436話:顧問ゲットに向けて作戦開始
キキ先生:263話初登場。現在のヤスの担任。ムムちゃんとミミちゃんという娘さんが2人。
5月14日。学校が終わった後、ムムちゃんと会うために、ムムちゃんが通っている小学校の校門前で待つ。
……高校生が、弟妹がいないのにこんなところで待つって異常に恥ずかしい。なんか下校中の小学生にじろじろ見られてる気がするし。
そう思いながらも、キキ先生の説得の為にはムムちゃんの協力が不可欠だし、ここを去るわけにはいかない……早くムムちゃん出てこないかな。
15分ほど待っていたら、ようやくランドセルをしょったムムちゃんが校門から出てきた。
今までは黄色い帽子に小さなカバンを持って幼稚園に行ってたムムちゃんが、ランドセルをしょってるのを見ると、なんとなく不思議な気分になる。
「おひさームムちゃん」
俺はムムちゃんの近くまで歩いていって、話しかけた。声を掛けられて俺の方をふりかえる。ちょうど1月ぶりくらいだなー。
「えっとー、おにいちゃん、だれだっけ?」
……おい、冗談きついぞムムちゃん。俺の顔もう忘れたって言うのか。
「じょ、じょーだんだよー? そんなおちこんだ顔しないでよー。ヤスおにいちゃん」
……小学1年生にまで、気遣われる自分ってどうなんだろなあって思う。
「ヤスおにいちゃん、ひさしぶりー。とつぜんどうしたのー?」
ムムちゃんに質問されて、しゃがみこんでムムちゃんと視線を合わせた後に答えた。
「んとね。ムムちゃんにお願いがあってきたんだけど」
「んーと、なになにー?」
「えっとね。ムムちゃんのお父さんに」
「わたしをくださいって言いにいくんだねー」
んなわけないやろ! 何度も言ってる気がするけど、別に俺はロリコンじゃないぞ。
「お父さんにね、陸上部の顧問になってってムムちゃんからもお願いしてほしいんだよ」
「ヤスおにいちゃん、『こもん』ってなに?」
顧問、顧問……小学生にわかるように伝えるにはどんな風に言うのがいいんだろ。
「顧問と言えば監督みたいなもん。俺ら、学校が終わった後に一生懸命走ってるんよ。それを監督してくれる人がほしいなって事で、ムムちゃんのお父さんにお願いしたいなあと思って」
「パパにー? パパがカントクになるの?」
「そうそう。かっこいいっしょ? お願いしてくれないかなーと」
「いいよー? パパー! ヤスおにいちゃんがカントクやってだってー」
……あれ? なんか背中からすごい視線を感じるような……視線というか殺気というか。
「ヤス……お前は何をムムに吹き込んでるんだ」
……なんか背中を振り向くのがとてつもなく怖いのだけど。なんだこのプレッシャー。
「キキ先生ってなんでここに? 学校があるはずでは」
「……それはお前もだろう。ヤス。なんでこんなところにいるんだ」
ええ、その通りなんですけど……本来は俺、部活やってるはずだし。
嘘で早退しているのがばれた上に、こっそりキキ先生の子供のムムちゃんに会ってることまでばれて……やばいよなあ。
「今日、1年生にいるヤスの妹と従妹も顧問やってくれって言いに来たが、ヤスの差し金か?」
差し金と言えば差し金です。というか、キキ先生、なんか声が低いです。怖いです。
「パパー、カントクだよ、カントク。カントクってかっこいいよ、パパ」
ムムちゃんが無邪気にキキ先生に対してお願いをしている……キキ先生がどんな顔をしているのかわからない。
「ムム、監督になると、土曜日も日曜日もお休みの日も、家にいられないんだぞ。どっこもお出かけできなくなるぞ」
「ええ!? そうなの!?」
そ、それは真実だ。ムムちゃん……俺はウソつくことができない。家族のだんらんを壊させるのは確かにまずいか?
「でも、パパってお休みの日もおうちでゴロゴロしてるだけだよー」
キキ先生何やってるんすか。家族サービスしましょうよ家族サービス。
なんとなく、気のせいかもしれないけど殺気が和らいだような気がしたので、少しだけ安心したので、そーっと後ろを振り返る。
……振り返ったら鬼の形相になっている担任のキキ先生がいた……やっぱり振り返らなきゃよかった。
「パパー、いいじゃんカントクー。カントクやってよー、なんだかかっこいいよー」
背中からムムちゃんの声が聞こえた。ムムちゃんから声を掛けられた瞬間に鬼の顔だったキキ先生の顔が、とたんに破顔する。こんな状況じゃなかったら笑ってしまいそうだ。
「パパなー、走るの苦手なんだよ。監督したいけど、監督って言うのは物知りな人がやることだからなー」
「パパ、そんなこと言ってたらダメだよー。おふろに入ると、すっごくおなか出てきてるよー。せまくていっしょに入るのいやだもん。うんどうしないとー」
……ものすごく落ち込んだ顔をするキキ先生。キキ先生、そんなに太ってるようには見えないけど。
「ほらー、パパ、カントクしよーよカントクー。わたし、パパがカントクしてるとこみたいなー」
だんだんと折れていっているように見える。も、もうひと押しかな。
「キキ先生、ぜひ陸上部長距離の為に、顧問になってください!」
「…………………………」
頭を下げて誠心誠意をこめてお願いしたが、反応がない……キキ先生はいったいどんな顔をしているのか。
「その話はまた今度な。ほら、ムム帰るぞ」
「はーい! ヤスおにいちゃん、まったねー!」
顔を上げると、キキ先生とムムちゃんが一緒になって帰っていくところがみえた。ムムちゃんはニコニコと俺に手を振りながら帰ってく。
どうやら、少しは可能性がありそう。ムムちゃんに俺も手を振り返しながら、そんなことを思った。