はじめ1
意識が戻って最初に見たのは女の顔だった。
天井を背景に私を覗き込む女は、私が気が付いた事を確認すると淡く笑った。ただでさえ美しい顔は更に美しく映り、その笑顔につられるように私も自分がほのかに笑みを浮かべていることを自覚した。
その笑みは突然視界から消えると、次に足音がして私の足元を抜けると左の方で障子の開く音と、少し間を置いて木材と木材の当たる乾いた音がすると再び聞こえた足音は私の頭の方へと消えていった。
戻ったといってもまだ朦朧とした意識のなか、ただ目を閉じて、起きるでも眠るでもない状態で、目を覚ました精神に肉体を追い付かせる。
そして体を起こそうとしたとき右半身に感じた激痛によって寝呆けがいっきに覚めた。
右半身をかばうようにして体を起こし、寝巻の襟から手を差し込んで右肩に触ってみる。
ざらついた包帯の感触と、電気を受けたときのような痛みがした。
この包帯はどこまで続いているのだろう。
襟から手を抜いて、今度は裾から手を入れて脇腹を手でさするとそこにも包帯の感触があった。
私は右半身燃焼の傷を負っていた。
情けないことに、何故自分がこんな状態なのかさっぱり記憶が無かった。傷の話も後から聞いて知った。
不様だと思いながらも、痛みに負けて私は上体を起こしたまま動くことができなかった。
しかし動けたところで何処とも知らない場所で何をすればいいのか全く思いつかなかった。
だからあの女が戻ったとの言い訳には成るだろうと安心している自分も居た。
ため息のような深い呼吸を何度かして今度は寝巻の上から右肩に触れ記憶をさぐり現状をつかもうと努めた。それが今の自分がすべき事とだ思ったのだが、今に繋がるような時間の全てが黒塗りにされた様に見見ることができない。
思い出せる断片的な記憶も霞がかかったようにぼやけたあやふやなもので、さき迄観ていた夢の記憶ではないかと思えるほどに頼りないものでしかなかった。
肩に置いた左手に少し力を加える。刺激を受けた傷口の痛みを感じながら私は右手を額に添えて一つ溜め息して俯いた。
瞑想するように、何も考えず、ただずっと痛みだけを感じていた。
淋しいことに痛みが消えた記憶を呼び覚ましてくれるような気がして必死になっていたのをよく覚えている。