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美しい街で、思い出に沈む少女達

 罪を犯した


 最悪の罪を


 私は罪を償わなければならない


 でももう一度、もう一度だけ


 貴方の顔が見たい


 そう願いながら、私は首へと縄をかけた






 ※


 




 愛車のSUVのエンジン音と、オーディオから流れるお気に入りのミュージシャンの曲に耳を傾けながら、私は山と海が同時に拝める国道を走っていた。

 元々交通量が少ないのか、はたまた秋口でレジャー気分が過ぎ去ったからか、車の数は少ない。たまに対向車が二、三台通るくらいの田舎道。だがここは腐っても国道だ。道幅は広く、窓を全開にすれば気持ちのいい風が吹き込んでくる。

 なので自然にスピードが出てしまう。気が付けば速度制限など既に超えている。私は自分を制しつつ、スピードを出したい気持ちを抑えアクセルを緩めた。


 ここは北陸のとある地。私はここへとある都市伝説の検証にやってきた。私の職業はいわゆるゴシップ記事の編集で、主に人々の好奇心を掻き立てる役を担っている。しかしながら最近は流行らない。なにせネットで次々と情報は流れ続けているのだ。わざわざ金を出して、その手の雑誌を手に取る人は少なくなってきている。


 そんな現状を鑑みて、私の上司は今流行りの動画投稿で宣伝をしようと言い出した。正直気乗りしない。私達はその分野は素人以下だ。ネットには掃いて捨てる程、都市伝説系の動画は溢れている。わざわざ雑誌の宣伝動画を見る人など居ないだろう。


 しかし何もしないわけには行かない。このままでは下手をすればリストラ……この広い世界に身一つで投げ出されてしまえば、私のような可愛い子猫ちゃんは一夜を越える事すら難しくなる。


 そうならないためには、なにはともあれネタだ。何か面白いネタを探して宣伝しまくるしかない。そんな私の元に、一つの都市伝説の噂が飛び込んできた。


 その都市伝説とは、とある廃村の噂。

 ぶっちゃけ、廃村自体はそこまで珍しくない。自然災害や土地開発などで、村を捨てて街へ移動する例は少なくない。日本全国に廃村は実は数えきれない程存在している。そこに尾ひれ背ひれが付き、心霊スポットなど騒ぎ立てられているが、ほぼほぼただの廃墟だ。


 だが私が今向かっているのは、世界一美しい廃村と言われている場所。世界一とは大きく出たな、と思わざるを得なかったが、噂ではイタリアの街並みを再現したような村らしい。


 日本でイタリアの廃村。ここだけ聞けば、思わず鼻で笑いながら間違いなくガセネタだとゴミ箱行きだろう。しかしこの噂を雑誌のコミュニティに投稿した人に詳細を尋ねてみた所、奇妙な話を聞く事が出来た。


 その人が言うには、その村には当然ながら誰も住んではいない。しかし廃村とは思えない程に街並みは美しく、建造物も非常に綺麗な状態で保たれていると言う。電話越しに、そんな馬鹿なと言う私へ、投稿者は一枚の写真を送信してきた。それは一人の少女が写った少し寂し気な写真。バックには洒落たカフェのような建物が写っており、まさにその場所が問題の廃村だと言う。


 そして写真が撮影されたのは十五年前。少女は見た目女子高生くらいに見えるが、実はこの少女の行方が、この写真を撮影したのを最後に分からなくなっていると言う。


 勿論私は警察に届けたか? と尋ねた。投稿者は当たり前だと言いつつ、しかしまともに取り合ってもらえなかったと答えた。何故警察はそんな対応に出たのか。問題はこの場所だ。投稿者自身、廃村の大体の位置は分かるが、詳しい場所は分からないのだと言う。彼女が失踪したのは写真を撮影して、投稿者が目を離した数瞬。勿論投稿者は村の中を探索したが、ついに彼女を見つける事が出来ず、何らかの事件に巻き込まれた可能性を考慮して外へ助けを求めた。


 村の中は携帯電話の電波が来ておらず、投稿者は村から出て警察に通報した。しかし再び村へ入ろうとした時、忽然とその村は目の前から消えていたと言う。まるで霧が晴れたかのように、そこには何の変哲もない森が広がっていただけだったらしい。投稿者は警察へとその状況を説明した。最初は少女の捜索が行われたが、投稿者がイタリア風の廃村があっただの、忽然と村が消えただの言い出した事から捜索は中断。警察は投稿者がラリっているか、フザけているかと思ったのだろう。


 私は当時の新聞記事から、その事件が掲載された記事を見つける事が出来た。

 少女の名前は仁山(にやま) (けい)。十七歳、高校生。

 彼女には身内は居らず、どうやら施設で育った子共らしい。

 警察に相手にされない投稿者は、この施設で彼女を育てた人にも相談したらしい。しかし奇妙な事に、その人は少女の事など綺麗さっぱり忘れていたというのだ。投稿者は何度か少女とその人の元へ訪れた事があるらしく、忘れているなどあり得ないという事だった。写真を見せても、少女が施設で過ごしていた記録を見ても、その施設の人間は少女の事を思い出す事は無かったという。


 ここまで来て、投稿者はある仮説を立てた。あの村には一度しか入れず、出てしまえば二度と訪れる事は出来ない。そして村に入ったままの人間は、その存在自体が人々の記憶から消されてしまうと。


 私は正直、話半分でしか聞いていなかった。それはそうだろう。そんな設定の小説を何本か読んだ事があるし、いかにも都合のいい話だ。しかし次に投稿者が放った一言が私を駆り立てた。


『実は……最近ネットの動画でUPされたんです。この村が。そこに……写ってたんです。一瞬だけ……彼女の姿が』






 ※






 道の駅でしばし休息。私は食堂で名物のカツカレーを食しながら、問題の動画を眺めていた。投稿したのは所謂都市伝説系のyoutuber。偶然村を訪れ、撮影した物らしいが……現在この人物ともコンタクトが取れていない。ツイッターやインスタの更新も止まっており、DMを送ってみても当然返信は無い。フォロワー数が少ない為か、あまり騒ぎ立てられていないが、これは立派な失踪事件なのでは……。


 カツをスプーンで一口サイズに切りつつ、ルーをたっぷりかけてご飯と一緒に。中々にルーの味が濃い。辛いではなく濃い。なんというか……学生の給食で食べたカレーを思い出してしまう。


 なにはともあれ動画だ。その動画は十分強。問題の少女が写っているのは後半。私はカレーライスを食べつつ、動画を眺め続け、問題の場面になると目を熟す。この動画は既に何回も再生しているが、何度見ても私の頭にはハテナマークが乱立していた。


 というのも、少女の姿は確かに一瞬……窓に写り込むように撮影されている。この動画を投稿した人物は少女の存在には気づいていない。問題は少女の姿だ。心霊動画のように一瞬だけ写り込んでいるのだが、その姿はあの写真と瓜二つ。


 どう考えても奇妙……というかおかしい。この写真が十五年前の物なのは証明されている。何せ当時の新聞記事に掲載されていた少女の顔写真と全く同じ顔だからだ。しかしこの動画に写っている少女の姿も全く同じ顔。


 つまり何が言いたいのかといえば、この少女は十五年前から全く見た目が変わっていないのだ。この動画が投稿されたのは、ほんの一週間前。もう全てが作り物で、この動画すら私を騙すために作られたものなら納得できるが、そんな労力を惜しまず、見ず知らずの人間にドッキリを仕掛ける暇人は居ないだろう。


「うーん……もしかしてモノホンの幽霊……」


 私は基本的に心霊などの類は信じていない。職業柄、多くは作り物だと知っているし、今まで心霊スポットの類は何度も訪れた事がある。だが未だ摩訶不思議な現象に見舞われてはいない。しかしそんな私だからこそ、この動画に写っている少女には疑問しか浮かばない。何故姿形を変えず村に居続けているのか。例の投稿者は村から脱出する事が出来ているのだ。この少女もさっさと村から出て助けを呼ぶなり……


 そこまで来て私はようやく、とある事に気が付いた。この動画はどうやって投稿されたのだ?

 この動画を投稿した人物とは連絡が取れない。私は村に居続けているものだと思っていたが、最初にこの話を持ってきた彼は、村の中では電波が立っていないと言っていた。携帯の電波すら無い場所ではネットに動画を投稿するなど不可能だ。まさかWifiがあるとも思えないし。


「いや……電話線が残ってる可能性も……」


 いつか廃村マニアから聞いた事がある。電話線が生きている廃村はマイナスポイントだとか言っていた。廃村だからと電話線が消えて無くなるわけじゃない。中には撤去工事の都合上、電気すら来ている廃村もある。と言う事は、この動画を投稿した人物は電話線を経由したのか? しかしそうなると、今度は連絡が取れない事が疑問に思えてくる。ただDMを確認していないだけなら分かるが、こんな辺鄙な廃村に迷い込んだのだ。わざわざ廃村に赴いて動画を投稿するような人物が、ツイッターやインスタに様子を投稿しないなんてあまり考えられない。


 と言う事は別の理由で連絡が取れない?

 つまり、彼自身に何かあったか、機材がぶち壊れたか。せめて後者であってほしいが、こんな事を警察に駆け込んで説明しても捜索などしてくれないだろう。何せ未だ私も懐疑的だ。今もドッキリ説を否定しきれていない。


 私はカツカレーを一気に食し、多少胃もたれを感じつつも愛車に戻り車を走らせる。例の投稿者によると、初めて村に入った時の道があったという場所は……もう目と鼻の先だ。




 ※




 時刻は正午を過ぎ、多少空気が冷えてきた。秋口に入ってきているとはいえ、まだ日中は暑い。しかし念の為上着を持ってきて正解だった。私は件の村の入り口があると言われる付近で車を停め、そこからは徒歩で捜索する事に。ハンディカメラを起動しつつ、ゆっくり山道を歩く。比較的山道は開けていた。ある程度進んでも後方を振り返れば愛車が確認出来る程に。


「なんか……一気に冷えてきたな……」


 上着のセーターの襟元に首を収めつつ、先に進む。すると一台の軽自動車が目に留まった。もしかして動画を投稿した人物の物だろうか。しかしかなり時間が経過しているような雰囲気。ボディには長年雨風に晒されてきたと言わんばかりに汚れていて、ホイールには植物が絡みついている。


 思わず背筋が冷たくなる。本当にこの先へ進んでしまっていいのかと自問自答する。もしかしたら二度と帰って来れないかもしれない。念のため……上司に連絡しておこう。


 上司の携帯電話へとコール。数コール後、渋い声で「もしもし」と応対してきた。


「もしもし、三澤(みざわ)です。例の村の入り口付近まで来ました。ちょっと怖くなって……正直今すぐ帰っておでん食べたい。奢って」


『成果上げたらいくらでも奢ってやるよ。というか珍しいな。心霊スポットにズカズカ踏み込む奴が廃村で怖いだなんて』


 私はここまでで気づいた点、そして長年放置された軽自動車の事を報告した。この車が動画を投稿した人物の物とは思えないが。


『……分かった。なら今すぐ戻ってこい。あまり無茶……』


 その時、一気に電波が悪くなった。突然上司との通話が途切れてしまう。


「あれ? もしもし? もしもし? 切れた……?」


 なんなんだ、突然……。

 しかし戻ってこいと言われた以上……よし、戻ろう。なんか不気味だし。


 そのまま愛車まで引き返そうとした時、先程まで開けていた筈の道が閉じていた。というか完全に先程とは別の場所に居る。軽自動車も無い。


「……え?」


 いや、おかしいおかしい。そんな馬鹿な。鳥肌が止まらない。自然と息も荒くなる。


「嘘……ちょっと……待ってよ」


 スマホのマップで現在位置を確認しようとするが、ネットに繋がっていませんのエラー表示。

 頭が真っ白になる。一体……何が……。


「冗談でしょ……」


 一体何が起きたのか分からず、当たりを見回してみる。すると「こちらへどうぞ」と言わんばかりに舗装された道が。こんな道、当然ながら先程は無かった。

 これはシャレにならない。この先には行ってはいけない。当然のように脳内に響く警告。でもどうする。このままでは遭難する。というかもうしている。私は今自分が何処に居るのか分かっていない。時間が進むにつれ気温も下がるだろう。このままでは不味い。


「……行くしか……ない……?」


 私は一歩……道へと踏み出した。

 一歩踏み出すと、足は勝手に舗装された道を進んでいく。山道と違って歩きやすいからか、脳内で響く「引き返せ」という警告も空しく私の足は淡々と進み続ける。


 そしてその先に、村の入り口と思わしき門が聳え立っていた。見上げる程に背が高い木製の門。


「なんか……凄い綺麗」


 その門は最近作られたかのような、真新しい雰囲気を醸し出している。私が通っていたカトリック系の高校の校門の方が古いくらいだ。


 私は唾を飲み込みつつ、そっと門を押してみる。すると簡単に開く事が出来た。

 開いた傍からモンスターが襲ってくるかもしれない。そんなゲーム脳的な事を考えながら中を覗き込むと、そこには全く別の空間が広がっていた。ここは山の中の筈なのに、何故か背の高い建物がいくつも……というか完全に違う土地だ。この門はどこでもドアか? と思ってしまう程に。


 しかし山の中を彷徨うよりはいいかもしれない。

 そんな考えが私の頭を過った。

 全く未知の空間へと足を踏み込む事への言い訳がその程度とは。


 どうやら、私の頭は非常に都合のいい作りをしているらしい。





 ※





 村の中へと踏み込んだ。いや、村というより街だ。動画で見るより遥かに立派な建造物が立ち並んでいる。しかし人の気配がしない。

 私はハンディカメラを構えながら、ゆっくり歩をすすめる。ふと空を見上げれば、茜色に染め上げられていた。ここに来る前は正午ちょっと過ぎだった筈だ。しかし既に日は落ちかけている。


 しかし……なんというか綺麗だ。茜色に染まる空。その色に染まる街並み。本当にイタリアに来ているかのように錯覚してしまう。私はイタリアに行った事は無いが、憧れた事はある。だからガイドブックやら何やらを読み漁っていた時期があったが、今のこの街並みはまさにそれだ。

 

 門からは少し下り坂になっていて、その先は左右に風情のある建造物が。まるでちょっとお洒落な飲み屋街に迷い込んだようだ。しかし相変わらず人の気配はしない。しかし何処か、心が温かくなってくる。もっと言えばワクワクが止まらない。この街を隅から隅まで探索したい、そんな衝動に駆られてしまう。


 自分を押さえつつ、更に先へ。すると迷路のように、いくつもの階段が。その内の一つ、下る階段を眺めると、船の帆、その先端が微かに見えた。もしかしたら港に繋がっているのだろうか。


「いやいや、港って……」


 当然ながらこの近辺に港など無い筈だ。確かに北陸の比較的海が近い立地ではあるが、海が近いからと言って何処でも漁業が盛んというわけでは無い。どちらかと言えば山の幸の方が有名だった筈。そんな所で私はカツカレーを食べていたわけだが。


 なにはともあれ、どの道を進もうか。階段は全部で七つ。港? に続く階段。路地裏っぽい所に続く階段。そして教会のような建物に続く階段などなど。


「教会……か」


 私はカトリック系の高校を出たからと言って、別に根っからの信者というわけでもない。というか実家は完全に仏教徒。あの高校に入ったのも、志望校に落ちて滑り止めとして確保しておいたからだ。でも私はそこで良かったと心底思っている。何せ周りは超が付くほどのお嬢様ばかり。私はそんなお嬢様が大好きだ。


 まるで漫画の世界だった。お嬢様方は本当に汚れを知らない。極端に言えば、赤ん坊はコウノトリが運んでくると本気で信じている子が居るくらいだ。私は本当に感動してしまった。思わず抱きしめたくなる衝動を抑えつつ、高校三年間、清く純真な環境で心洗われた。


 だからこそ、社会に出てきて絶望した。就職活動に失敗しまくり、今の会社に入れたのも正直奇跡だ。人員不足でブラインドタッチが出来れば誰でもOK! という募集に飛びついたのだ。まあ、だからこそ今こんな目に遭っているのかもしれないが。


「とりあえず教会行ってみるか」


 私は今でもロザリオを肌身離さず持ち歩いている。今もジーンズのポケットにロザリオリングが。それをポケットの上からなぞりつつ、教会の方へと歩を進めた。




 ※




 教会の周りは木々に囲まれ、ちょっとした森になっている。白い柵の内側に静かな存在感を放つ教会。屋根の上には十字架が立てられ、誰がどう見ても教会! という感じだ。

 

「シスターさんが居たら助かるんだけど……」


 淡い希望を抱きつつ、そっと薄く開いている扉から中へ。予想通り非常に綺麗だ。長椅子には埃一つ無いし、ステンドグラスは夕日の茜色で幻想的な光を放っている。もう分かっていたが、ここは現実世界とはかけ離れた場所だ。にわかには信じられないが、もう信じるしかない。埃一つない廃村なんて、廃村マニアが聞いたら爆笑物だろう。


 天井には細かな装飾がされ、祭壇には聖母。私は最前列の長椅子へと腰かけつつ、ジーンズのポケットからロザリオリングを取り出し、指でなぞりながら目を伏せる。


 本来ならもっと混乱して、泣きながら助けを求める物かもしれない。でも不思議とそんな感情は微塵も無い。酷く落ち着いている。なんだったらいつまでもここに居てもいい。そんな風にすら感じてしまう。


 そして同時にあの頃に戻りたい、そんな風にも考えてしまう。

 清く純真な、まるで男子学生が妄想する女子の理想像。私が通った高校にはまさにそんな世界が広がっていた。汚れなど知らないお嬢様が本当に集っていたのだ。私は白鳥の群れの中で、一匹だけ混じったハムスター的存在。美しく羽ばたくお嬢様を羨ましそうに眺めながら、それでも自分は飛べないと理解して、ただ見ているだけで満足していた。ひまわりの種を齧りながら、気持ちよさそうに空を飛ぶお嬢様達を、ただ見ていた。


 中には私を虐めるお嬢様も居た。でも私にとってはご褒美に他ならず、しかもその虐めも可愛すぎる。上履きの中に画びょうを一つだけいれてあるとか、そんなレベルだ。しかも分かりように、踵の部分にこれみよがしに置くだけ。


 だから私は逆に悪戯心が芽生えてしまった。最初は軽い気持ちだった。彼女達がどんな反応をするかなんて分かっていたのに、私は……わざと画びょうを踏みぬいた。


 その時、扉が薄く開く音が。私は思わず扉の方へ振り向くと、翻る白いスカートの先端だけが見えた。そして誰かが走り去る足音も。


「まさか……」


 行方不明の少女? 今一度写真を確認する。その子は白いワンピースに、髪型は黒髪のセミロング。ここにもお嬢様が……とヨダレが垂れそうになるのを堪えつつ、私は教会を後にした。




 ※




 あの少女はこの街でずっと過ごしている。見た目変わらず、そのままの姿で。何故村の外へ脱出しないのか。今でなら分かる気がする。この街は、ある意味では毒だ。甘美な毒が街全体に蔓延している。この魅力に憑りつかれてしまえば、もう外に出ようなんて思わない。


 だからと言って放っておくわけにもいかない。せめて話だけでも聞いておくべきだ。そして少女の事を今でも忘れず、心配している人間が居る事を伝えるべきだろう。その上で彼女がこの街に居続けたいというのなら、もう私に出来る事は何もない。私は黙ってこの街を去ろう。


 教会を出て、足音が去っていったであろう方へと進む。これでも私はFPSを長年プレイしている。足音で今敵が何処にいるかなど、ある程度分かる。だがここのマッピングはまだ終了していない。右上にミニマップが表示されたら便利なのに……と無茶な注文をしつつ、私は少女を追いかける。


 だが闇雲に歩き回っても見つかる筈が無い。そして彼女は来訪者に興味を示している筈だ。何せ、あの動画にもチラっと写っていたと言う事は、きっと新たな来訪者を確認しにきた……という事だろう。もしかしたらわざわざ追いかけなくても、こちらが無害である事をアピールすれば近づいてきてくれるかもしれない。


 しかし無害アピール……何をどうするべきか。ソフトクリーム屋でもあれば、それをエサにしておびき出す事も出来るのに。


「ソフトクリーム……」


 そういえば食料はどうなっているのだろうか。あの少女はこれまで何を食べて過ごしてきたんだ? 私も少し小腹が空いて……無いわ。カツカレーがまだ胃の中で蠢いている。食欲など微塵も無い。しかし少女をおびき出すのに有効な手段は……甘いお菓子。


「探してみるか……」


 高校時代、お嬢様方からお菓子作りを教えて頂いた事がある。それまで私の主食としていたお菓子はコンビニで売ってるポッ〇ーとかだったが、手作りお菓子はマジで美味い。手作りするだけで美味い。不器用な少女が作る歪な形をしたクッキーなど最高すぎるだろう。


 私は街の中で、民家と思わしき扉をノックしてみる。当然返事など無い。次に扉を押してみると、当然のように開き、私を迎い入れてくれる。思わず、ただいまと言ってしまいそうになるが、私は心の中でだけに抑え、キッチンへと。


「えーっと……お、これは砂糖か?」


 紙袋に入った白い粉。怪しすぎるが、私は少し摘まんで舐めてみる。うん、砂糖だ。間違いない。


「あとは……薄力粉があったらマジで助かる」


 祈りつつ棚の中を探してみる。するとそれっぽい粉が入った缶が。再び指で摘まんで感触を確かめてみる。これは……小麦粉か? つまり薄力粉。


「小麦粉と薄力粉が同じって……私は高校まで知らなかったからな……」


 あとは卵があれば完璧だ。パっと見、冷蔵庫らしき物は見当たらない。と言う事は……床下だろうか。私の実家でも床下は冷えるからと、調味料の備蓄などを蓄えていた。卵は流石に冷蔵庫に入れていたが。


 キッチンの床下を軽く叩いて回ってみる。すると床板の一枚が軽い音を奏でた。その床板の隙間に車のキーを刺し、剥がしてみる。すると思った通り、そこには野菜やら何やらが。中には卵もある。


「ん? 魚の干物か? 焼いてビールのつまみに……」


 いかん、ヨダレが。こんな事では駄目だ。今から私はお嬢様をおびき出すのだから。酒臭い奴に近づくお嬢様などあってはならない。なので卵だけ取り出す。


「さて……久しぶりのお菓子作りだ」


 学生時代を思い出しつつ、私は久しぶりのお菓子作りに夢中になってしまう。

 

『三澤さんったら、クッキー作った事無いの? じゃあ教えてあげる。知ってる? 妹にクッキー作りを教えるのは、姉の役目なんだよ?』


 そう自慢げにクッキー作りを教えてくれた同級生のお嬢様。今何しているんだろうか。実家は牧場を経営しているとか言ってたから……





 ※





 学生時代の思い出を、脳内で再生しながら作業に没頭する。あとは焼くだけだ。そして焼いた時が一番、甘い香りが周囲に散布される。これで少女をおびき出せなかったら……どうしよう。諦めようか。諦めて教会で一人、クッキーを食べながらまた妄想しよう。


「……しかし石釜か……一応研修で使った事はあるけど……」


 この街には電子機器は無いのか? オーブンがあれば一番楽だったのに。まあいい、石釜で焼いたクッキーなんて美味しいに決まってる。甘い香りも倍増の筈だ、たぶん。


 幸い……というか私は喫煙者。ライターは常備していた為、火は簡単に付ける事が出来た。薪も家の中に常備してあったし、もういたれりつくせりだ。


 火のついた石釜へと、クッキー生地を投入。オーブンでやれば十分程度で焼き上がるが、石釜の場合はどのくらいだったか。確か研修で教えてくれた先輩は……


『適当ダゼ』


 あぁ、頼りにならん先輩ダゼ……。

 まあいい、とりあえず焦がさんようにだけ注意すればいいだろうし。っていうかそれが全てだ。




 ※




 甘い香りが漂ってきた。そして芳ばしい。薪の香りが漂う手作りクッキーなんて美味しいに決まってる。石窯の蓋を開けると、更に芳ばしい香りが。本当はバターもあれば良かったが、生憎見当たらなかった。しかし問題ない。この香りだけで私はお腹一杯だ。


「よし……冷ますついでに一服……」


 外に出て煙草に火をつける。空は相変わらず茜色。最初にここへ入ってきた時から一向に変わる気配が無い。もう何があっても驚きはしないが、きっとここはずっとこの空なんだろう。まるで永遠に秋という季節が続く土地のようだ。確か昔読んだ小説に、そんな街が登場していた。妖精に誘われるがままに訪れ、そのまま居ついてしまいたいと思った主人公は唐突に追い出されてしまう。広い世界が怖くなり、最後はその街を夢想するあまり自分の世界へ閉じこもってしまった。


 もう一度、もう一度だけあの街に行きたい。そう願いながら。


「はぁーっ……私もそうなるのかな……」


 既に私は思い始めている。この街でずっと過ごす事が出来るならそうしたいと。でも現実的にそれは無理な話だ。私には家族もいるし、上司も心配するだろう。戻っておでんを奢らせてやらねば。


「煙草……体に悪いよ」


 その時、突然声を掛けられた。ゆっくり声がする方へ顔を向けると、そこには白いワンピースの少女。


「……そう、だね」


 私は少女の助言通り、携帯灰皿へと煙草を捨てつつ……クッキー食べる? と家の中へと招いた。





 ※





 家の棚には紅茶らしき茶葉もあり、私はそれを淹れて少女へと。ちなみに水は少女が汲んできてくれた。どうやら近くに井戸があるらしい。


 私は少女へとクッキーを勧めつつ、携帯で少女との会話を録音する事にした。もし少女がここで過ごしたいと主張するならば、それを例の投稿者へ聞かせてやろう。少女が元気に過ごしていると知れば踏ん切りがつくかもしれない。


「私は三澤 藍子。君の名は?」


 思わず超有名映画タイトルを言い放ってしまったが、他意は無い。


「……仁山(にやま) (けい)です」


 やはりこの少女で間違いないようだ。新聞記事に掲載されていた、行方不明の少女。

 とりあえず聞きたい事は山ほどあるが、まずはここに来た経緯から聞こう。


「圭ちゃんは……ずっとここに住んでるの?」


 私の質問に首を横に振る少女。

 

「ちょっと前に……友達と一緒に……」


 ……ちょっと前?

 彼女が疾走して十五年。ちょっと前とは言えない筈だが。

 しかし見た目がそのままの少女。そして変わらない空模様。

 何となくだが、私は予想していた筈だ。

 この世界では時間が遅滞していると。


「どうして……帰らないの?」


 私は少女へと、何故この村に居続けているのかと尋ねた。

 だが時間が遅滞しているのなら、少女にとっては然程時間は経過していない。

 どうしてと尋ねられても……答えなど無いかもれいない。


「……何度も帰ろうとしたけど……怖くて出来ないから……」


「怖いって……何が?」


 少女はまるで、あの小説の主人公のようだ。

 あの街へもう一度行きたいと願った、あの主人公のように街から出る事を拒んでいる。


「この街から出ると、もう入れないから……」


「それは……どうして分かるの?」


 もう二度と訪れる事は出来ない。それは出て行った者にしか分からない筈だ。

 なのに何故、少女はそれを理解しているのか。


「さっき、お姉さんみたいにカメラを持った人が来てて……」


 動画の投稿者か。


「その人は一度出て行ったんだけど……動画を投稿してくるって」


「でも……戻ってこなかった?」


 頷く少女。

 という事は動画の投稿者は現実世界に戻っていると言う事か。

 しかしそれなら何故連絡が取れない? 


「その人の他には誰か来た?」


 首を振る少女。他に人間は見ていないと言う事だ。

 あまり考えたくは無いが、動画の投稿者はここから出た後、山で遭難でもして……


「お姉さんは……ここにずっといるの?」


 その時、少女はそんな事を言ってきた。

 私は……ずっと居るなんて事は出来ない。

 外には家族も友人も……おでんを奢ってくれる上司もいる。


「私は……帰るかな。圭ちゃんは……帰らないの? 外の世界には圭ちゃんの事を心配してる人が……」


「……私は……ここに居たい」


 まあ、予想した通りの返答。

 だが証言が取れた。これで……とりあえずは目的は達成だ。


 最初は雑誌のネタ探しでここを探していたわけだが、こんな奇想天外な奇天烈世界の事など誰も信じないだろう。まだ山でツチノコを見たと言った方がマシなレベルだ。


 そのまま私と圭ちゃんはクッキーを頬張りつつ、雑談に花を咲かせた。

 この街の事、外の世界では十五年という月日が流れているという事などを。


「十五年も経っちゃったんだ。凄い、外の世界は時間の流れが速いんだ」


「そうだよ、だからこのままここに居たら……」


 いや、待て。

 ちょっと待て。


 私は既にこの街に来て一時間……いや、もっと。

 携帯の時計は午後五時と表示してある。確か正午過ぎに山に入って……そこからこの街の入り口を見つけて入ったんだから、余裕で三時間、下手をしたら四時間は過ごしているんじゃ……


「け、圭ちゃん……ここに来たの、どのくらい前? 大体でいいんだけど……」


 私は祈る。

 圭ちゃんが……せめて一か月とか言ってくれれば、私が過ごした時間など大した事は……


「……ちょっと前、二、三時間くらい前……」






 ※






 私は呆然としていた。圭ちゃんがここで過ごした時間は私と大して変わらない。つまり外の世界では既に十年以上の月日が流れていると言う事か?


 まさか……来るときに見たあの軽自動車は本当に動画投稿者の物で、彼が村から出た時には既に十年以上経っていて……つまり彼が現実世界からコチラの世界に来たのは、圭ちゃんと大して変わらない時期だ。最近になって動画が投稿されたのは、彼がコチラの世界で数時間過ごしている内に、現実世界では十年以上経過していたから?


 圭ちゃんにとって、私と動画投稿者は大して変わらないタイミングで街を訪れたという感覚だろう。圭ちゃんは時計などの物は持っていない。だから二、三時間というのも体感。実際どのくらいかは分からないが、私は更にそこから数時間過ごしているのだ。下手をすれば十五年どころじゃない。現実世界では既に何十年も経過しているかもしれない。


 そして更に……現実世界で私の存在は忘れ去られている可能性がある。親族も友人も上司も……私の存在を忘れている。最初にこの話を持ってきた彼が少女の存在を覚えていたのは、この街に一瞬でも入ったから? 


 その時、少女と私が居る民家の扉を叩く音が。

 思わず私と少女は驚いて腰が抜けそうになる。また誰かが来たのか?


「だ、誰?」


 私は扉の向こうへとそう尋ねた。

 すると、向こう側から酷く慌てた声で


「あぁ、この村にも人が居たんだ……すみません! 女の子を探してるんです! 高校生くらいの白いワンピースを着た……」


公孝(きみたか)?」


 女の子がそう尋ねると、勢いよく扉を開けて男が入ってきた。

 その男は女の子を見ると安心したように大きく溜息を吐きながら、床へと膝をつく。


「良かった……お前、いきなり居なくなるなよ。びっくりするだろうが」


「あぁ、ごめん。あれ? でも……公孝、この街から出たんじゃないの?」


 私の頭にはハテナマークが乱立している。

 少女を探してまわっている男。これはまるで……あの投稿者から聞いた話そのものじゃないか。

 

 何故……彼がこの街に未だに居る?


「あ? 出てないぞ。お前残して出るわけないだろうが。ほら、さっさと帰るぞ」


「や、やだ、待って、待って!」


 少女の手を引き男は立ち去ろうとする。

 私は思わず、その少女と男の間に割って入った。何かがおかしい。


「な、なんですか、あんた」


「貴方……私に連絡してきた人だよね。ほら、この写真送ってきた……」


 私は送られてきた写真を男へと見せた。少女が写っている、あの写真だ。


「ん?! な、なんでこの写真をお姉さんが……まだ現像すらしてないのに……え? どゆこと?」


 それはこちらが聞きたい。もうわけが分からない。

 ふと、男の左手に腕時計が付いている事に気がついた。私は思わず左腕をとり、時計の時刻を確認する。


「……七時五十分……ねえ、これ午前? 午後? どっち?」


「はぁ?! 午後に決まってるでしょ。何言ってんのアンタ」


 午後七時。でも私の携帯は午後五時を表示している。

 いや、それは街に入ってきた時の差だろうが……この男とほんの少し会話しただけなのに、私は猛烈な違和感を感じた。どちらかと言えば、この男の方が正常……と感じたのだ。


 何が言いたいのかといえば、少女はこの世界に来て数時間しか経過していないというのに、まるで全て理解したかのような口ぶりだった。井戸の位置も把握し、さらにその水が飲めると言う事も知っていて、この街から出れば二度と入れないというのも理解している。


 そうだ、よく考えたら違和感しかない。

 動画の投稿者が戻ってこなかった、でもそれは少女にとって数分前、数十分前の話の筈だ。それでまるで二度と戻ってこなかったと言い切るには早計過ぎないか?


 つまり、この少女は……


 私はゆっくり少女へと振り返る。

 少女は優しい笑顔を私に向けてきた。


「この街、好きでしょ? お姉さん」


 そうして……私の意識は暗闇に落ちて行った。





 ※





 高校の頃、私は可愛い虐めにあっていた。相手はクラスの中でリーダー風を吹かせているお嬢様。それでも私にとっては可愛いだけの存在。虐めの内容が上履きに画びょうだけなど、今時の小学生以下だ。


 私は悪戯心が芽生えてしまった。

 もし、このこれみよがしな画びょうを本当に踏み抜いてしまったら……あのお嬢様はどんな顔をしてくれるのだろう。もしかしたら焦って泣いてしまうかもしれない。もし泣いてしまったら……私は優しく慰めてあげよう。


 上履きを床に置き、思い切り足の裏で画びょうを踏み抜いた。その瞬間走る鋭い痛み。思わず声が出て、そのまま膝を付きながら床へ伏せた。


「どうしたの、大丈夫?」


 すぐに仲良くしていた女子が駆け付けてくれて、私の足の裏に刺さった画びょうを見ると悲鳴を上げた。そんな大げさな……と思いつつも、私は痛い、痛いと泣いたフリをした。


 その後、この事は大問題になった。陰湿で最悪な行為だと、全校生徒に知れ渡る事になる。私はここまで大事になるとは思ってもいなかった。だから……あんなことになるなんて思わなかったんだ。


 



 ※




 

 目を覚ますと、そこには綺麗なステンドグラス。

 私は教会の長椅子に寝かせられていた。後頭部には柔らかくて暖かい感触。


「おはよう。三澤さん」


「…………」


 私は膝枕されていた。しかもその女子は……私の靴に画びょうを入れた……あのお嬢様。


「ずっと……こうしたかったの。私は三澤さんの事が大好きだったから」


「……なんで?」


 思わず涙が出てくる。

 高校で大問題になった、靴に画びょう事件。

 その実行犯であるお嬢様……今目の前にいるこのお嬢様は……


 最悪の罪を犯したと……首を釣って自殺した。

 

 宿舎の屋根裏で……たった一人で。


「三澤さんの手作りクッキー、美味しかったわ。今度また一緒に作ってくれる?」


「……なんで……死んじゃったの……?」


 終わった事を蒸し返すように、疑問を投げかける私。

 私は辛い記憶に蓋をしていた。高校時代、華やかな雰囲気で包まれていたと誤魔化しながら。


 カトリックでは自殺は罪だと教えられている。

 私達の体は親から、神から授かった物だ。だから自分で破壊する権利など無い。

 

 そして目の前のお嬢様は根っからのキリスト教徒。そんなお嬢様が自殺を選ぶ程に……自分の罪は最悪な行為と自覚してしまった。その切っ掛けを、私が作った。


「……三澤さんは何も悪くないわ。悪いのは……私なんだから。でもごめんね、もう一度だけ……私は三澤さんに会いたくて……」


 私に会う為に?

 こんな辺鄙な世界を作って……?


 あぁ、ドッキリ説……あながち間違っちゃいなかった。

 

「もしかして……あの女の子も……動画の投稿者も……」


「全部仕込みだよ。ここに来たのは事実だけど、皆普通に暮らしてるから……心配しないで」


 全部……仕込み?

 本当に……そうなんだろうか。これまでの事が……全て……?


「三澤さん、大丈夫だよ。今この街を出ても……十年も二十年も経ってるわけじゃないから。帰っても大丈夫だよ」


 帰っても……?

 帰っていいのか?


 こんな盛大なドッキリを仕込んでおいて……せっかく目的だった私を捕まえたのに……もう帰らせてしまっていいのか?


 花の高校生活。

 自殺したお嬢様。その切っ掛けを作った私。そしてそれを私は綺麗さっぱり忘れ、記憶に蓋をしてきた。


 でも……今全て思い出した。

 何故こんな大切な事を忘れてしまっていたのか。


「ごめん……なさい……」


「三澤さん? 何で謝るの? 別に……」


「ずっとここに居るから……一緒に居るから……」


 途端に涙が止まらなくなった。

 私のせいでお嬢様が一人、亡くなった。しかも自殺という形で。

 最悪な罪を犯したのは私の方だ。ずっと、ずっと……私はこの想いを背負っていくべきだったんだ。


 でも私は忘れた。都合の悪い事は全部。


「一緒に居させて……ずっと、ずっと一緒に……」


 気が付けば、お嬢様のお腹に抱き着いて懇願していた。

 お嬢様は優しく私の頭を撫でてくれる。


「……わかった、分かったから……泣き止んで頂戴……三澤さんは何も悪くないわ。私が……三澤さんを虐めてたんだから」


 違う、あんな可愛い虐め、私にとってはご褒美同然。

 だから私は更にご褒美をもらおうと欲を出した。あわよくば……私が怪我をしてショックを受けている貴方の顔が見たくて……


「ずっと……一緒に居てくれる?」


「うん……ずっと……一緒に居る……」


 


 ※




『では次のニュースです。本日午後八時頃、〇〇県〇〇市の山中から、白骨化した遺体が発見されました。詳しい身元などは不明ですが、警察の鑑識によりますと男性の遺体だと言う事です。そしてこの現場付近で、乗り捨てられたSUV車が発見され、警察では関連を調べています』




 



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