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ロクサーナの勧誘

 オレとチェインの悶着に、警吏隊のみならず、都市の人々まで集まってきていた。



 そんななか、

「いやーっ。失敬、失敬。うちの若いヤツが失礼したみたいだなァ」

 と、ロクサーナがかき分けてやって来た。



 警吏隊は、ロクサーナに頭を下げていた。その態度がもうあからさまだ。どうせ裏で金でも受け取っているんだろう。



「うちの若いヤツが失礼したね。アグバくん」

 そう言って、ロクサーナが歩み寄ってきた。



 なにを企んでいるのかわからない。オレは緊張をおぼえた。ロクサーナの目は、獣の目だ。こうして相対していると、肉食動物の餌になったような心地になる。ここで臆してはダメだと、己を鼓舞した。



「煽り運転を認めるんですか?」



「認めるよ」



「え?」



 その拍子抜けた声を漏らしたのはオレだけじゃなかった。

 まわりの警吏隊に、チェインまでも同じ声を漏らしていた。



「私も偶然見ていたんだよ。今回はうちが悪かった。おわびと言ってはなんだが、チェインのことはクビにしよう」



 君は今日からクビだ――とロクサーナは、チェインにそう言った。



「そ、そんな……。あんまりですよ。だってゴドルフィン組合のこと潰せって言ったのは、ロクサーナさまじゃありませんか」

 と、チェインは反論していた。



「やれやれ。シギィ。なにをボヤボヤしてんだい。その若造をしょっ引いて行きな」



 はッ……と、シギィはゼンマイを巻かれた人形のように、急に動きはじめた。



 あんまりですよ、ロクサーナさま――と嘆くチェインはシギィたち警吏隊によって連れて行かれることになった。



 チェインが連れていた白銀のドラゴンは、どうすれば良いのかわからないようで、しばらく戸惑っていた。

 連れて行かれるチェインの後を付いて行った。途方にくれたような白銀のドラゴンを見ていると、なんだか悲しくなった。

 チェインには悪意があったかもしれないが、ドラゴンに悪気はなかったのだ。



 その場にはオレとクロとレッカさん。そしてロクサーナが残されることになった。チェインが連れて行かれたことによって、野次馬たちも解散して行った。



「どういう風の吹き回しですか?」



 今のヤリトリでハッキリしたことがある。



 チェインは独断で煽り運転をしていたわけじゃない。ロクサーナの指示に従っていただけなのだ。だと言うのに、ロクサーナはあっさりとチェインのことを切り捨てた。ロクサーナという人間の冷酷さをかいま見た気がした。



「いやー。私としたことが見誤っていたよ。アグバくん」

 と、ロクサーナは、オレの肩に手をかけてきた。



「見誤っていた、とは?」



「君とクロのことだ。クロだったよな。君のドラゴン」



「ええ」



 名前を教えたつもりはない。クロの名前ぐらいは、ロクサーナの耳に入っていたとしても不思議ではない。この都市でいま、オレたちはもっとも注目を浴びていると言っても過言ではない。



「まさかこんなに立派なドラゴンだったとはね」



「なにが言いたいんですか?」



「以前、この私に頼んできたことがあっただろう? ロクサーナ組合で仕事をさせてもらいたい――ってさ。だからうちで雇っても良いかなと思ってね」



「今さらですか?」



「まさかこんなに立派なドラゴンだなんて思わなかったからね。それに君は乗り手として、非常に優秀だそうじゃないか」



 やめてよッ――と、まるでオレをかばうかのように割って入ったのはレッカさんだった。



「アグバはゴドルフィン組合で働いてもらってるのよ。勝手に引き抜かないでちょうだい」



「小娘は黙ってな。私はアグバと話してるんだ」



 女ふたりがにらみ合っていた。



 オレからはレッカさんの背中が見えており、その表情をうかがうことは出来なかった。一方でロクサーナの顔貌はハッキリと見て取れる。余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。



 女ふたりのにらみ合いに割って入るのは非常に勇気がいった。オレはやんわりとレッカさんの肩に手を置いた。



「オレはゴドルフィン組合を抜けたりはしません。オレがロクサーナ組合に鞍替えすると思ったんですか?」

 と、ロクサーナとレッカさんのふたりに向けて言った。



 レッカさんはそれでもなお、オレとロクサーナのあいだから動こうとはしなかった。



「うちに来れば高額の給料を支払うよ。ゴドルフィン組合じゃ払えないような額をね」



 オレが結果を出しはじめたから、勧誘をかけてきたのだろう。結果しか見れないような人間はしょせん凡庸だ。凡庸なうえにあさましい。そう思った。



 バサックさんやレッカさんはどうだ? オレがホントウに弱りきっているときに助けてくれたではないか。

 弱りきっているときに手を差し伸べてくれなかった相手に、なにゆえ協力しないといけないのか。



「いくら積まれても、オレはゴドルフィン組合から動くつもりはありませんよ」



「私はロクサーナ・フォン・ステラだ。ゴドルフィン組合と頭を張っているバサックとは違って、伯爵令嬢なんだよ」



「すると組合の代表は御父上ですか」



「そんなことは関係ないよ。私は伯爵令嬢で貴族のあいだにも、それなりに顔が利くんだよ。私のことを嫁にもらいたいと言う貴族もいてね」



 こんな凶暴そうな女性を嫁にもらいたいと言う貴族は、いったいどんな物好きなんだろうか。たしかに顔立ちだけなら、整っていると言えなくもない。トラだけに、ネコをかぶるのは得意なのかもしれない。



 急に貴族の威光をちらつかせはじめた理由が、いっこうに読めない。



「それがなんですか?」



「もちろん国王陛下にも顔が利く」



「自慢ですか?」



「私なら、君の竜騎手免許をとり返せるということだよ」



「……ッ」



「すこしは揺らいだかな? もしうちに来れば、君を竜騎手としても復帰させてやるよ。この時代の最速を誇るジオとリベンジマッチをしたんじゃないのかい?」



「それは……」

 迷いが、生じた。



「もしゴドルフィン組合を捨てて、うちに来る気になったら、いつでもウェルカムだよ。待っているからね」



 これがうちの番地だよ――とロクサーナは、住所の書かれたパピルス紙をオレに渡してきた。

 オレはそれを、受け取った。

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