迷いは信じる故のもの
書けたので投稿します!! 次の投稿は週末になる予定です!!
森の小道を男を連れた獣人たちが歩いてくる。段々と近づいてくる声を前に、シイロは自然と体が震えていた。
話がうっすらとだが聞こえてくる。どうやら男と手をつなぐつながないでもめているようだ。
くそ。シイロは今すぐ道に飛び出して男の胸に飛び込みたい衝動に駆られていたが、どうにか理性と思考でそれを抑えていた。今ばれてしまっては全てが水の泡である。シイロの予知とクオンの看破で情報面ならばかなりのアドバンテージをとっているし、大丈夫だとシイロは自らに言い聞かせた。きっとあのポジションを奪える、と。
そして獣人たちがほぼシイロとクオンの前に差し掛かったとき、それは起きた。
獣人の一人が叫んだのである。
「違う!! ほんとに違うの!! 周りに誰かいるの!!」
周りに誰かいる。シイロとクオンはその言葉にびくりと肩を震わせる。その言葉を放ったのは、三毛猫の小さい方、「野生の勘」を持つ少女である。即座に、シイロはその能力により私たちが狙っていることがばれたことを悟る。
状況は悪くなった。
そしてそれを皮切りに獣人たちは男を守るために、男を囲むような形でフォーメイションを組んだ。
「どうしよう…シイロ?」
クオンが小声で不安を吐露する。シイロはしばらく考えた後、こう言う。
「大丈夫。まだ私たちの居場所はバレていない」
シイロは口ではこう言ったものの、内心焦っていた。しかしまだ相手側は漠然とした情報しかつかんでいないはずだ。そう自身に言い聞かせる。
「どこだ、出てこい!」
大きい方の獣人の言葉をシイロは聞く。
どこだ。つまり相手はシイロたちの場所が分かっていない。シイロは胸をなでおろす。クオンは胸に手を当てほっと息をついた。
今のところどこに潜んでいるか気づかれてはいない。シイロたちの負け筋はシイロとクオンの居場所がばれ、武闘派で無い二人が倒されてしまうことだ。しかしどうやらまだリカバリーできそうだ、とシイロは考える。
また、小さい方の三毛猫が一番先に気づいたことや、気配に気付くのみだったことから、相手は「野生の勘」の能力が発動したと考えられる。状況証拠からそれは確実であり、また気配に気づくのみといことは、まだシイロたちの作戦は生きていた。
シイロはマーガレットたちがこれに気づき、そのまま構わず作戦を実行することを願う。しかし、次に獣人たちの放った言葉に、シイロの思考は加速する。
「ラビは私と一緒に辺りを警戒して、私が合図したらなりふり構わず能力を使って里まで転移しろ!」
「はい!」
「私は周りを警戒して、予知できたら言うね!」
…転移!!!!!
転移とは瞬間移動のことだろう。そしてそれを三毛猫に言われた兎の能力名は「ジャンプ」。おそらくジャンプをトリガーとした転移能力者だ。
やられた!! マーガレットが姿を現した途端に、男もろとも転移して里に逃げ込まれるかもしれない。里に逃げ込まれたら絶望的だ。シイロたち程度の人数では男を助け出せないだろう。指をくわえてみていることしかできなくなる。
くそ!! シイロは下唇を噛むほどに焦っていた。
「どうしよう、…シイロ。作戦は?」
クオンは不安げにシイロに呼びかける。
シイロはその言葉に思考の海に沈む。
作戦はどうするのか、中止か変更か実行か。
シイロはまず中止を視野から外す。論外だ。すぐそこに男が性獣にさらわれているのをどうして黙って見ていられよう!? もし黙って見過ごす女がいたら、そいつは男といる資格がない。
ならば変更か?
確かにこのままいけば、マーガレットが現れた時点で獣人たちは男を転移で避難させてしまうかもしれない。だからそれではだめだ。もっと良い作戦は無いのか?
どうする。どうしたらよい。何か。何か見落としている気がする。
シイロは深く思考を巡らす。事実、シイロは焦りと興奮からか初歩的なことを見逃していた。
また、「野生の勘」を持つ少女は「予知できたら」と言った。つまり「野生の勘」は数秒後が何となく分かる能力なのかもしれない。そしてその能力によって、姿を現したマーガレットを見て、その未来を回避したのかもしれない。
新しい作戦を考えろ。
シイロは自らの能力のように、未来を知ることができることの厄介さを知る。
どうしたら良い? このまま警戒されていたら作戦は失敗するだろう。
考えろ。
「野生の勘」で相手に予知されるというのが手痛い。それにより、未来にマーガレットが襲う姿が見られては…。
待て。何かがおかしい。
予知できるのならば、なぜマーガレットの居場所が分からない? なぜ居場所に見当がつかず、全方位を探しているんだ?
兎と大きい三毛猫の獣人は今も男を守り、ショートカットの三毛猫の方は、きょろきょろと辺りを見回している。
予知ができて、相手が襲ってくる映像がみえたのなら、マーガレットの居場所はバレているはずだ。あと、アイシャとの挟み撃ちの光景を見ていたのなら、それを味方に伝えて警戒させるはずだ。
それをしないということは、本当の能力は予知ではない!?
あくまで予感だ!!
考えてみればそうだ。相手の能力の名前は「野生の勘」であり、とても予知のできる名前では無い。
相手が「予知出来たら」と言ったことから、変に身構えてしまった。偏見のかからなくなった目でもう一度相手を見てみるとよく分かる。
相手は未来が見えるわけでは無い!! これは、ハッタリだ!!
「大丈夫、予知はハッタリ」
「! そうだとしても…兎に転移されたら逃げられちゃうよ」
次なるクオンの懸念にシイロは歯噛みする。
それはそうだ。相手の能力が予知できないと分かっても、兎の少女に男を連れ去られたら元も子もない。
くそ、頭が回らない。焦りからだろうか。
兎に転移を使わせない方法。考えろ。
ハッタリをかけられて焦っているのだろうか。確かにハッタリをこの一瞬にかけられるなんて、相手は相当頭が回る。どうすれば出し抜けるだろう。
シイロは思案を続ける。
ハッタリ。自分のカードを強くみせる方法。
「ジャンプ」。兎の転移能力者
獣人の里。
男。
ナナシと人間の取引。直前の男との遭遇。
シイロの脳内をたくさんの情報が駆け巡る。そしてシイロの脳みそは無意識のうちに一つの回答を見つけ出した。
「…なんでこんな簡単なことに気づいかなかったんだ!」
シイロはひらめいた。兎の転移能力者は転移できない!
「どうしたのシイロ」
クオンが心配そうにシイロに問いかける。
「分かったんだ。兎は転移できない。だって、転移できるなら男を捕まえた時点で獣人の里に転移するはずだろ?」
そう、見落としていたのはそこなのだ。獣人のグループが男を見つけ、里に送る部隊と取引をする部隊に別れた。そのときすでに転移能力と分断は矛盾している。だって兎に男を里まで転移させ、その後取引を予定通りすればいいだけなのだから。
どうしてこんなことが分からなかったのだろう。シイロは悔しがる。
「! そうね! じゃあ」
「あいつらの言ったことは全てハッタリってこと」
クオンはシイロの一言に納得する。
ならば、作戦通りいけばいいだけだ。「野生の勘」は予知ではなく、兎の「ジャンプ」は今この場で転移できるものでは無い。後の問題はマーガレットがこれに気づくかどうか。
私は前に出ない方が良いだろう。なぜならアイシャの「黒雷」は速度が走るのよりも遅いので、死角である背後から打った方が良い。だからできるだけ作戦をそのまま実行しろ、とマーガレットに言うのはしたくない。
しかしこれを伝えなければどうなるか。もしかしたらマーガレットが自身で作戦を変更するかもしれない。マーガレットが判断するしかないのだ。
どうする? どちらの不確定要素をとる?
シイロが道に出ることで獣人とアイシャの位置関係が変わってしまうことか。
それともマーガレットが私を信じず、作戦を変えてしまうことか。
少し悩んだ末、シイロは道の横に待機してマーガレットが自分を信じてくれることを信じることにする。
「お願い! マーガレット、そのまま出て」
シイロのつぶやきはマーガレットに聞こえることは無い。そしてこの時点では、マーガレットがどちらを選択するのかは、マーガレットしか知らない。