92話:兄妹
7月14日月曜日の3時間目が終わった所だ。
時刻で言うと11時30分。
今から俺は忍者のようにこっそりと姿をくらませねばならない、サツキの為に。
サツキ達の学校が終わるのは12時半。中学校は夏休み前の短縮授業になっている。
その後、部活で軽く反省会を行うと話してた。それが終わるのが大体1時半だな。
つまり、できれば1時半。どんなに遅くとも2時にはサツキの中学校の前で自転車に乗って待ってなきゃならんと言う事か。
……はぁ、大変だ。
ここから家に帰るのに50分くらいかかる。そっから学生ってばれないような格好に着替えるのに10分、自転車で中学の前に行くのに20分。
昼休みまでいると、ほんとにギリギリなタイミングになるから、実行するなら今しかない。
……今回はケンに助けを頼むわけにはいかんからな。余計大変だ。
「さて、どう帰ろっかな……」
「ん? ヤス? 何の事言ってるんだ?」
やばっ、ケンだ!
「いや、何でも無いぞ」
「ふーん……しかし、今日はめんどいよなあ、何で午後全部使って富士山清掃しなきゃいかんのだ? しかも俺たちのクラスだけ他のクラスのノルマ倍とか……ありえないよな」
「……ああ、そうだな」
そう、今日は『富士山学習』とか言う学校行事の日なのだ。以前配られたスケジュール表、見てみると載ってる。
その実態は何をするのかというと、富士山の清掃らしい。
年々汚くなってる富士山を、地元民で綺麗にしようというのが趣旨なんだってさ。
で、この前思いっきり歌って学校中に大迷惑をかけた俺たちのクラスだけ、ノルマが倍になってる。
実は俺だけ3倍なんだけど……。
これ、学校全体をあげての行事な上、地域住民まで巻き込んでの作業だから、サボったらかなりめんどくさそうなんだけど……まあサツキのお願いだからな。
実際今日風邪とかで休んだ人でも、代わりに何かしらするらしいし。
サボった場合は一体何するんだろうなあ……。
ま、俺にとっては優先度はサツキのお願いの方が上に決まってる。
「なんかヤス、挙動不審だぞ? 何か悪いもん食ったか?」
まあ、気付くよな。ケンは。
今回ケンにサポートを頼めないのは、ケンに大迷惑がかかるからだ。
ケンが知らなかったら、ケンに責任は何も来ないけど、ケンが知ってたら、一緒になって何かしないといけなくなるからな。
いや、別に終わってみたら大した事無かった……って事になるかもしれんけど、念には念を入れてだ。
うーん……。この集団監視の中、こっそり帰るのはどう考えても無理だ。
……忍者を目指すのではなく、全てをぶっ壊して突き進む戦車になった方が良さそうだ。
「おーい、ヤス。聞いてるか?」
「じゃ、俺は突っ走る」
「は? 突然何言ってんだ? もうすぐ学年主任の先生が来るぞ」
そうか、次の授業はあの学年主任か。……やばいな、急がんと。
「じゃ、ケン! また明日な!」
「いや、訳わかんねーよ! 一応説明しろって!」
説明してる時間は無いからなあ。説明もまた明日な。
まあ、めっちゃ緊迫してるように言ってるけど、ただ単にサツキと下校するだけだ。
「あ、おい! 近藤! 授業が始まるぞ! どこへ行く!」
やばっ!学年主任だ。
「俺は近藤じゃありません! ヤスです!」
訳の分からない言い訳をして学年主任の横をすりぬける!
「おい、鞄まで持って何してる、近藤! ……こら、ヤス! ヤス!!」
あ、今ヤスって学年主任まで言ったな。
俺の事、名字で呼ぶ最後の人なんだけど……。いつまで続く事か。
学年主任が道を塞ごうとしてるけど、俺のがギリギリ速い!
パシッ!
「っ! ヤス!!」
ん? 何か手に当たったけど、そんなん気にしてられん! 急いで逃げるぞ!
「ふう、何とか逃げ切った」
今は駅前だ。
電車が来るのを待ってる。
こうしてボーッとしてると、昨日の試合の事が思い出されてくる。
サツキ達……悔しそうにしてたよな……。
あんな思いするぐらいならスポーツなんて……って思うけど……。
でも、やっぱりフクシマ&カミムラペアとの試合中は凄い楽しそうにしてたしな。
それに県大会に向けて頑張ろうと思ってるサツキを見てると、羨ましい気持ちになってくる。
それに比べて、今の陸上部長距離は……現状に文句言ってたって仕方ないな。
別に陸上部全体がひどい訳じゃない。陸上部の中でも、ユッチは凄く頑張ってる。
アオちゃんや、ゴーヤ先輩、キビ先輩も頑張ってるって話をよく聞く。
あんだけユッチが頑張ってる隣で、自分は何やってるんだろうって時々思う。
……なんとなく、自分の左腕を見た。
せっかく誕生日に、サツキとポンポコさんにこの時計、もらったんだもんな。
ちょっとは使ってやらないと、この時計ももったいないよな……。
確かに、練習場所も無いし、指導者もいないし、モチベーションがあがらない環境だし……練習環境は最悪だけど、どうにだってなるよな。
サツキだって小6のとき、ソフトテニスの相手なんて壁しかなかったんだ。
そんな環境でも腐らず毎日素振りや壁打のような基礎を続けてたから、東海大会出場するような選手と互角に戦えるようになったんだもんな。
高校入学時は高校なんて適当に過ごそうって思ってたけど……
……俺も、頑張ろ。
……あ、電車が来た。
家に帰り、服を着替え、ついでに時間が余ったから軽く昼食を作った。
……さて、自転車に乗って中学へ行きますか!
校門前についた、時刻は1時半。予定通りだ。
もう既に校門前にはサツキが待ってる。一緒にクロちゃんとサキちゃんもいる。
「お待たせ、サツキ! ……待ったか?」
「ああ、全然? 今、ヤス兄の事話してたんだよー」
「……また失敗談?」
これ以上、失敗談を広めないで欲しいな、妹よ。
「いーえー、褒めてたんですよね。こんな兄がいていいなって」
……お、サキちゃん、ほんとか?
「中学校での評判、今でもめちゃくちゃ悪いですけどね。最近だと、いきなり高校生なんかが平日に乗り込んで来るなんて何事だって!」
……あげて落とすのはかなりへこむんだぞ、サキちゃん。
「それに、ヤス先輩ってほんと頼りないですし」
……どこまで落とすつもりだ、サキちゃん。
「あ、でも、最高の先輩だと思ってますよ。その人の好さがほんと最高です。……聞いてませんでした? 私は『最高よっ!』って叫んでましたけど」
えーと……。最低って言われまくってへこんでたからなあ……聞きそびれてた。
「あの試合で、ほんとは『でも誠心誠意謝ってくれたーっ!!』とか叫ぼうと思ってたんですが、『最低!』コールになったので、言うに言えず……すみません、ヤス先輩」
や、過ぎた事はまあいいさ。
「それに、私にとっては最高のお兄ちゃんだよね。ヤス兄って、いっつも一緒にいてくれるし、泣きたい時そばにいてくれるし、私が落ち込んでるときは笑わせようと頑張ってくれるし、いつでも私の味方でいてくれるし」
サツキ、そんな事当たり前じゃん! 家族ってのはどんな時だって無条件で一番の味方になるんだぞ!
「ほんとありがとね……これからも迷惑かけるけど、よろしくね、ヤス兄」
うん……こっちこそ。
「じゃあ、帰るか!」
「あ、せっかく自転車で来てくれて悪いんだけど、クロちゃんとサキちゃんも久しぶりにうちに呼びたいから、歩いて帰らない?」
「うん、もちろんいいよ」
「さすがヤス兄! じゃ、かえろっか!」
そう言って、今日は俺、サツキ、クロちゃん、サキちゃんの4人で帰っていった……。
いつも感じてるけど……妹がいてくれる嬉しさ、本当に感じた日だったな。