430話:インターハイ地区予選3日目、5000m試合前
いよいよ俺の5000mの瞬間が近づいてきた。今、自分は5000mのスタートライン付近に立っている。
時刻は14時。最も暑くなる時間帯。天候は快晴で、グラウンド上は春だというのに熱気でむんむんしている。
その間にあった競技、男子1600mリレーは無事決勝進出し、県大会出場を決めた。女子200mではユッチは、残念ながら準決勝で惜しくも敗れた。
この5000mの直後に女子1600mリレー、その後すぐに男子1600mリレーがあるので、サツキとケン、それにアオちゃんはそれのアップに行っていて応援に来ていない。くそぅ、サツキには見てほしかったのに、すごく残念だ。
今スタートライン付近の応援席に応援に来てくれているのはポンポコさん、アヤ、そしてユッチの3人。
「ヤス、調子はどうだ? 緊張してないか?」
ポンポコさんに声を掛けられ、自分の体調を色々と考えてみる。体調は全然問題ないんだけど……。
「ええと……めっちゃ緊張してます」
自分がここまで緊張しやすいとは思わなかった。心臓がさっきからドキドキと早鐘を打って、全然おさまってくんない。
「ヤス、大丈夫だあ。ボクが言うんだから間違いないよお!」
なんだよユッチ、その意味不明な根拠は。
200mでは負けてしまったけれど、応援に来ているユッチの顔は意外とさばさばしている。すでに4×100mリレーと100mで県大会出場を決めているからかもしれない。
……というか、アオちゃんもユッチも、ケンもサツキも、自分の連れ、みんな県大会出場してるんだよなあ。これ、もしも自分だけ県大会出場できないとかなったら、結構さびしいものがあるな。妹が県大会に出場して、兄は出場できないとか寂しすぎる。
「ヤス、気負いすぎても意味がないリラックスだぞ。リラックス」
わかってるよ、ポンポコさん。けど、プレッシャーをそんな簡単にコントロールできたら誰も苦労しないよ。
「ヤスお兄ちゃんの出番、もうすぐだよね」
「ん、そだぞ。1組の13番目」
ちなみに2組目の方が速い人が集まっていて、1組目は記録がない人と遅い人の集まり、ということになっている。自分は遅い組に入れられたということらしい。現状の自分の自己ベストは去年の新人戦の18分台だから、仕方ないと言えば仕方ない。
このことについてはポンポコさんから、1回くらい記録会に出ておけばよかったと悔しそうに言っていた。
やはり、速い人と一緒に走ったほうが記録を出せるから、だそうだ。
「あああ、めっちゃ緊張する。いつも思うけど、絶対に周りの方が速そうに見える……」
「大丈夫大丈夫、見た目は弱そうに見えても、実はすっごく強いなんて人たくさんいるんだからあ! ヤスもきっとそんな感じだよお!」
全くフォローになってねえよユッチ。俺そんなに弱そうに見えるんかい。
「ヤスお兄ちゃん、頑張ってね! あたし、思いっきり応援するんだから!」
「ありがと、アヤ」
うん……もう頑張るしかないんだよな。
練習は1年間、一生懸命やってきた。地獄の合宿も乗り越えたし、ポンポコさんのむちゃな要求や、ウララ先生のめちゃくちゃと思える練習も一緒になってやってきた。後は、その練習通りに、その成果を出すだけだ。
「それでは5000mの1組目の人、スタートレーンに並んでください」
……とうとう来た。5000mのスタートが。俺の出番が。エントリーしていた人の中にも何人か欠場者がおり、全部で1組目は27人の出場。
「ヤス、落ち着いて行けよ」
ポンポコさんの声に、小さくぐっと握り拳を握って返す。
……スタートは肝心だ。5000mもあるが、スタートでもみくちゃにされて体力を奪われたりしたらかなわない。
まずはスタートで前に出て、その後徐々にスピードを落とし、誰かに前に出てもらう。
そして、そいつをペースメーカーに、粘って粘って、5000mを走りきる。
これが今回ポンポコさんと自分で決めたプランだ。この通り行けるとは全く思っていないけど、出来る限りこのプランで行くよう、試合展開を考えては知らないと。
……内側から順々に並んでいき、13番目の時点で自分もスタートラインに並んだ。
短距離とは違って、スタートの時点からオープンコートな長距離種目。1レーンに2人が入るような状態なので、とても狭い。
隣のやつに前を走られないよう、出来る限りポジショニングをきっちりする。
「5000m男子1組目が開始されます」
アナウンスの声が聞こえ、審判員の人がピストルを持ってラインに立つ……さあ、いよいよだ。
「位置について」
『お願いします!』
選手が思い思いに声をだし、スタンディングスタートのポーズになる。俺も同様の格好をして、腕時計のストップウォッチに手をかける。
パン!
一斉に、選手がスタートした。