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第1章》竜騎手免許を剥奪された

 あともう少しでゴールだ。もう200M。いや。もうそんなに残されてはいない。150Mといったところか……。



 物凄い風が防塵ゴーグルに打ちつけてくる。耳当てをしていても暴風の音がすさまじい。



 右も左もわからない。ただ正面にはゴールテープが見える。



 ここからだ……と、クロの背を強く股ではさみこんだ。



 ドラゴンの背中には鱗がビッシリと生えている。直ではさみこんだら、股が血まみれになる。傷つかないために足には脚甲がはめられている。脚甲ごしにもクロの鼓動が伝わってくる。



 大丈夫。黒もこの試合の重要性はわかってる。闘志は充分。

 このまま行けば、1着だ……。



 あと50M。

 この試合に勝てば、オレは世界最速の龍騎手としての栄光をつかむ。優勝したときの光景が、期待とともに胸裏に映しだされた。



 刹那――。

 脚甲ごしに伝わっていたクロの鼓動が小さくなった気がした。



 受ける風の勢いがゆるやかになった。



 そして今度は追い風がやって来た。追い風は、ものすごい羽音をともなって通過していった。べつのドラゴンに抜かされたのだとわかった。



 風圧を受けてクロの態勢が揺れた。2匹、3匹……と後続のドラゴンが、クロを抜かして行く。



 態勢を立て直そうとした。クロの反応はなかった。クロはそのままチカラ尽きたように落下していく。クロの落下に伴ってオレのカラダも落っこちて行く。



 落っこちてゆくさなかに、オレは目を凝らしてゴールテープを見つめた。ジオとその白銀のドラゴンが1着でゴールしたのが見て取れた。



 負けた……。

 敗北感に打ちひしがれた。



 クロがこのまま地面に落っこちれば、オレは死ぬだろう。



 死んでも構わない。オレは負けたのだ……。



 オレの絶望とはウラハラにクロは意識を取り戻した。地面に叩きつけられる寸前のところだった。翼を広げ、ユックリと着陸した。



 オレはクロから降りて、防塵ゴーグルを外した。



 空――。

 もうすべてのドラゴンがゴールし終えていた。会場に集まっている観衆からは、地を揺るがすような歓声がわき起こっていた。歓声はすべて空に向けられたものだった。

 墜落したオレたちに向けられたものではない。



 さっきまで試合をしていたって言うのに、酷い疎外感をおぼえた。



「負け……か」

 と、オレは呟いた。



 優勝したのはジオだろう。追い風とともにイチバンにオレたちを抜かして行った。ジオと白銀のドラゴンが、ゴールテープを切ったところも、落ちてくさなかに確認した。



「ぐるるっ」

 と、クロが顔を寄せてきた。



「どうした? オレの心配をしてくれているのか? オレは大丈夫だよ。オレのほうこそ悪かったな。お前にムリをさせすぎた」

 と、オレはクロの頭をナでた。



 ドラゴンのカラダは強靭だ。墜落しても傷を負うことは珍しい。死ぬのはたいてい龍騎手のほうだった。



 ドラゴンだって無敵ではない。疲れはたまる。この試合会場に来る途中に嵐に遭った。酷い嵐のせいでクロは長く雨に打たれたし、カラダも痩せ細っていた。



 最後の50M。クロのチカラが抜けてしまったのは、嵐によって受けた疲労が出てしまったからだ。



 今回の大会。ホントウなら棄権していたところだ。

 オレだってクロにムリをさせたくはなかった。



 今回の大会だけは、どうしても棄権できなかった。



 オレは故郷のチコ村の代表としてやって来た。この大会に勝てば国からチコ村に賞金が贈られるはずだったし、チコ村の名誉もかかっていた。



「ぐるる」

 と、クロが申し訳なさそうにうなった。



「べつにお前のせいじゃないさ。最後の最後でオレも気が抜けちまったんだ」



 残り50Mというところで、オレは試合のことよりも、勝った後のことを考えていた。油断していたのだ。1着だったジオは、王国最速の龍騎手と呼ばれている。

 オレが勝っていれば、最速の称号を手に入れていたはずだった。



 救護部隊がやって来た。

 オレにもクロにもケガがないことを伝えた。「国王陛下がお呼びです」と伝言を受けた。会場外の別邸まで来いとのことだ。



 王様がいったいオレになんの用だろうか……。あまり良い予感はしなかった。仕方ない。呼ばれたからには行くしかない。



 会場と言っても、だだっ広い平原に人が集まっているだけの場所だ。集まった群衆の周りには天幕が張られている。遠方から来た人たちのものだろう。天幕の張られたあたりを抜けた先に、国王陛下の別邸が見てとれる。



 レースが終わったことで、観衆は散りはじめていた。



「あいつ終盤まで先頭を飛んでたのにな」「落っこちてたヤツか」「惜しいことをしたよな」「ナイスファイトだったぜ」……。いろんな声を投げ与えられることになった。今は声援が逆に、オレの心を暗くさせた。



 王の別邸へと急ぐことにした。



 別邸は、今回のヘブンガルド王国のレースに向けて急造されたものだ。急造とは言っても、屋敷と言って差しつかえない大きさのものだった。周囲には武装した兵士がいて、ものものしい雰囲気だった。



 別邸の門前に国王陛下の姿があった。



 何度かお見かけしたことはあるが、直接会うのははじめてのことだった。ブロンドの髪に青い目をした人だった。着ているのは真っ赤なコタルディだ。派手派手しい身なりだというのに、どことなく暗い顔をしていた。レースを楽しんでいた男の顔には見えなかった。



 国王陛下のとなりにはジオがいた。白銀の髪を真ん中分けにした長身の男だ。後ろはポニーテールに縛っている。ジオはオレのことを認めると、「ふん」と鼻で笑った。国王陛下もオレに気づいたようだった。



 クロを座らせた。オレもその場にかしずいた。



「オヌシがチコ村のアグバか?」

 と、国王陛下の声が落ちてきた。



「はい」



「ブザマな試合を見せてくれたものだな」



「申し訳ありません」



「しかもなんじゃ、このドラゴンは……。黒く不吉なカラダに、ずいぶんと貧相なカラダをしているではないか」



 クロのことを言われると、相手が王様だろうとさすがに黙っていられなかった。



「こちらの会場に来る途中、嵐に見舞われまして」



「まるで嵐がなかったら、勝っていたとでも言いたげじゃな」



「いえ、そんな……」

 オレは目を伏せた。



 図星だった。

 道中の嵐さえなければ、負けはしなかった。クロだってこんなに、やつれることはなかった。せめてあと数日、クロに療養の時間さえあれば、決して負けはしなかった。



 こんなにやつれているというのに、残り50Mまでは1着をキープしていたのだ。



「剥奪じゃ」



「え?」



 その言葉の意味がわからず、オレは顔をあげた。

 国王陛下の暗い顔が、オレのことを見下ろしていた。



「あんなみっともない試合をしたのだ。龍騎手免許を剥奪する」



「お、お待ちください。それはあんまりです」



 オレが立ち上がろうとすると、周りにいた兵士がオレのことをおさえつけてきた。オレが攻撃されていると思ったのか、クロが威嚇のうなり声を発した。威嚇するクロの態度に、兵士たちはオレから手を離して後ずさっていた。



 オレはあわててクロのことをいさめた。



「そういうことだ。素直に免許を渡せ」

 と、国王陛下のとなりにいたジオが言った。



 ジオの白銀の瞳には勝ち誇った光があった。ジオの目の光を見たとき、こいつの進言によるものなのだと察した。



 同じ龍騎手として、ジオにはわかっているはずだ。もしもクロが万全の状態だったなら、さっきの試合はオレが勝っていた。ぶっちぎりだったはずだ。次の試合。あるいはその次の試合があれば確実にオレはジオを抜かす。



 ジオはオレに負けることを怖れているのだ。だから龍騎手免許を剥奪するように――と国王陛下に吹き込んだのだ。そうに違いない。最速の称号を持ち、国王陛下のお気に入りであるジオならば出来ることだ。



「ジオ。もしもう一度試合すれば、オレに勝てると思うか?」

 と、オレは挑みかかるように問いかけた。



「貴様にもう一度なんかない」

 と、オレの胸元についてあった龍騎手の証であるバッジを、ジオは奪い取ってしまった。

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