初めてのお使い
声が聞こえた。
ぼんやりとした意識の中、
誰の声かなんて分からない。
否──、本当は分かりたくないだけなのかもしれない。
その声は、どこか懐かしさを感じさせ、古めかしい記憶を呼び起こそうとしているようで、どうしようもない焦りを覚える。
感覚を感じない、その空間で、留めなく涙が零れているような気すらする。
思いだしたいのに、思い出せなくて、でも、思いだすのが怖くて.....。
そんな事に対し、罪悪感を覚える。
「──まだ、思い出さなくても言いよ。」
そんな焦っている私に対し、その声は、私が焦っている事をまるで知っているように、愛おしそうに、優しく言う。
そんな声に甘えて、思いだすのを躊躇ってしまう。
そして、だんだんと自分の意思に関係なく、その場所から遠のいていくのを感じる。
また、会えたらどれほどいいだろう?
そう考えている浅ましい自分に気ずき、苛立ちながら、私は意識を無くすのを感じた。
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「──ぅ、はあ! っはあ、っはあ。」
目覚めた瞬間、急な息苦しさを覚えた。
僅かに手足が痺れ、汗が体中をつたっている。
心臓の心拍数も、恐らく通常時をとっくに通り過ぎているだろう。
それだけ、体からの異常が、じかに感じられる。
「プリム~、朝ご飯よ~。」
「.......は、はい!」
母親の声で、先ほどまでとは違い、はっきりと意識が覚醒した。
ベトベトした体を気にしながらも、白いパジャマから、お気に入りのピンク色のパーカーに着替える。
もう慣れた手つきで、自分でブーツを履く。
この前の8歳の誕生日以降、自分で出来ることは自分でするをモットウに頑張っているのだ。
キシキシと音を立てる木製の階段をゆっくり降りていくと、紫色の髪を肩からたらしている、色っぽいエプロン姿の母がいた。
私は元々、おとうさん似の緑色の髪を、肩までに切り揃えていて、顔も丸顔だから、お母さんの色気を受け継げなかったみたい.....。
「実はね、今日、プリムに頼みたい事があるの。
お願いしても良いかな~?」
母は木製の机の上に、似つかわしくない白い陶器のお皿を並べ、スープを注いでいく。
甘い香りが、ふわりと広がる。
今日は、私の好きなトロ~リクリームのシチューだった。
「うん。 大丈夫、今日はね、何もないから。」
スープを食べながら、今日の予定が何も無いことを確認すると、嬉々として答える。
すると、母はとても嬉しそうに笑顔になると、いつも使っている草を編んだ買い物籠を持ってきた。
「今日はね、プリムにお買い物に行ってきて欲しいの!」
母の言葉に思わず目を見開く。私がこれまで一人で買い物に行った事はなく、それは初めてのお使いだった。
「わかった! で、で、何を買ってくればいいの??」
嬉しくて、つい机から身を乗り出して聞く。
母はそんな私の事を見て、頬を緩めている。
「今日はね、おとうさんの誕生日でしょ?
だからね、美味しいローストビーフを作るために、プリムにお肉を買ってきて欲しいの、お願いできる?」
再度母は、首をコテンと横に倒し、問いかける。
「うん! 絶対美味しいお肉買ってくるね!!」
買い物籠と、銅貨を受け取ると、おとうさんが仕事から帰ってくる前までに帰らなくては!と意気込み、外へと飛び出したのだった。
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「迷子に......なっちゃった。」
街へ出たはいいが、森を進んでいるうちに迷子になってしまったのだ。
森は鬱蒼と茂っていて、いつもより恐ろしく感じるられる。
少し葉っぱがこすり合う音がするだけでビクビクとしてしまう。
時間もなくなってきちゃったし.....。
どうしようか迷っていると、空気が震えた。
そう感じるような違和感を感じた。
僅かだが、体が少し重くなって、肌を指でなぞられるような不快感な感覚が体全体に広がっていく。
なんだか、胸の所がザワザワする。
こういう感覚....、胸騒ぎって言うんだっけ?
早く街に行かなくちゃいけない、何故かそういう気持ちが広がっていく。
きっと、この胸騒ぎだって勘違いだと思うけど、でも......。
「ふっ、くぅ........。」
自然と目から涙が溢れでてくる。
ねぇ、街はどこなの?
今、街に行かなくてはならないのに、結局何もできなくて、おとうさんのために....、せっかくお母さんが私の事を信頼してくれたのに......、今街に行かなくちゃ、間に合わなくなるのに.......。
たった一人になってしまっては、何にもできない自分が、情けなくて......、情けなくて.......。
ただ一人、森の中でしゃがみこむ。
早く早くと言う気持ちだけ込み上げてきているのに、森が怖くって、もう、足が動かない........。
「どうしたの?」
すると、とても綺麗で、澄んだ声が真上からした。
見上げてみると、黒いマーメイドラインのドレスを着ている人が立っていた。
薄い紫色の日傘をさしていて、顔が見えない。
かろうじて女の人だということと、私より年上だということ、そして、まったく生活感を感じさせない、透き通った白い肌であることが、傘を持っている手からわかる。
「まい.....ご...に、なっちゃったんです。」
「フフ....、街え行きたいのでしょう?」
そう言って、女の人が微笑んでいるのが分かった。
「う.....ん。」
短く答える。
女の人は、それだけで満足だったのか、歩みをどんどん進めていく。
「ついていらっしゃい。」
女の人が、そう言いながら、少し此方を振り返る。
依然、顔は見えないままだが、早く街へ行きたい気持ちが抑えられる訳もなく、つて行く事にした。
「お姉さんは、どうしてこんな所にいたの?」
「............。」
「どうして黒いドレス着てるの?」
「.............。」
色々と質問をするが、無言を貫き、何も答えてくれない。
足を進める速度も、全く変わってはくれない。
鬱蒼とした森の中、たった二人で見知らぬ人と歩くのは、中々勇気がいる、しかも、会話が全く続かないのだから、その分、余計緊張してしまう。
「着いたわよ。」
悶々と悩んでいると、不意に、隣から声がした。
顔を上げて、見てみると、目の前には街が広がっていた。
明るい声が飛び交っていて、初めて一人で来た街は、とてもキラキラとしている。
「あのっ、案内して下さってありがと.....」
お礼を言おうと、横を見るが、いつの間にかいなくなっていた。
もしかして、先に街に行ってしまったのだろうか。
まだ、お礼も、言えてなかったのに。
とりあえず、街へ行かなくちゃ!
早くお肉を買わなくちゃ、迷子になった時間だけのロスタイムもあるのに....。
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「はい、お嬢ちゃん偉いのね~。」
お肉屋さんのおばあちゃんが、お肉を渡してくれる。
これで、おとうさんが喜んでくれる。
そう思うと、思わず頬が緩んでしまう。
きっと、お母さんも、美味しいごはんをたっくさん用意してくれるだろう。
早く夜にならないかな~。
そう、思っていた時......。
「イヤァァァァァァ......!!!!」
街の中心部の方から、女性の叫び声が響いた。
その声と共に、中心部から、どんどん人が鬼気迫った顔で、こちらえと、溢れだして来る。
私も、その人の波に押し流され、街を囲っている塀の所まできてしまった。
すると、また、森の時と同じように、違和感を感じた。
みると、地面が少しずつ中心部の方から、黒ずんできた。
まるで、コップから水が零れだしたように、地面を浸食していく。
黒ずんだ部分は、そこに除草剤を掛けたように、葉っぱや草が枯れていっている。
しかも、テントウ虫や、蝶々まで、パタリと動きを止め、体が黒ずみ、灰となり消える。
この黒ずみ、かなりヤバいんじゃ.....。
「こ、こないでぇぇっっ......!!」
何とか後ろの壁の部分まで逃げたが、それでもやはり、地面の浸食は止まらない。
思わず、目をつぶってしまう。
...................................?
ゆっくりと、目を開ける。
確かに、黒ずみは、私の靴の下まで広がっている。
だが、私に実害はなく、ただ地面が黒ずんでいるだけだ。
もしかして、人間には害がないのだろうか?
だとしたら、早くこの街を出て、家に帰りたいのだが...。
「以外ね、まさかあなたが消えないとは.....、
でも、まあ、喜ばしいこと?なのかしらね.......。」
耳元で、場違いな、少しワクワクとした綺麗な声が聞こえた。
その瞬間、唐突な眠気に襲われる。
瞼が重くなり、足から力が抜けて、立っていられなくなる。
ドサッ
身体に、もはや、神経が通っているかも怪しくなり、
聴覚だけで自分の倒れた事を自覚した。
何とか、動かせる目で、僅かに視線を上に上げると──────、
「なん.....で?」
驚愕に目を見開ける。
有り得ない事なのに.....、嘘みたい。
そこで完全に私の意識は完全に闇えと沈んでしまった。




