告白マニアのご令嬢
王都でも洒落者と名高い伯爵家煌びやかの夜会が行われている夜、着飾った紳士淑女が外せない社交を終えて仲のいい友人やこれから仲良くしたいと思っている家などさり気ない挨拶が交わされる時。
こっそり会場を抜け出し咲き誇る季節の花を月明かりの下見ている男女はデート中の婚約者同士か。はたまた秘密の恋にうつつを抜かすマダムか、それとも親には内緒で期間限定の恋を告げる若者連中と相場が決まっている。
今まさに絶好の天気の中咲き誇る薔薇を背景に麗しい金髪が評判の貴族令嬢と立ち振る舞いが素敵と評判の令息がいた。ちなみに社交界の噂によるとまだ婚約者の決まってない2人は交際をすでに開始しているか、していないとしても時間の問題と囁かれている。両親も表立って反対する理由はないが特に押す理由もないので本人の気持ち次第らしい。
その事前情報さえあれば、これから行われることはまさに愛の告白だろう。
その光景を影で見守る者は3人いた。2人は護衛騎士とお目付役の侍女。離れた場所で周りを見張っていてくれと主に頼まれ、護衛騎士はそれとなく目をそらしつつも限りのある出入り口を見張り、侍女はお嬢様に無体な事は起こさせないと睨みつけるように男を見ている。
そして…もう1人は最近社交界デビューしたばかりと思われる年頃の少しくせ毛の茶髪とソバカスが
チャームポイントと言われつつも気にしている少女と言っていい年頃のご令嬢だった。
なんという特徴もないご令嬢はその2人にも気づかれず薔薇の生垣と庭園の間の美しく刈り上げられたと三角のトピアリーの影に潜んでいたのだ。
一体彼女がどういう思惑でそこにいるのか、それはその時点では誰も気づきはしなかった。
最近貴族令嬢に話題の貴公子と名高い主をもつ俺は男爵家の三男坊であり騎士をしている。悲しいことにこれといった浮いた話のない俺は今日も主人に付き従い護衛をしていた。
ここは主人の家であり、最近これといった戦争もなく国内の争いもない今は平和で護衛といっても敵と戦うようなこともない。まぁちょっと飲みすぎて絡んでくるおじさん連中と主人をそれとなく離すのが俺の夜会での務めといえよう。
しかし、今日ないつもと違い、ご令嬢を連れて庭園を歩くのでそれとなく見守るように頼まれている。依頼どうりに絶好のロケーションの場所で立ち止まった2人から距離をとって周囲を警戒している。向かいには令嬢と距離を取りつつ主人を睨みつけている侍女がいるし、この箇所から塀までは距離があるし、道になっている場所は一本道である。ここを見張っていれば大きな問題はないと判断し、いつでも駆けつけられる距離で主人を背にし警戒をしていた。
後ろから微かに漏れる声と仲睦まじく歩いてくる姿でどうやら主人の告白は成功したようだ。
このまま会場に戻り両親にそれとなく挨拶するらしい。結構なことだ。私のも友人を紹介してくれないだろうか。
今をときめくご令嬢とたった今気持ちを通じ合わせた浮かれた主人にそのな機微など期待できないが…
会場に戻ると同僚が交代しようと申し出てくれた。これ以上熱いカップルを見続けるのは独り身に辛いものがあり有り難く交代した後、服の袖のボタンが無い事に気付いた。制服は支給品でありボタンを取り付けるのは無料だが、紛失は給料から天引きになる為、できる事なら見つけたい俺はさっきの場所で木にでもひっかけて落としたかと当たりをつけ、庭園に向かった。
月が明るい為探しやすい事に安堵しながら絶好のデートスポットを下を見ながら捜索していると、木の陰からドレスの裾らしきものがはみ出している。主人の告白の後会場の往復した際に誰ともすれ違わなかった事から、告白シーンからいたことは間違いない不正に夜会に出入りした可能性がある以上慎重に身元を確認するべきと判断し、気配を殺し、様子を伺う。
近づくとカリカリカリという不審な音がし、一体この女性は何をしているのか不気味である。耳を済ますと独り言をいっているようだ。
「ハァ…なんて素敵なの。流石お茶会で詩を諳んじれば天空のお茶会に招待されたような夢心地が味わえると評判のお方の告白だわ。腰が抜けて立てない。一生忘れない為に思いのまま書いた字が崩れに崩れてるわ。家に帰ったら清書しないと、今夜はいい夢が見れそうだわ」
不審な女はどうやら主人に告白を見ていたらしい。うっとりとした顔で呟いた言葉は理解できないが、主人に恋する少女とはまた雰囲気が違う。俗にいう”追っかけ”ってやつだろうか。危険な武器もないようだし、夜会の招待客か確かめる為にも近づいて手を貸してみようではないか。
「お嬢さん。こんな場所で座り込んでいては危ないですよ。さ、私の手でよければ使ってください。」
さり気なく声をかけると、弾かれたように顔をあげ、驚いた顔を見せる彼女は普段夜会で目にする女性とは違うように見えた。くりくりの目をしたソバカスがチャーミングな顔をしている。戸惑いながら初対面の男の手に手を添える警戒心の無さも心配になる。
「あっありがとうございます。あら足に力が入らないわ。心配してくれたのは嬉しいですが、わたくしのことは大丈夫です。もう少ししたら会場に戻りますので、お先に会場にお戻りになって」
「私が地面に座り込む女性を放り出しては主人に叱られます。そこのベンチにでも坐り直しませんか。少し失礼します」
俺が彼女を抱き上げると、きゃっと声を上げ首に抱きつかれた。暴れられたら落とすかもしれないので、微笑みかけて近くのベンチに座らせた。彼女は頬を赤く染めお礼をいった。隣に腰掛けて話をきく事にする。
「それで一体、夜の庭園で貴方のような可愛い方が座り込んでいるなんてどうしたんですか。幸い無事のようですが、幾ら何でも危ないですよ」
「ええっと、わたくし夜会に出たことがあまりなくて、一通り父と親族に挨拶にいった後、父が大人の話合いに行くから会場でお友達とお話でもしなさいって去ってしまったの。それで友人と少し会話もしていたのだけど、友人も付き合があるからずっと一緒にはいられないでしょう。それでわたくし評判の庭園を散歩してみようっと思いったっの。今は薔薇が見頃で綺麗って聞いたから、薔薇は月明かりで艶めいていて、まるで夢のようでしたわ。あんまりにも素敵で足元が疎かになっていたようで躓いてしまったのよ。わたくしったらドジね。」
「怪我は大丈夫ですか?」
「ええ。少し落ち着いたら平気そうよ。」
「それにしても1人でこんな場所にいるなんで、侍女等は連れていないのですか」
「そ、それは、はぐれてしまったみたいなの」
笑いながら足は少し揺らして見せる彼女はどうやら何かを隠しているようだ。先程1人で呟いていた内容を折れば忘れていない。
「この薔薇は主人が意中の人が好きな品種を植え、庭師とデザインを協議するなどしていて、人気の場所なんですよ。貴方のお眼鏡にも叶い何よりです」
「それはもう素敵でしたわ。特に白いバラが月に照らされ輝くのを夜に同化するほど深みのある紅の色をした薔薇の様子は夜に鑑賞する為に設計したとしか思いませんわ」
「その通りの意図を持って植えたと庭師から聞いています」
「是非庭師の方と話す際は素晴らしかったと伝えて欲しいです。」
「それで主人の告白はどうでしたか?」
「ええ!それはもう素敵!あんなに美しい言葉で愛を囁かれたら私なら腰を抜かせて立てないわ!侯爵令嬢という身分が男性より上のため権力を振りかぶるようで自分からはお気持ちを表せなかったのでしょうね。わたくしには以前から好意があったように見えましたわ。あの金髪が月に照らされると夜に迷い込んだ天使のようではありませんか!それに伯爵家の嫡男であり、詩を諳んじれば参加者に夢を見させると評判の美声で紡がれる愛の言葉…今日は歴代の詩人が残したものではなく本人が選びに選んだ言葉によって真摯に見つめながら語るのですよ!それはもう…」
「そうですか。貴方は私の主人の告白を真剣に聞いていたのですね。一体なんの意図を持って」
私は彼女の意図を確認するために隣の彼女に目を合わせた。すると彼女はハッとしたように慌てながら弁明をしだした。どうやら主人の『追っかけ』であることに間違いないだろう。『追っかけ』には好きが高じて周りが見えなくなり主人に迷惑をかけるものがいるので要注意だ。主人には『追っかけ』がお茶会の度に増えるので、対処にはある程度慣れている。遠くからうっとりとして見つめている程度なら害はない。今回は彼女に注意を促しておくことに決めた。
「貴方が主人に好意を持っているのはわかりました。今回の件は大事にはしないので、今度主人の話を隠し聞きすることは控え、一定の距離を保ってください。今後問題が発生する際は私はかばいませんので気をつけてください」
「こ、好意なんて…そんな…誤解です」
「誤解って何ですか?そんなに夢つつに主人の告白について語っておいて」
「わたくしはただ素敵な愛の言葉が好きなだけなんです!」
そう叫んだ後、怒涛の勢いで自分と愛の言葉についてのスタンスを語る彼女は、一体何をいっているのか全く理解できないが、彼女は恋愛小説が好きで好きでしょうがなく、家族には小説なんてはしたないと言われるためこっそりと限られた本を読み返しまくり、新たな恋物語を求めるあまり現実に行われる恋模様にも手を出してしまったようだ。
彼女曰く小説で告白シーンが出てくる場所に潜んでいると高確率で目の前で恋物語が発生するらしい。ついには物語と現実が混ざってしまったようで、発生した告白を書き留め夜な夜な読み返しうっとりするのが最大の趣味らしい。
何度も繰り返すようだが、全く理解できないが主人に固執したような思いはなく、こんな美しい庭なら今夜も恋物語の一つや二つ発生するに違いないと潜んでいた時、やってきたのが主人と令嬢らしい。
まぁ、害がないならいいか。どうやら独り身の寂しい夜に少女の恋に対する憧れを聞くことに心が消耗してしまったようだ。俺にそんな素敵な言葉が浮かぶか不安になってくる。少々肌寒くなってきた気もするし、会場に戻るとしよう。
隣を見るとまだ熱心に恋の憧れを語りつつ唇の色が悪い気がする。この広い庭から会場に戻ると少し距離もあることだし、上着をかけてあげようと思ったところで俺は本来ここに戻ってきた理由を思い出した。ボタンくらいいいか。これ以上ここにいて風邪を引かせるのも可哀想だ。
「外にこんなにいると風邪をひきますよ。そろそろ会場に戻りましょう。そろそろ立てそうですか?」
「あっありがとうございます。もう立てそうです。でも上着を貸していただくなんて申し訳ないです」
「気にしないでください。震えている女性より服を着込んでいては騎士とは言えませんしね。」
「私ったらこんなに夢中になってしまって恥ずかしい…今夜のことはどうか内緒にしてくださいな」
「貴方に恋する男は貴方を満足する言葉を贈らなければならないとは難しいな。あまり素敵な言葉を聞きすぎるといざ贈られる立場になった際にがっかりするかもしれないよ」
俺は恥じらいながら内緒にして欲しいと告げる彼女を少しからかいたい気分になってしまった。なんだが可笑しくなって口元が緩む。誤魔化すように手を差し伸べる。彼女は顔を真っ赤に染めながら恥ずかしそうに立ち上がり、私も隣を歩き会場まで向かった。
ベンチではあんなにおしゃべりだった黙って寒いのか上着を落とさないようにか肩を竦めて歩いている。夜に庭園を男性と2人きりで散歩してると慣れば婚約者がいたら誤解され、いなくても彼女の評判に関わってしまうので、屋敷からは見えづらい位置で別れることにした。
会場までついて行っては貴方の評判に関わるので、ここで別れましょう。と告げると彼女は握りしめていた上着を返しながらおずおずと話かけてきた。
「上着ありがとうございました。恥ずかしい姿ばかり見られてしまいましたわね。また会う機会があれば明るい場所でお会いしましょう」
「そうですね。貴方は太陽の下が似合いそうだ。可愛いのだから人気のない暗いところに1人でいては危ないよ。さっお父上も心配しているだろうし先に戻るといい。私は少し後から向かう。危ないことがあれば助けに向かうから大丈夫だよ。」
「最後までお気遣いありがとうございます。また会えるで幸運を祈ります」
「ええ。幸運を」
俺は彼女の見守りながら会場に戻った。
その彼女の手には俺の無くしたはずのボタンが握られていることも知らずに。
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