第8話 自由になれたら。 前編
長くなったので分けます。
遠くから鬨の声が聞こえる。
懐かしい響き。
魔王討伐の際に何度も聞いた声。
(クリスが魔族を倒したのかな?)
あれ?声が出ない。
でも構わないわ、もう疲れてしまいました。
「マリア様お気を確かに!」
誰かに肩を掴まれ揺すられる。
せっかくいい気持ちに浸っているのに...
「どうですか?」
「ダメです、意識が朦朧とされております」
「...やむをえません」
「つッ!!」
腕に鋭利な痛みを感じ頭が覚醒する。
気づくと私の右腕から血が流れ、短刀を持った兵士が土下座していた。
「申し訳ありません!」
兵士は頭を地面に擦り付け、涙を流す。
その様子に置かれた状況を思い出した。
「いいのです、頭を上げて下さい」
「しかし...」
「あのまま意識を失っていたら私は死んでいたでしょう、貴方は命の恩人です」
「勿体ないお言葉...」
兵士は涙を流し感激しているが私はあのまま死にたかった。
クリスと共に帝国を追放され数ヶ月、各地を転々とする日々が続いた。
行く先々で入国を拒まれ、酷い時は命まで狙われた。
路銀も残り少なくなってきたある日、昔の仲間がやって来ると私達に告げた。
『1000を越す軍勢に命を狙われています』
急いで大森林に逃げ込んだが多勢に無勢、長旅の疲れもあり私達は追い詰められた。
『マリア助けを呼んで来る、仲間を頼みます』
昨日そう言ってクリスはこの洞窟を出ていった。
助けなどいない、私達の命を救う為にクリスは囮になったのだ。
分かっていたが私は止めなかった。
遅かれ早かれ私も死ぬのだから。
全身を毒と呪いに蝕まれ、助かる見込み等無い。
「治療を再開しましょう」
無理矢理体を起こす。
もう魔力は底をつきかけているが私の周りに大勢の兵士が倒れている。
早くしなければ皆死んでしまうだろう。
「お止し下さいマリア様、もう魔力が...」
兵士が私の腕を握る。
聖女の力を取り上げられた私は修道士並の魔力しかないのをみんな知っている。
「ごめんなさい、少し休みます」
やはり無理だった。
1人の兵士すら癒せない、酷い目眩に崩れ落ち岩影へ体を預けた。
情けない、目の前に助けを必要とする人がいるのに。
「所詮は偽物の聖女ね」
自嘲気味に呟く。
教会で選ばれただけの偽物の聖女。
だから教会から簡単に力を取り上げられた、神託で選ばれた聖女なら絶対に取られはしないのに。
「私はどんな神託だったのかしら?」
神託を受ける前に聖女に仕立て上げられた私、正式な神託を受けていない。
「鍛冶職かな?
それならハースのお手伝いが出来るわ。
でも針子も良いな、ハースの作った鎧に革を縫い付けるの...」
叶わぬ夢、分かっているが妄想が止まらない。
もう1度ハースに会えたら今度こそ告白するんだ。
もう私を縛る物は何も無い、やっと自由になれたんだよ。
「手遅れかな...」
涙が止めど無く流れ、また意識が遠くなって来た。
もう誰も来ないで...ハースの面影を胸に旅立つの...
「..リア様...マリア様しっかり!」
「誰?」
もう目の前が真っ暗。
どうやら最後の時が来ました、
てもこの声が誰かもちろん分かります。
でも私は聞き返すの、これは神様が最後にくれたプレゼントでしょう。
「ハースです」
(ハース、やはりハースなのね!)
叫びたいがもう私の口は開かない。
「マリア様これをお飲み下さい」
(は?)
何やら口に流し込まれる液体、しかし殆ど嚥下出来ない。
噎せ込みながら混乱する。
なぜ苦しいの?
まさか夢じゃなくて本当にハースが?
「兄さん今のマリア様に直接ポーションは無理よ」
「でも他に方法が...」
「ここは口移しだろ?」
「ローラお前はなんて事を...」
なんだこの会話?
ても叶えて貰おう、私は自由なんだ。
「...ハ..ハースが良い」
気力を振り絞って声を出したのに...来ない。
「むう...」
「ほら兄さん早く!」
「早くしろハース!ええい、まどろっこしい!」
「「うぐ!」」
私の唇に何かが押し付けられた。
分かってる、これはハースの唇...
流れ込む液体が口を潤し、体内を満たして行く。
「...すみませんマリア様」
そう言いながらハースは唇を離す。
いつの間にか私はハースの背中に手を回していた。
「...見える?」
目の前が見える!それだけじゃない!!
全身から沸き上がる力、これは聖女の?
でも今までと比べ物にならない!
溢れる癒しの魔力、周りに倒れていた仲間達の傷は全て消え去って行く。
「マリア様こ、これは?」
「ハンナあれはただの体力回復ポーションだろ?」
「間違いないですローラさん、作った私が言うんですから」
「そんな会話意味ないわ!」
「「「マリア様...」」」
「愛の力よ!!さあ次はクリスの番!」
高らかに叫ぶ私だった。