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誕生の思い出

 ゴドルフィン組合の露店に行くと、トランクケースやら木箱やら布袋といった配達物が積み上げられていた。



「おう。来たな」

 と、バサックさんが上機嫌に呼びかけてきた。



「これが今日の荷物ですか」



「全部で500Kあるが、さすがに1度には運べねェかい?」



「そうですね。何度か往復しようと思います。配達先は?」



「こっちのトランクケースが都市キリリカだ。このあいだ布を運んで欲しいと言ってきた爺さんだ」



「ああ。あの値切ってきた人ですか。また値切られたんですか?」



「いいや。今度はまっとうな金額で了承してくれた。速いし確実に運んでくれるから――とのことだ」



「また500カッパーまで値切られちゃったのかと思いましたよ」



「クロとアグバの優秀さが伝わったんだろう。これからも定期的に運んでくれと頼んできたよ」



 オレは笑って応じた。



 最初に値切ってきた初老の男の顔のセリフを思い出した。ロクサーナ組合じゃなくて、わざわざゴドルフィン組合で頼んでるんだから、安くしろと要求してきたのだ。ズルい要求だと思う。そんな要求を口にした男が、まっとうな金額を払うと言ってくれているのだ。たった1人の改心ではあるが、それはトテモ大きな変化だと感じた。



 ほかの荷物の届け先についてバサックさんの説明を受けた。都市だけじゃなく、村に向けての配達物もあった。



「地図が必要か?」



「そうですね――」

 私が案内するから大丈夫よ――とレッカさんが言った。



「おう。じゃあよろしく頼むぜ」

 と、バサックさんはオレの肩に手を回して、オレのことを抱き寄せてきた。



 オレにだけ聞こえるように小声で「レッカのこと、頼んだぜ」と言ってきた。娘の悩みについて、うすうす気づいているんだろう。



 100K分のトランクケースを、クロにくくりつけた。今のクロなら500Kだって簡単に運べることだろう。

 速達物ではないらしいし、焦って運ぶ必要はないだろうと判断した。



 飛び立つために都市の外に向かって歩いていると、ウワサ話が聞こえてきた。「へぇ。あれがウワサの」「たしかに黒いドラゴンね」「レースでは墜落しちゃったのよね」「だけど、配達は速いし確実なんだってよ」というヤリトリが聞こえてきた。



 悪いウワサばっかりじゃない。



 配達をこなして注目を集めているいま、シッカリと配達をこなして行けば、クロのウワサは良い意味で広がってゆくはずだ。そうやって広がって行けば、何か良い事態を招くだろう――とオレは漠然とした期待をいだいていた。



「そう言えば、アグバ」



「なんです。レッカさん」



「実家のほうには、まだ帰らなくても大丈夫なの?」



「一旗あげるまでは、迂闊に帰れませんよ。それに今はゴドルフィン組合を離れるわけにはいきません。ここが勝負どころですから」



「遠いの?」



「遠いんですよ。特に海を越えなくちゃいけないのが大変なんです。海を抜けるのに丸1日はかかります。往復するとなったら2、3日はかかりますよ」



「そっか。だから、嵐に打たれて困憊していたのね」



「嵐に打たれたせいで1日で来れると思ってたのが、3日かかることになったんですけどね」



「え! じゃあ3日間ぶっ通しで飛んできたの?」



「ええ」



 道行く人たちのほとんどが、クロのことを振り返って見ていた。数日前とは向けられる視線がマッタク違ったものになっている。



 もう今のクロを侮る目で見てくる者はすくない。この大きなカラダに、脂の乗った黒い鱗は人々に畏怖すらあたえる。

 クロもそれがわかっているかのように、毅然としてオレに引かれていた。



「故郷の人たちは心配してるんでしょう。手紙ぐらいは出したら?」



「そうですね。手紙は誰がとどけてくれるんでしょうか? ロクサーナ組合に頼むとかですか?」



「頼むのが厭なら、自分で届ける?」



「それは手紙の意味がないじゃないですか」



 そうね、とレッカさんは口元をおさえて笑った。笑うときに口もとをおさえるその仕草は、とても酒場で働いている娘の癖とは思えなかった。



「ロクサーナ組合に頼むのは、たしかに癪なものがあるわよね。冒険者組合なら頼めば、手紙ぐらいは届けてくれるかもしれないけど」



「やっぱり、やめておきます。わざわざあんな田舎まで手紙を届けてもらうのも悪いですし。それにオレの母なら、オレのことはわかってくれてると思いますから」



「信頼してるのね」



「龍騎手としての師でもありますから」



「漆黒の疾走者?」



「あれ? オレの母が漆黒の疾走者だって話しましたっけ?」



 べつに隠していたわけじゃないが、話した覚えもなかった。



「聞いてないけど、なんとなくそうなのかな――って。黒いドラゴンは珍しいから」



「正解です」



「漆黒の疾走者は、自分のドラゴンを売らなかったの? レースで活躍したんだから、貴族の買い手がついてたんじゃない?」



「たぶん買い手はたくさんついてたと思います。けど、売らなかったみたいです。オレの親父が乗っていたドラゴンとのあいだに卵をもうけて、クロが生まれて、それっきりだと思います」



 そう……とレッカさんは物憂げにつぶやいた。



「やっぱりそう簡単に、自分のドラゴンを売ろうとは思わないのね」



 ホンスァのことを考えているのだろう。



「ドラゴンはペットとは違います。ドラゴンに限らず自分の飼っている動物を、ペットだと思ってる人はすくないんじゃないかな――って思います」



 家族だ。

 そう口にするのはキザったい気がしたのでやめた。なにより、そんなことはレッカさんもよくわかっているはずだ。



 ふと。

 クロが生まれたときのことを思い出した。



 ある日。母がオレに卵を差し出して来たのだ。黒炭のカタマリかと思うほど黒い卵だった。「もし将来、龍騎手になるつもりなら温めると良い。でもそうじゃないなら、この卵はどこかに売っちまうとするよ」と母は言った。一言一句おなじセリフだったわけではないが、たしかそのような意味合いのことを言った。



 龍騎手になりたいとは思わなかった。竜騎手が、どういう仕事なのかも理解がとぼしかった。ただドラゴンを飼ってみたいという欲求から、オレは、黒炭のような卵を受け取った。



 オレは卵をベッドのなかで抱え続けた。食事もベッドで取った。友人と遊ぶこともしなかった。排泄のときだけは仕方なくベッドから出たけれど、すぐにまたベッドに戻った。



 クロが生まれたのは早朝のことだ。トカゲのような小さな生きものが、卵を突き破って出てきたのである。

 それが、クロとの、はじめましてだった。



 レッカさんとホンスァとのあいだにも、同じような思い出があるはずだった。

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