第4話 私のお兄ちゃん。 ハンナ
1日の仕事が終わり、帝国の王宮内に用意されていた私室で寛ぐ。
大魔術士の神託を受けてから2年、私は孤児院を離れこの部屋で過ごしていた。
「...兄さん」
神に祈りを捧げる。
もちろん願いは兄さんの無事。
兄さんが勇者パーティーの支援という神託を受け、旅立ってから毎日欠かさない大切な時間。
兄さんが魔王討伐隊に参加したのは5年前、本当は私も着いて行きたかった。
そんな事が出来る訳も無く泣きながら別れたんだ。
兄ちゃ...兄さんは最後まで私を妹扱いして笑顔でさよならを言ったが、私はさよならを言わなかった。
それは不吉な言葉に感じたからだ。
私は兄さんが好きだ、本当に愛してる。
孤児院で暮らした時間は幸せな記憶しかない。
兄さんは捨て子で孤児院の前に捨てられていた。
包まれていたシーツは高級な物で恐らく貴族の家で産まれた子供に魔力が無いのを不満に思い捨てたのだろうと院長様は仰っておられた。
だからかもしれない、兄さんは他の孤児と顔立ちや雰囲気が全く違っていた。
高貴とでも言うんだろうか?
気品があって凛々しくて、優しくって...
とにかく野盗に家族を皆殺しされた領地を持たない貧乏準男爵の娘と全く違っていたんだ。
兄さんの夢は鍛冶屋。
私はそれを手伝うのが夢だった。
結婚して子供を産んで、慎ましく幸せな家庭を...
もう叶わない夢。
私は2年前から兄さんに手紙を全く書いて無い。
神託を受けた時に覚悟したからだ。
膨大な魔力を持つ私を帝国は決して手離さないだろう。
近い将来何処かの貴族と結婚させられてしまう。
現に幾つか結婚の申し込みが有ったが断った。
『今は守護結界を維持する事が私の役目です』と。
しかし魔王が討伐されたらこの言い訳は通じなくなる。
帝国の神官長になんかなりたく無かった!
兄さんを孤児院で待ち続けたかった!
『何故兄さんに魔力が無くて私なんかに...』
涙が頬を伝った。
「ハンナ神官長様、宜しいですか?」
扉がノックされ慌てて涙を拭く。
(大丈夫、私は帝国の神官長ハンナ、感情を無くした女)
「どうぞ」
自己暗示を掛けて返事をする。
「失礼します」
扉が開くと部下の女神官がにこやかな表情で私を見た。
彼女は元魔王討伐隊、怪我をして今は帝国内で討伐隊の情報部に所属している。
お兄ちゃ..討伐隊に何か進展があったのだろうか?
「どうしたの?」
逸る気持ちを抑えて尋ねた。
彼女の笑顔に胸が踊る、もしや?
「はい、勇者パーティーを中心としました魔王討伐隊は本日遂に本懐を達成されました」
「本当?」
「はい先程帝国宛に連絡箱が転移されて来ました!」
「やっと終わったんだ!!」
先程の悲しみを忘れ、両手を挙げて思わず叫んだ。
兄さんが死なずに終わった喜びが心を満たす。
「ハ、ハンナ様...」
神官が驚いた顔で固まっている。
私は沈着冷静な神官長ハンナよ、忘れてた。
「ごめんなさい、で此方の損害は?」
咳払いをして冷静に聞くが、駄目口元がにやけて直らない。
「はい、軽傷者が数百名で此方は現地で治療を終えたそうです、後重傷者1名で此方は現在も意識不明との事です。
素晴らしいです、魔王を倒したのに死者が出ないなんて!」
「重傷者?」
その言葉に嫌な、不吉な物を感じる。
「その重傷者の名前は?」
「申し訳ありません、氏名は書かれてませんでした。
それと明日勇者様と聖女様が転移魔法で王宮に戻られるとの事です」
「勇者様と聖女様が?」
報告に不可解さが増していく。
魔法討伐を果たしたなら当然帰国するまで凱旋パレードを行う筈だ。
それに魔王城からこの帝国の王宮まではかなりの距離がある。
簡単に転移魔法で戻る事は出来ないだろう。
何度も転移を繰り返さなければ...
いくら魔王を倒したとはいえ魔力の消費を考えたら決してするべきでは無い。
何か緊急の事態があったのか?
「ハンナ様?」
固まる私に神官がまた首を傾げるがそんな事に構ってられない。
「明日の出迎えに私も出席します」
「え?」
「すみませんが他の神官にそうお伝え下さい」
「分かりました...」
有無を言わせぬ私の態度に神官は了解する。
この心理状態では絶対仕事にならない。
翌日王宮内にある転移の魔方陣が描かれた部屋で王族や教会関係者に混ざって私も待機していた。
不審な目を向けられるがそんな事一向に気にならない。
勇者クリス様や聖女マリア様と私は面識どころか親友なんだ。
何度か討伐の途中休養で王宮に戻られた際にお会いした。
そして兄さんの事を根掘り葉掘り聞かれた。
彼女達も兄さんの事が好きなんだ。
でも兄さんと身分が違う、兄さんと結ばれないのは私と同じ。
だから親友、悲しい友達。
「来ましたぞ!」
1人の神父が魔方陣を指差した。
「...嘘」
私が見たのは1人の男性に寄り添うクリス様とマリア様の姿。
「嘘だよね?」
もう何も考えられない。
こんな事になるなら私も行けば良かった、愛する人を助けないで何が救国の英雄だ!!
「おい!」
「止めろ!」
何やら声が聞こえるが構わず進む。
魔力を抑えられない、近づく人はたちまち弾き飛ばされてる様だ。
「ハンナ」
「ハンナちゃん」
2人はそっと私の身体を触ると暴走していた魔力が収まる。
そして私から離れてくれた。
(兄ちゃんだ、私の前に兄ちゃんが寝てる)
(5年振りだね、やっぱり兄ちゃん格好いいな。
私も変わったよ?)
(もう18歳だもん。女らしくなったでしょ?)
ねえ、見てよ。目を開けて...私を...
「兄ちゃん起きてよ!!」
ありったけの声で私は叫んだ。