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日常は非日常の始まり



眠りから覚めそうで覚めないまどろみのときが一番気持ちいいとシイロは思う。それは大多数の人間がよく持っている持論だと思ってもいたが、自分ほどそのときを有難がる人はいないとも考える。


それはシイロの持つ能力によるものだった。


「先見の明」はシイロの持つ予知能力だ。突発的に発生する頭痛とともに、一瞬だけ未来の光景が見えるというものだ。その未来はたいていシイロにとって利益になるもので、その未来に至るためにシイロがとるべき行動もうっすらと分かる。


しかし「先見の明」の発動時の頭痛がひどいのだ。そして「先見の明」はいつでも発生する可能性のあるものの、朝起きる直前に起きるパターンが一番多い。


そのため朝、夢と現実の間を彷徨う心地の良い時間を味わえることは少ない。だからこそシイロはこの能力が少し嫌でもあった。まあ予知がとても良い結果を導くことも多々あったので、本当に拒否感があるわけではない。払わなければならない代償としてとらえていた。


しかしある日を境に、シイロはこの能力に感謝し続けることになる。



〇〇〇



夢の中。


呆然と、漠然と、心地よい感覚が流れるのを知覚していたシイロは、この日も襲ってくる痛みに顔をしかめながら目を覚ました。


「チッ」


舌打ちを短く打つ。なにかとてつもない程の良い夢を見ていたような気がする。しかし頭のなかに白い靄がかかったように夢の内容までは思い出せない。


なんだっけ。なにか大切なことを忘れている気がする。そうシイロは思ったものの、しばらく経ってから「先見の明」による予知を思い出すのはいつものことなので、焦りはしなかった。


しかしシイロはどこか浮足立ったような、お腹の中で風船が膨らむような感覚を感じていた。


「なんか…こーふんしてる…?」


そこでシイロは自らの口周りが何かでカピカピとしていることに、口の中が鉄臭いことに気づく。


「えっ! …何!?」


口の周りをぬぐってみると、手になにか茶色い粉末とペースト状の赤い何かがついた。


「はなぢ、でちゃった」




その後起床したシイロは、鏡に映る鼻血まみれ自分の顔に驚きながらも顔を洗い、血を洗い流す。そして歯ブラシで口の中の不快な粘膜をブラッシングで洗い落とす。


そうして身づくろいをしながらも、シイロは今朝の不自然な鼻血に思いをはせる。いままでにこんなことは無かった。仲間のうちの変態な奴はよく夢に男が出てきて鼻血を出しているが、シイロは今まで睡眠中に鼻血を出すことは無かったし、自分の性格上無いものだと思っていた。体調不良かもしれないとシイロは結論する。未だ夢の内容は霞がかっていて思い出せない。


そして洗面台をあとにして、仲間たちの待つ食堂に向かう。


ここは世間からあぶれた、またはコミュニティを離れた女が集うコミュニティだ。三階建ての、この廃墟を拠点にしている。シイロの自室は三階の端っこにある、ガラス棚の沢山ある部屋だ。そこには水をろ過する装置や洗面台が備わっていて、シイロは雨水を再利用して使っていた。屋上にも同じような設備があるので、仲間たちはそちらを使っているが。


一階の食堂にはすでにほとんどのメンバーが集まっていた。食事係のクオンをはじめ、ライアやマーガレットがいる。


「おはよう」

「おはようございます、シイロ」

「おはよう、シーロ」

「おう、おはよう!」


シイロのあいさつに三者三様のあいさつが返る。食事係のクオンはてきぱきと朝食の準備をしており、それを二人が手伝っていた。


「アイシャは?」

「あいつまだ寝てやがる。起こしてくるわ」


マーガレットはその容姿や、その名前の響きからして誤解されがちだが、とても勝気な性格で活発だ。だからこそ寝坊したアイシャをたたき起こすのに何のためらいもない。しばらくしたらアイシャの悲鳴が聞こえてくるだろう。まあ毎朝寝坊するアイシャも悪いので自業自得だとシイロは思うが。


名は体を表すということわざがあるが、マーガレットはそれに当てはまらない。マーガレットはまっすぐな黒い髪の毛を肩を越える長さまで伸ばした、大和撫子然とした少女だが、実際は喧嘩っ早い攻撃的な性格だ。そしてその能力が「拳ファンタスティック」ということからも分かるように、素手の勝負なら負けることは無い。負けることを見たこともないし、想像も出来ないというか、シイロの中ではあまり関わりたくないランキング上位に選ばれていた。シイロ自身が体が弱いことも相まって、烈火の如きマーガレットを好きになれないのだ。


「あーあ、行っちゃったー」

「アイシャも起きればいいのに…」

「ほんとそれ」


マーガレットの出て行ったドアの方を見ながらライアは間延びした口調で言った。ライアはふんわりとした茶髪を後ろで一つに結んだ少女だ。能力の「スライム」は体から粘液を出せたり、傷の治りが早くなったりするという特性をもつ。ライアはそんな万能でどこでも活躍できる能力を持ち、いつも頼りになる少女だ。シイロはライアを信頼していた。


また「スライム」の能力はどうやら首を切断されても大丈夫らしい。以前ライアはシイロにそう言っていたが、試したことはないらしい。なぜ試したこともないのに分かるかというと、感覚で大丈夫だと分かるらしい。シイロはまだ半信半疑だが。


そしていつもこの廃墟での料理を担当しているのが、クオンだ。クオンは灰色の髪を持つ、みんなの姉的存在だ。廃墟のみんなから好かれており、自分たちに父親がいたらこんな感じかもしれない、とシイロは思う。クオンは目に映ったものの情報を得ることができる「看破眼」を持っている。それによっておおよそのものの名前を知ることができたり、皆の能力の名前を知ることができた。


ちなみに目もすごくいい。しかしそんなクオンはメガネをかけている。前になぜ目がいいのにメガネをかけているのかとシイロが聞いたところ、おしゃれのためだと言っていた。そんな風に穏やかでいられる彼女がシイロは好きだった。


シイロは食事の準備をする二人に加わり、手伝いを開始する。食事が始まったら、今朝鼻血がでたことを話してみるのも良いかもしれない。たぶんマーガレットに笑い飛ばされるかもしれないが。いや、もしかしたら彼女は感動するかもしれない。あのシイロがエロイ夢を見るなんて…と。


シイロは自分の起伏の無い胸を見下ろし、ため息をつく。どちらにせよ自分の幼児体型を話題の種にされるのは目に見えていた。


今日の朝食は畑でとれた野菜と商人から買ったパンだ。野菜はスープにしてある。


「大丈夫? 一気に持てる?」

「だいじょう…ぶ!」


心配そうなクオンから湯気の立つ野菜スープを人数分お盆に受け取る。今日もおいしそうだ、とシイロは思った。


そこで自分の真っ白な髪の毛先に赤い血がこびりついているのが目に入った。


血、鼻血、今朝の夢。


その瞬間、シイロを激しい頭痛が襲った。お盆を落とさないように気をつけつつ、シイロは今朝見た予知夢と、それに至るための道筋を思い出す。


思い出したのはそう遠くない未来。この食堂で私たちと、一人の男が楽しそうに食事する光景だった。


「…!!!!!!!」

「どうしたの、シイロ。具合悪いの?」

「シーロ?」


突然動きを止め、驚愕の表情を浮かべたシイロに、クオンとライアが心配そうに尋ねる。


シイロはそれに応えることなく、えっちらおっちらとテーブルまで野菜スープの乗ったお盆を運び、それを机の上に置いた。そして、いつもと違う切迫した表情を浮かべ、こう言った。


「すぐにみんなを集めて! さっき私の先見の明が発動した。もしかしたら、男がここに来るかもしれない!!!」


その一言にクオンとライアは驚き、そしてそのタイミングでちょうど遠くからアイシャの悲鳴が聞こえた。









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