第8話 自由になれたら。後編
「参ったな」
岩影に身を隠し様子を窺う。
敵の目からマリア達を逸らす為に1人洞窟を飛び出したが半日もしない内に囲まれてしまった。
いつもの私ならこんなヘマはしなかった。
長旅の疲れで集中力を欠いていたのだ。
魔王討伐の時は行く先々でハースが宿や野営場所を探していてくれていた。
「ハースが居たら...」
そうだハースが居たらこの旅も楽しかったに違いない。
世界中の名所を周り料理を食べて...
「...ハース」
馬鹿な妄想、死を前に私は何を考えているんだ?
「居たぞ」
「しまった!」
またしても!
気づけば周囲を何重にも囲まれて切り抜けるのは不可能になっていた。
「さっさと殺したらどうなんだ!」
剣は既に折れ曲がり、鎧は留め具が壊れ、肌の一部が剥き出しになった。
しかし奴等は一向に手を出して来ない。
嬲り殺しを楽しんでるな。
「クリス相変わらず気が強いね~。
その顔を絶望に変えたいからまだ殺してやんないよ~」
中から出てきた1人の男、もちろん見覚えがある。
あいつは私の婚約者だった王国の王太子。
「フギリン王国までもか」
「まあね、帝国と共倒れなんかごめんだ」
王太子が私の暗殺の為に1人で参加する筈は無い。
連中は傭兵だけでなく王国の正規兵も混じっているのか、道理で強い筈だ。
「あの聖女、確かマリアだっけ?」
「な?」
「助ける為に囮となって、泣かせるね~」
「き、貴様ら...」
欲望に歪んだ顔、こいつらマリアにまさか?
「良いね~その顔だよ」
「黙れ!お前らの狙いは私だろ?私だけ殺せ!」
「そうは行かないよ、勇者と聖女...いや偽聖女か?楽しまして貰わないとね」
「救国の英雄なんてありがたかってるのは愚民くらいだ」
「俺達の国でもだ、偽物が英雄気取りやかって。
貴族でもないくせに」
「後ハンナだったか?帝国準男爵家の死に損ない」
「家格を知れって話だな!」
連中は口々にマリアやハンナを罵り笑い声を上げた。
命懸けの旅の中、私達だけじゃなく行く先々で人々を癒し続けたマリア。
愛するハースと離されながらも世界の為に守護結界を張り続けたハンナ。
その2人に対して世界の貴族達が抱く本音がこれなのか?
「止めろ」
怒りが抑えられない。
「は?」
「何か言ったか?」
「もう止めろと言ったんだ屑共が!」
これが貴族意識なのか?
こんな下らない物に振り回されて私はハースを諦めたのか?
その結果は追放。
王籍を失った私は平民。
そうだ今ならハースと結婚出来る!
私は自由なんだから!
またしても私は馬鹿な妄想を...
「ふふ、ハース...」
「なんだこいつ笑いだしたぞ」
「発狂したんだろ?無理もねえ」
「やることやって早く殺そうぜ」
男達は私の服に手を掛けた。
冗談じゃない、凌辱を受けるくらいなら...
舌を咬もうと口を開けた時、私の服に手を掛けていた男の手首が切れ落ちた。
「だ、誰だてめえ!?」
男達が慌てて私から離れる。
そして1人の女性が前に立ちはだかっていた、
先程の太刀筋には見覚えがある。
「...ローラ?」
「遅れて申し訳ありません」
「どうして?貴女結婚した筈じゃ?」
「...その事は後で、クリス様これを」
ローラは腰に差していた剣を私に差し出した。
「こ、これは...」
「ハースと作った剣です」
「ハースと?」
意味が分からない、何故ローラがハースと剣を作ったの?
「てめえら何くっちゃべってんだ!」
男が飛び込んで来るがもう恐く無い。
「やかましい!!」
「え?」
一振するだけで男の両足は切り離される。
やはりハースの剣は手に馴染む。
「成る程、ハースの剣だ」
「ハースと『私の』です」
引っ掛かるな、後で詳しく聞こうか。
「何してる相手は2人だ包み籠め!!」
王国の馬鹿が叫ぶと、たちまち数百の兵に私達は囲まれた。
敵ながら素晴らしい連携だ。
「これは...ヤバイかな?」
ハースの剣があっても体力が。
「ご安心下さいクリス様、もう来る頃です」
「来るって、まさか?」
ローラの言葉に胸が踊る、ハースが?
「うわ!」
囲みの外から凄まじい稲光、耳をつんざく轟音と悲鳴。
この桁違いの魔力は間違いない。
「ハンナ」
「お待たせしました、クリス様の魔力を探知しての転移は時間が掛かりまして」
さらっと言うがそんな事か出来るのは世界でハンナだけだろう。
「そんな馬鹿な...」
馬鹿共は次々倒されて行くが私はそんな事よりあの人を必死で探していた。
「クリス様あそこを」
ハンナが指差した方には光輝く姿、今度こそ!
「マリア?」
なんでマリア?ハースは?
「お待たせクリス」
マリアは困惑する私を他所に崖の上に降りたった。
あの魔力は一体?
「愛の力よ!」
「は?」
「私は愛に目覚め覚醒したの、本当の聖女として!」
「何ですって?」
ローラと言い、マリアまで一体何があったの?
「クリス様お待たせしました」
「ハース?」
いつの間にかハースは私の後ろに立っていた。
何より驚いたのは。
「貴方腕が...」
しっかり剣が握られたハースの右腕。
「マリア様が最高の治癒魔法で」
「そうなの?マリアありがとう」
「違うわ愛の力よ!」
マリアは放っておこう。
「ハース後ろを頼みます」
「任せろ、俺の役目だ!」
早く終わらせよう。
みんなちゃんと説明してね。
そして私もハースと...
敵は完全に戦意を喪失していた。
当然だろう。
勇者に聖女、大魔術師と帝国の誇る最高の剣士。
そして愛する人が護ってくれてるんだから。
この日世界中の王宮に手足を失った兵士が次々転移され大騒ぎとなった。
兵士の首に木の板が掛かっており、書かれていた言葉に世界は怯えた。
その言葉とは、
『次は滅ぼす』
だった。
次エピローグです。
1話増えちゃいました。