432話:インターハイ地区予選、5000m決着
はぁ、はぁ……。
後ろの選手が全然離れてくれない。
「ヤス! この400m、83秒。頑張れ!」
残り600m。自分の後ろには2人の選手。1人は先ほどから俺の前に出ようと何度もスピードを上げてくるが、何とか譲らずにここまで来た。
もう1人はずっと3人の集団の中で、先頭に出る気配が全くなく、ずっと後ろについたままだ……不気味すぎる。
……腕が重い。息がつらい。足も上がらない。今自分を支えてんのは、負けるかって言う意志だけ。
今まで、これでも1年間頑張ってきたんだよ。もうこれ以上は走れないって思うくらい、一生懸命やってきたんだ。そんだけ頑張ってきて、残りラスト600mくらい、頑張れるさ。
重い腕を何とか振りながら、後ろの選手に抜かれないよう、スピードを落とさず走り続ける。
「ヤスう! あと500m、ラストスパートだあ!」
くっ、ユッチの言うことはわかっちゃいる。わかっちゃいるんだけど、ラストスパートできるような体力が……どこにも残っている感じがしない。
「ヤスお兄ちゃん、負けるなー!」
……ま、負ける気はないけど、後ろに付かれている2人がいやすぎる。
残り500mまで走ったところで、また後ろの1人が俺を抜こうとしかけてきた。……いい加減諦めろってんだ。
再度抜かれないように、俺もペースをあげる。先ほどまでならここで少しペースを上げれば、相手はあきらめてくれたんだけど……くっそ、今回はあきらめる気はないってか。相手も全くペースを落とす様子がなく、俺と並走する形になった。俺が内側、相手が外側。
ここで相手に譲ったら、自分の気持ちが切れる。
そんな気持ちだけで、どこもかしこも全然動かなくて、ポンコツになってしまってる体を無理やり動かす。
並走のまま、後1周、ラスト400mのラインまで来た。カランカランと、先頭がラスト1周になったことを教える鐘が鳴る。
あと1周、絶対にお前らには負けねえ!
そんな気持ちを抱いて、さらにスピードを上げる。
カーブに入れば、相手も諦めて後ろに下がってくれるだろうと思っていたのだが、今回は本当にしぶとく、まったくもって引き下がってくれない……くっそ、いい加減落ちろってんだ。
ガツッと肘と肘が当たる。相手がインによってきたからだ。ちっ……ばててるってのに、なんでわざわざ体寄せてくんだよ。体ぶつけ合ったらしんどいじゃねえか。
もしかすると、相手も俺に対し、引き下がれよと思っているのかもしれない。
「ヤス兄! 頑張れー!」
……サツキの声が聞こえた。アップを終わらせて、応援に来たのかもしれない。ちらっと応援席を見たら、サツキ、ケン、アオちゃんの3人が声を張り上げて応援している姿が見えた。……頑張らないと。絶対に組一位でゴールしてやる。
「あと300mだ! ヤス!」
サンキュー、ケン。きつくて心臓がバクバクと張り裂けそうな気分だけど、頑張るっす。隣を並走している選手を見ると、そいつも俺と同様にぜいぜいと息を切らしていた。
ここまで来て、気持ちで負けたら、絶対に負けちまう……相手だって苦しいんだ。
そのまま並走の状態で、残り200mまで来た。
「この400、77秒! ラストスパートだ! がんばれヤス!」
ポンポコさんが叫んでいるのが聞こえた。ここまで来たらタイムなんて考える余裕もない。
はっ、はっと息を切らし、腕を無理やり振り、最後のラストスパートをかける。
相手も今まで以上に体を使い、スピードを上げてきた。俺はこのスピードが全速力だ。相手がこれ以上あげられたら、俺はついていけなくなる。
「ヤスう、あと少しだあ!」
「ヤスお兄ちゃん! 最後、負けないでー!」
ユッチとアヤの声援が聞こえる。わかってる、絶対に負けない。
残り100m、隣の選手との並走はまだ続いていた。もう、腕も丸太になったみたいで、全く自分の思い通りに動いてくれないけど、頑張って動かす。
相手も同じように、ぶんぶんと腕を振っている……と、ここで一番外からもう1人、選手の姿が見えた。
今までずっと俺の後ろに付いてきていた選手だ……、くっそ、今の今まで温存してたってのか。
俺より速いスピードで、俺の一歩前に出る。隣で並走していた選手も、そのペースに合わせ、さらにスピードを増す。
完全に俺だけ、一歩後ろに下がった形になってしまった。
「ヤス兄、離されるなー!」
サツキ、分かってんだ、ここで離されたら絶対に勝てないってのはわかってんだ。けど、一生懸命腕を振ってるけど、全然追いつけないんだよ。
相手のスピードがさらに上がった。一歩の差だったのが、二歩の差になる……。
残り30m……さらに差が大きくなった。
はっ、はっ、はっ、はっ……。
ゴールとともに、俺はグラウンドの外に出て倒れこんだ。も、もう動けない……。
「はい君、立って。この後何人も」
わ、わかってるけど、動けないんだよ。少し待ってくれ。
はっ、はっと呼吸が荒いまま、なかなか落ち着いてくれない。
結局俺は、あのまま2人に離されて3位に終わった。ラストスパート、スピードの力で完全に負けた。
ポンポコさんとも、ラスト争ったら、まだ勝てない可能性が高いって話はしてたけど、あそこまで粘って勝てないって言うのはとても悔しい。
「ヤス兄、お疲れー。おしかったねー」
……倒れて寝転んでいた自分に、サツキが近寄ってきて声をかけてくれた。
「さ、サツキ。ちょ、ちょっと、腰……はっはっ……ぜっけ、ん外して、くれ」
早く返さないといけないんだけど、きつくて動けない状態だ。
「はいはい……さっきポンポコさんからタイム聞いたけど、16分44秒だったって。17分切れたねー」
……そっか。自己ベストは大幅に更新だ。
「ら、ラスト勝ちたかったな」
「ラストスパート勝てないのは、スピード練習してないからしょうがない、明日にでも反省会って言ってた」
……そか。
「サツキも、この後、頑張れ!」
「ありがと、ヤス兄」
こうして、俺のインターハイ地区予選、5000mの試合は終わった。