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第16話、202×年、GINZA〜『令和事変』その6

『──緊急放送、緊急放送、現時刻をもちまして、このセント=ローリング国際病院は、完全に我が神聖帝国「ёシェーカーёワルド」騎士団の支配下に置かれました。「同志」の諸君は速やかに、すべてのニッポン人の抹殺に取りかかってください』




 病院内のすべてのフロアに設置されているスピーカーから一斉に聞こえていた、いかにもおっとりとした女性の声による、あまりに衝撃的な内容が、むしろこちらの恐怖心をあおり立てた。




『──あっ、それから、放火だけは厳禁です! 繰り返します、放火だけは厳禁です! 作戦遂行上、いろいろと支障をきたしますので、絶対にやめてください!』


 その、無差別テロ集団にあるまじき、常識的な追加の言葉に、思わず首をひねるものの、今はそんな余計なことを考えている暇なぞ無いのを思い出し、ナース服のスカートを翻しながら疾走し続けた。


「──どうした、()君、怪訝な表情をして?」


「あ、いえ、何でもありません、とう先生」


「そうか、それならいいが、とにかく急ごう、早くこの病院ビルから、脱出しなければ!」


「ええ、放火だけは絶対にあり得ないのが、せめてもの救いですよね」


「……いや、むしろそれは、我々全員を一気に一網打尽にするよりも、一人一人じわじわとなぶり殺しにするつもりだという、残虐極まる宣言なんじゃないかな?」


「あり得ますね、連中ときたら、まるで血も涙も無い、『鬼畜生』そのものですしね。特に産婦人科の有り様ときたら、人間のすることではありませんよ!」


「まさか、胎児が、あんなことに…………くうっ、これ以上は、私の口からは、とても言えない!」


「どうして、どうしてなんですか? どうして昨日までは同じ病院の仲間として、医者も看護婦も患者さんたちも、お互いに仲良く笑い合っていたのに、今日になって大勢の人たちが、()()()()()()()()()()()()、こんな残虐なことをし始めるなんて!」


 ──そうなのである、すみ区寄りの中央区に所在する高層ビルからなる当院において、本日(ぎん)を舞台とする一般民衆の暴動に端を発して、それを鎮圧しに出動してきた自衛隊の一部の部隊によるクーデターまでもが引き起こされて、そのため生じた多数のけが人を受け入れる準備をしているまさにそのなかに、当院内においても大勢の患者さんが突然暴れ始めたかと思ったら、一部の医師や看護婦等の医療スタッフまでもが、患者や同じ職場の仲間たちを、手にかけようとしてきたのだ。




 完全に知性や理性を失い野獣そのままで暴れ回る、患者たちも、冷静に自分の担当患者の生命維持装置のスイッチを切って回る、看護婦たちも、メスや劇薬の入った注射器等で的確に患者の命を奪っていく、医師たちも、誰もが顔見知りの親しい間柄であったからこそ、その異常さと残虐さとがいや増した。




「……元々狂った思想を持っていた宗教団体か、外国の工作員とかが、医者や看護婦や患者として、素性を偽って潜り込んでいて、今回の銀座の大規模武装蜂起と呼応して、テロ活動を開始したのかもな。──何にせよ、よりによって病院において、このようなことをしでかすなどとは、けして許されざる蛮行以外の何物でも無いよ!」


 そのように、仕事柄子供好きで心優しく、私たち看護婦の間でも人気者だった伊藤先生が、怒りに表情を歪ませて、悲痛にわめき立てた──その刹那であった。




「──何を言っているんですか? 私たちの世界を侵略して、やりたい放題やったのは、あなたたちのほうが先ではありませんか」




 突然、非常階段の入り口手前のホールにて、響き渡って声に振り向けば、そこには白衣を鮮血で真っ赤に染め上げ、両手に鋭いメスを握りしめた、三十がらみの男性が、縁なし眼鏡の奥の瞳を狂気の光でギラつかせながら、立ちはだかっていた。


「「──っ。産婦人科の、すず先生⁉」」


「スズキ? いや違うね。私は神聖帝国騎士団第二小隊長、ヤン=デレ=スキーと申す者だよ」


「えっ、先生、中二病だったのですか⁉」


「……佐々木君、むやみにこの場の雰囲気をぶち壊すような発言は、慎みたまえ。 ──それよりも、鈴木先生、その両手の血まみれのメスって」




「ふふふ、少し予定日より早かったんですが、すべてのお子さんを、この世に『誕生』させてあげたのですよ。──下手して将来、異世界にやって来ないようにね」




「……何て、ことを。──鬼! あなたは鬼よ!」


「いや、待て、何だねその、『異世界』というのは?」


 その瞬間、薄ら笑いを消し去り、憤怒で歪んだ表情となる、元産婦人科医師。




「だから言ったでしょう、『我々の世界』に手を出したのは、あなたたちのほうが、先だって。──そう、これはあくまでも、『復讐』なのですよ。『異世界転生』だの『異世界転移』だのと、ふざけたことを言って、人間並みの知恵のついた蜘蛛やスライムを大量発生させたり、更には『NAISEI』とか言って政治社会システムをむちゃくちゃにしたり、あげくの果てには、オーバーテクノロジーの『ゲンダイ兵器』とやらを大量生産して大戦争を引き起こしたりして、罪も無い大勢の人々を殺戮した、あなたたち『ゲンダイニッポン人』へのね」




 ………………………………は?


 な、何よ、鈴木先生ったら、『異世界転生』とか『蜘蛛やスライム』とか、一体何を言い出しているのよ?


 まさか、現在病院内で暴れまくっている人たちって、本当に全員、中二病か何かじゃないでしょうね?


「……そうか、異世界転生か。鈴木先生、それってWeb小説とかの、若者向けの創作物の、話じゃないんですか?」


「な、何ですか、Web小説って? どうしてここに、フィクションの話が出てくるのですか?」


「私も良く知らないが、今ネット上では、日本から何の取り柄もない普通の人間が、突然大した理由も無く異世界に行ってしまうという、素人小説が、大流行なんだそうなんだよ」


「──ちょっ、まさか鈴木先生ってば、そんな馬鹿げた小説の読み過ぎで、妄想癖にでもなってしまったのですか⁉」




「……君たちにとっては、小説や妄想のようなものに過ぎないだろうが、私たちにとってはあくまでも、『現実』なのだよ。──私の生まれた村が、ニッポンから転生してきた魂に乗っ取られて悪知恵のついた、蜘蛛のモンスターの大群によって、あっけなく滅ぼされたようにね」




 ──ヤバい、先生ったら、目がマジだ。


 ええー、私たち、こんなわけのわからない妄想話のために、殺されてしまうわけ?




「……さあ、小児科のドクターにナース君、私が胎児のままに送り込んだ、可愛い可愛い天使のようなベイビーたちが、天国でお待ちかねだろうから、すぐに会いに行かせて差し上げますよ」




 ──そう言い終えた、まさにその時、彼が構えたメスが、地獄の劫火のごとく、真っ赤に煌めいたのであった。

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