ようこそ私たちの拠点へ
シイロたちの拠点は大きなコミュニティから抜けたものたちが集まってできた。
シイロは予知でこのコミュニティで幸せな未来が手に入ると分かり、抜け出した。
アイシャはその優しさからコミュニティに馴染めず、抜け出した。
マーガレットはメンバーとの確執があり、抜け出した。
クオンはコミュニティが壊滅してしまい、抜け出した。
私は…ライアは。逃げ出した。
〇〇〇
ライアは胸を躍らせながら、男性を迎える準備をしていた。予備のシーツを倉庫から取り出したり、畑の野菜をいつもより多く収穫したり、小瓶に花を挿したり。
鼻歌混じりに、自分の寝室のベッドメイクをしたり、自室の隣の部屋の掃除をしたり、人を縛っても切れないような縄を用意したり、気分が高揚するような薬を作ったりした。
どんな男性が現れるかは分からないが、できるだけ友好的に仲良くしようとライアは考えていた。
色々と準備をしつつ、マーガレットたちを待つ。ライアに、男性を連れ帰って来られないかもしれないという不安感はあまり無かった。なぜならシイロの予言は当たるからだ。本人は自信なさげにしていたが、私の覚えている限り予言を外したことは一度もない。さらにシイロの頭がよく切れることをライアはよく知っていた。なぜシイロがあんなにも自分の能力に自信がないのか、ライアは分からなかった。
「楽しみだなぁ」
一通り準備を終えたライアは食堂の椅子に深く腰かけ、足をプラプラと揺らしながら言う。
どんな声なんだろうか。どんな髪の毛をしているんだろうか。背は高いだろうか。低いだろうか。優しいだろうか。きっと…。
ライアはまだ会ってもいない男性に思いをはせる。しばらくいろいろと妄想をしていたライアだったが、唐突首を振り、それらの理想を打ち消した。
理想を膨らませすぎてはいけない。他のコミュニティでの噂を聞く限り、男性はそんなに魅力あふれる感じではないらしい。世話がかかるほどに我儘だったり、心を壊してしまっていて危うい感じらしい。
だからあまり理想を膨らましすぎて、現実にがっかりしてしまってはいけない。
ライアはそんな思いから妄想をやめた。
そこで、外からマーガレットたちの声が聞こえてきた。食堂に通じる裏口の方向から聞こえる。どうやら裏口から入ってくる気らしい。
「むかえるかー!」
ライアはそう言うと、スキップまじりに裏口まで駆けていき、ドアを開けた。
「いらっしゃー………………………い!?」
ライアがドアを開けると、目の前には噂の男性らしき人物がいた。あくまでらしき、というのはその人の見た目が予想以上に整っていたからだ。
長いまつげ。形の良い鼻。唇はふっくらと小さく、まるで女性のような顔をしていた。
事実、香は女顔だった。小学生のころからよくそう言われていじめられており、それがコンプレックスだった。
ライアは驚愕する。
噂の男性とは全く違うその容姿に。清潔感あふれた白い上着に、青と灰色の中間の不思議な色をしたズボンを着たという格好は、シンプルながらも完成された美術品のような雰囲気を醸し出していた。
「あ、ライアさん? こんにちは! 香と言います」
「ア、ハイヨロシクネ」
その驚きに、香からの自己紹介もライアは片言で返してしまう。
香はまだ自分の容姿が彼女らにどストライクなことに気付いていない。だからライアが片言なのはそういう喋り方をする人だから、だと思っていた。
「入りますね」
「ハイ」
そう言ってドアから入る香を、体をずらし中に入れるライア。
そしてライアはドアを閉めた。
「いや!! 私らもいるから!!」
そいてドア越しにマーガレットの声がして、我に返った。
「ごめんね。チッ」
「舌打ち聞こえてるぞ」
「おー! 中は意外と綺麗!」
廃校の外見がツタに覆われておどろおどろしい雰囲気だったこともあり、香は内装をみて感心の声を上げる。
その部屋は香の記憶からすると家庭科室に近い。窓ガラスからは日の光が差し込み、大きな机が何個も置かれた室内を明るく照らしてる。机は何個もあるが、その中の一つのみしか使ってないようで、他の机には何か荷物が置かれていた。しかし使ってないと言っても、掃除をしていないわけではないらしい。埃の無い清潔な机には花瓶や食器や何かの野菜を干したザルなど雑多なものが置かれていた。
「なんかすごい居心地良さそうだね」
「まあ皆集まるところだからね」
香の言葉にライアが返す。ライアはもう再起動していた。
「おかえり」
「ただいま」
そう交わしながらライアとシイロはハイタッチする。少女たちは長い共同生活の中で家族のような絆を得ていた。さっきのマーガレットとライアのやり取りもただのじゃれあいである。
ハイタッチは「無事に男を捕まえてきたぞ」「最高。よくやった」という意味を含んだものだが、それは香には分からない。
「じゃあ説明の前に自己紹介から始めようか」
シイロが話を切り出す。表面的には理路整然とした物言いだが、内心は香と話せて心がドキドキしていた。基本的に異性への免疫は無い。
「私たちはここで生活してる。こ、香がここで生活したいなら身の安全も衣食住も保証するのはここにいる全員の見解。どう?」
「え! ありがとうございます!」
香としては棚から牡丹餅のような話だったが、それは女性陣も同じであり、「それこっちのセリフだから!!」と内心思っていた。
「私はシイロ。ここのコミュニティのブレイン的存在。能力は「先見の明」で、未来を予知できる」
「へーそうなんだ。すごいね…ってその能力って何!?」
シイロは香の目から見れば、白髪ジト目幼女だ。冷たい雰囲気をたたえるその瞳とは裏腹に、発音はややたどたどしい。幼い呂律とクールさは相反するようで反しない、香は内心「白髪ジト目幼女万歳!!」喝采をあげていた。
しかし香にとって重要なのは「能力」のほうだった。さも当たり前のように口に白髪幼女は口にしたが、知らないものは知らない。
香は能力を知らないと明かすことを何とも思わなかった。しかしこの世界の女性にとってはそれは無防備さをひけらかすものであり、褒められたものではない。今回この時は、相手は善意で動いていたので悪いようにはならなかったが。もし香が獣人たちの前でこれを明かしていたときは違う未来もあったかもしれない。
「あ、そうだった。能力知らないんだった」
シイロはなぜ香が能力のことを知らないのか不思議でならなかった。この世界では能力を一人一つ持つのは当たり前だからだ。さらに、男性の場合はそれが重要な自己防衛の手段になるため、認知していないのは輪をかけておかしい。
もしかして、男を秘匿し、何らかの技術により能力を取り上げ、飼い殺しにしているコミュニティでもあるのだろうか。シイロは考える。
一体、目の前の青年の口からは何が飛び出すのか。シイロは目前の麗しい青年を見上げた。
一区切り…。