第6話 自由への対価。 ハンナ
兄さんが王宮を立ち去って半年が過ぎた。
私達の勝手な行動が逆に兄さんを追い詰めていた事に呆然とするしか無かった。
何も考えて無かった。
兄さんの苦しい胸の内を分かろうともせず、良かれと思ってした行動がこの結果を生んだのだ。
兄さんはもう戦えない。
不自由な身体では人並みの仕事に就ける筈が無いのに。
そんな事すら考えないで私達は傍に居てくれたらと自分の事ばかり...
「ハンナ、ハースの居場所が分かりました」
ある日、呼び出された王宮の一室でクリス様が言われた。
「本当ですか?」
思わず声が上ずる。
「ここから遠く離れたパースの町で研屋を営んでいるそうです」
「研屋?鍛冶屋ではないのですか?」
意外な言葉に聞き返した。
「あの身体では鎚を振るえません」
同席するマリア様が悔しそうに仰られた。
なんて事を聞いてしまったんだ。
兄さんの後遺症を誰よりも悔やんでるのはマリア様なのに。
寝食を忘れ治療に奔走してくれていたマリア様、どうしても治らない兄さんの右手に病室の外で1人泣いておられるのを見ていた筈なのに。
「申し訳ありません」
「いいえ」
頭を下げる私にマリア様は首を振って微笑まれた。
その顔に私は泣きそうになる。
「ハンナ、貴女に頼みがあります」
「頼みですか?」
「ハースを支えて欲しいのです」
「え!?」
クリス様の言葉が理解できない。
それが出来るのなら真っ先にしている。
出来ないから絶望しているのに。
「ハースは1人で不自由な生活を送っています。
町の人達からは受け入れて貰っているようですが」
兄さんは凄い、見知らぬ土地にもう溶け込むなんて。
「だから早くハースの傍に貴女が行かなければなりません」
「どうしてですか?」
「ハースを取られますよ」
「そんな...」
確かに兄さんを見ればそうなるかもしれない。
兄さんの周りはいつも人の笑顔が溢れていた、でも...
「貴女は帝国から結婚の斡旋をを全て断っていますね?」
考え込む私にクリス様が強い口調で尋ねる。
「はい」
当然だ、兄さん以外相手が居るものか。
確かに一度は諦めた。
兄さんが幸せになってくれたならそれで良いと無理矢理納得したんだ。
でも身体を壊した兄さん放っとけない。
もう他の幸せなんて考えられない。
兄さんが誰かの物になるかもしれないと思うだけで苦しい。
「私達も同じです、ハース以外の伴侶は考えられなかった」
「クリス様...」
クリス様の言葉にマリア様も頷いた。
「しかし私は王族、マリアは聖教会の要人。
我が儘は許されません。
でも貴族でない貴女なら」
「でも」
確かに私はまだ貴族では無い。
帝国内に守護結界を行い魔族の進入を防いだ功績で爵位を賜る話はあったが私は断っていた。
それは帝国へのごますり行為と見なされ一部からの反発も招く結果を生んでいた。
「王族の1人として私は貴女に通告します。
爵位を賜りハース以外と結婚するか、追放されるか選びなさい」
「クリス様?」
「さあ早く」
苦しそうなクリス様とマリア様。
これは茶番、追い出す事で国内の不満分子を黙らせ、兄さんの傍に私を行かせようと...
「しかし私が神官を辞めますと近隣諸国のバランスが」
最近帝国に対して近隣の国々が怪しい動きを見せていた。
元々帝国とは友好的で無かった。
しかし魔王の出現に一時力を合わせていただけ。
魔王討伐は帝国が中心となっていた。
近隣諸国は一応の忠誠を誓っていただけに過ぎない。
私が帝国を去ると守備結界は弱まり、近隣の国々との戦争への火種となりかねない。
「大丈夫です、私がフギリン王国に嫁げば良いことです」
「クリス様...」
確かにクリス様とフギリン王国の王太子の婚約の噂はあったがそれは帝国が故意に流した物だった筈。
「向こうも乗り気です、これで帝国に対する挑発行為はしないでしょう」
「私も枢機卿と縁を結びます。
聖教会一丸となって帝国を支援すれば諸国も押さえる事が出来ます」
自らを犠牲にしてまで私の為に、
2人の決意に報いなければ、
「畏まりました、私ハンナは本日を持ちまして神官長の職を辞し王宮を去ります」
「宜しい、これは公式の決定です。
明日にでも王宮を去りなさい、パースの町へ行く馬車を用意しておきます」
満足気に微笑む2人、その目から涙が溢れていた。
(ありがとうございますクリス様、マリア様)
心の中で何度も呟いた。