第3話 私の守護神。マリア・ヒュースト
「ハース!!」
崩れ落ちるハースの元に駆け付ける。
不意を突かれての一撃、ハースは右肩口から左脇腹まで深く切り裂かれていた。
「催眠!」
呆然とする兵に催眠魔法を掛ける。
この兵もハースが好きだった。
我に返ったら恐らく彼女は自殺するだろう、それは避けたかった。
「ヒール!!」
ハースの傷口に最高位の治癒魔法を施すが、
「どうして?」
本来なら直ぐに塞がる傷口が塞がらない、ハースから血が滝の様に流れ出した。
「無駄だ無駄!」
魔王が勝ち誇った笑みを浮かべる。
まさか...
「今頃気付いたか、この部屋では貴様等如きの治癒魔法は効かぬ」
やはり、妙な気配は魔法封じの結界だったのか。
これでは転移魔法も出来ない。
「マリア様!」
修道士の声で我に返る。
ハースの顔から血の気が失せ呼吸が浅くなっていた
「マリア!!」
「大丈夫、死なせない!」
クリスの叫びに答える。
死なせるものですか!
愛するハースを失ってたまるものか!
「集まりなさい」
私の声に修道士達が集まる。
皆何をするか分かった様だ。
「いくわよエクストラヒール!!」
全員の手を重ねハースの傷口に翳す。
残り少ない魔力、枯渇すれば動けなくなるのは避けられない。
もしクリスが魔王を倒せなかったら私達も死は免れないが構わない。
「無駄だ馬鹿め」
「黙れ!」
「ほう、まだ絶望せぬか」
嘲る魔王に怒りのクリスの声が聞こえる。
「皆、退がってなさい」
クリスは皆を離した。
どうやら最高位の剣技を見せるつもりらしい。
確かに巻き込まれたらただでは済まないだろう。
「傷口が!」
「ええ」
修道士の声に頷く。
傷口が塞がり始めたのだ。
更に集中、もうクリスの戦いを見る余裕は無い。
クリスなら大丈夫。
ハースを愛するクリスなら...
「...申し訳ありませんマリア様」
背中で誰かの倒れる音が聞こえる。
魔力切れを起こしたのだろう、振り返る余裕など無い。
「お願い!」
ハース、貴方は私の守護神。
教会に身を置く私が唯一信じた新たな神。
ハースと初めて会ったのは5年前、勇者パーティーの支援と言う神託に興味を持ったのだ。
聞いた事もない神託に期待した。
期待はすぐに失望へ変わった。
ハースは支援魔法はおろか簡単な治癒魔法すら使えなかったのだ。
討伐隊は彼を馬鹿にした。
何故神はこんな神託を?
私も討伐隊を離れた方が良い、正直足手まといだと何度も思った。
しかし彼は諦めなかった。
何度も危険に身を晒し、遂にハースは勇者の背中を任されるまでになった。
戦うだけじゃない、不思議な彼の魅力に討伐隊の仲間達は信頼を抱き始めた。
洗濯や買い出し、汚物の処理まで嫌がる仕事を率先して行うのだから当然だろう。
ある日呪いを受けた私の介助を買って出た。
最初は嫌だった。
当然だろう、私だって年若い乙女だ。
食事だけならまだしも下の世話は恥ずかしい。
しかし討伐隊の治療に忙しい修道士達の負担を考えると頼らざる得なかった。
...奇跡は起きた。
彼は私の食事から下の世話まで献身的に尽くしてくれた。
すると私の体は凄まじい回復を見せたのだ。
更に身体が治った時、私の魔力は以前より強大なものになっていた。
ハースこそ私の守護神だったんだ。
「死なせない!絶対に死なせない!」
今まで全ての運命を黙って受け入れて来た私。
教皇の孫に産まれ、物心がつく前から始まった魔法の訓練も、聖女に選ばれ始まった厳しい旅にも。
...恋をする事も。
本当は碌に知らない枢機卿の孫なんかと結婚したくない!
愛する人と結ばれたいんだ!
ハースに告白だけして諦めるつもりだった。
それで納得するつもりだったんだ!
「嫌だ、私はハースが好きだ!愛してる!!」
傷口が完全に塞がるのを確認しハースの上に倒れた。
完全な魔力切れ、もう体を起こす事も出来ない。
魔王から断末魔の叫び声が聞こえ、私は意識を失った。