「墓場の魔女様のお話」
これから語られるは辺境の村の墓場にやって来るという〝墓場の魔女〟についてのお話。
そしてその裏側、誰も知らないお伽話にございます。
◇
昔々、墓場の魔女と呼ばれる魔女様がおりました。
無縁仏を持ち去ってしまう為に大層不気味がられておりました。
ある冬の寒い日のこと、母親を亡くし天涯孤独となった子供が捨て置かれていたので魔女様は言いました。
「死体に給仕させるよりもガキを拾った方が早そうだな。おいお前、あたしと来い」
子供に拒否権はございませんでした。
子供は同じく天涯孤独の身であった母を亡くしたばかりか、村の人間に 「お前の母ちゃんの骸はきっと魔女にとって食われちまうだろうよ」 と言われていたので、魔女様に母が食われぬようにと自らついていきました。
けれど子供が食われることはありません。
やれ、茶を淹れろだの、書類を取れだの、いつまで経ってもその命は取られませんでした。
子供は賢くなく、愚かだったので墓場で魔女様が言った言葉をなにひとつ理解していなかったのです。
「はあー、お前なあんにもできないのな。まあ拾っちまったのはしょうがないしなー」
魔女様は金の髪を揺らしながら子供の頭を撫でました。子供はいつか母がしたような優しい触れ合いに、いつしか魔女様に怯えることを止めました。
それから魔女様は子供に様々なことを教えました。
家事のこと、研究のこと、魔法のこと…… しかし子供はなにひとつ満足にできませんでした。
「ああ、もう仕方ないな……」
とうとう魔女様は子供に家事を仕込むのを止め、文句を言いながらも世話を焼くようになりました。
「お前も、紅茶だけは淹れるのがうまいよなぁ」
「そりゃあ、隠し味を入れているからでしょう」
「そうかそうか、なにを入れてるんだ?」
「それを教えたら意味がないじゃありませんか。僕の唯一の仕事をどうか取らないでください」
子供は魔女様の大好物のハチミツを紅茶に垂らし、他にもいくつか紅茶を美味しく淹れる方法を身につけておりました。
けれど、それ以外はてんで駄目で、やはりろくすっぽ家事もできません。
「紅茶が淹れられるなら料理もできるんじゃないか?」
「僕は魔女様の料理が食べたいのです」
「本当…… お前って世話がかかるなぁ。あたしがいないとなんにもできないんだから…… ったく」
そんな平和な日常が数年過ぎ、十年過ぎ、そして数十年経ちました。
あの日以来魔女様が墓場に現れなくなり、〝 墓場の魔女 〟の噂も廃れてきた頃のことでした。
幸せの絶頂期はすぐさま過ぎ去って行くものなのです。
いつもの日常を信じてやまない魔女様は、いつものように〝 子供 〟を起こしに寝室へ。
子供を拾ったときと同じようにとてもとても寒い季節の、なんの変哲もない日のことでした。
しかし、どうやらいつもと様子が違います。
「おい、起きろって」
いくら揺すっても、声をかけても、子供は起き上がることはありません。
初めて会ったときよりも大きくなった体も、窓の外の一面の銀のように白くなった髪も、触れれば乾いた肌も、自分よりも大きくなってしまった手も、どこもかしこも冷たくて仕方ありません。
子供は以前のように魔女様の名前を呼ぶことも、もう叶いませんでした。
魔女様はそのまま顔を伏せると、ポツリとこぼしました。
「……はは、あたしがいないと起きることすらできなくなっちまったのか?」
魔女様がくい、と指を動かすと子供はひとりでに動き出し、いつものように朝の挨拶と
お辞儀をしました。
そうしてまた同じ日常を続けようとしたのです。
永遠に。
けれどそれは上手く行きませんでした。
魔女様が子供の下手くそな家事を手伝い、研究の助手をさせ…… しかし、子供の淹れた紅茶を一口飲んだとき、テーブルにポタリポタリと大粒の雫が降り注いだのです。
「違う」
色の抜けた、その声で。
「違う」
魔女様は声を振り絞るように言って、顔を覆いました。
「違うんだよ」
魔女様の手から紅茶の入ったカップが零れ落ち、床に衝突すると呆気なく割れてしまいます。
「あいつの紅茶はこんなんじゃない……っ」
なんど命令しても、なんど〝 子供 〟に淹れさせても彼女の満足する紅茶は出来上がりません。
いくら魔法と言えど、彼女自身が知らないことを再現することなどできなかったのです。
泣いて泣いて泣き疲れて、魔女様はずっとそこにおりました。家からも出ずずっとそこに。一面の銀世界に閉じられたぽつりと佇む小屋の中で、ずっとずっと、ずうっと暮らしていくのでした。
そうしていつしか魔女の噂も消え失せ、〝墓場の魔女〟を知る者はその周辺にはいなくなりました。
魔女様はご友人の誰にも〝子供〟のことを話さなかったために、ずっとお一人で泣き続けることになってしまったのです。
それからの魔女様を知る人間はおりません。
これはそう、誰も知らないお伽話なのです。
……おしまい。
◇
…… おや、誰も知り得ない〝墓場の魔女と子供の一生〟をなぜ僕が知っているか、ですか?
さあ、それはなぜでしょうね。
僕は愚図なので、計算もろくにできませんが、そんな僕にもひとつだけ言えるとすれば……。
またいつか、魔女集会で会える日が来るかもしれない…… ということです。
かくれんぼは、見つけてもらえないと終わりませんからね。
◇
……あれから幾年が経ったでしょう。
――コトン、と。
延々と泣き続ける魔女様の背中に、小さな小さな石が落ちて来ました。
「……?」
綺麗でもない、宝石ですらない、そこら辺に転がっているような、そんななんの変哲もない石ころです。
しかし、その石に魔女様が触れたとき、それは起こりました。
ぶわりと太陽のように輝く石と、巻き上がる風。そして雪の花が咲き乱れ、そこにはぼんやりと浮かぶ男の姿があったのでした。
魔女様はあんまりな出来事に大きく口を開けて驚きます。
そしてハッとした顔をすると、泣いて赤く腫れた目元を押さえつけました。
「もういいよ」
「はっ、ははっ、みーつけた」
きっかけはほんの少しでもあればよかったのです。
魔女様は元より、墓場の魔女なのですから。
見ようともしていないものは、いくら彼女でも見ることができなかった。ただ、それだけのことでした。
「もう一度、あなたに贈り物をしますね。僕にしかできない、贈り物です」
「ああ、そうだな。お前があたしにできる贈り物って言ったら、紅茶くらいしか思いつかないや」
泣いたまま笑う魔女様の顔を、男がそっと両手で包み込みました。
「ただいま帰りました」
「おかえり、おせーよ」
雪の中の小屋は、もう冷たくはありません。
暖かい二人の関係は、いつまでもいつまでも続いていくのでした。




