ってきたのだ。



 なにか冷たいものが頬に当たった。水滴。雨だった。さっきまで頭上で猛々しく輝いていた陽光は、雨雲によって遮られていた。



「ちっ」

 と、オレは思わず舌打ちが漏れた。



 くそっ。

 ここ数日、雨なんか降ってなかった。大事なときに限って、いつもいつも天候にめぐまれない。



 オレの免許試験のときもそうだったし、先の大会のときもそうだった。そして今もそうだ。これからジオとレースをするって言うのに、雨が降って来やがった。まぁ良いさ。こんな雨、あのときに比べりゃなんてことはないんだ。



 山岳を越えた。

 開けた土地が見えた。盆地だ。まわりを山で囲まれていて、大きな皿のようにも見えた。



 規模の小さな城だけがひとつだけ寂しげにたたずんでいた。

 国王陛下の別邸のひとつだろう。



「ここが王の庭園です。ちょうど相手方もお見えになられたようです」



 正面から白銀のドラゴンが飛んでくるのが見えた。ジオだ。雨のせいでジオがどんな表情をしているのかはわからなかった。



 一同。陸地へと降り立った。



 ゴドルフィン公爵がキャリッジから出てきた。護衛が、ゴドルフィン公爵に傘をさしだした。雨はますます強くなってきている。どこか遠くでは稲妻もひらめいていた。



 ゴドルフィン公爵の指示で、オレとジオはスタート位置についた。オレとジオのあいだに交わされる言葉はなかった。



 ジオと交わした最後のセリフを思い出した。

『もしもう一度試合すれば、オレに勝てると思うか?』

 オレはそう尋ねた。

 ジオはなんて返した?

『貴様にもう一度なんかない』

 そう返したのだ。



 残念だったなジオ。オレの問いかけからお前は逃げたんだ。ハッタリでも勝てると言わなかった。言えなかったんだろう。オレたちには勝てないとわかってたからだ。



「この巨大な庭園を先に3周したほうの勝ちだ。雨のなかのレースも一興じゃないか。笛の合図で開始だよ。いいね」

 そう言ってゴドルフィン公爵は、笛をくわえた。



 ここまで飛んできたので、さして準備はいらなかった。股のあいだにクロをはさみこんで、呼気をととのえた。



 先の大会で負けて良かった。

 今ならそう思える。



 オレは多くの人たちから、多くのことを学んだ。オレを支えつづけてくれた人たちの顔が、脳裏をよぎった。

 バサックさん、レッカさん、マーゲライト。ロクサーナやチェインとの出会いもまた、オレを強くしてくれた。



 今なら。

 もっと速く飛べる。

 このレースの数十分のあいだ、オレは獣になって見せる。

 鳴りひびく。笛の音が。

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