425話:インターハイ地区予選、試合前の練習
「さてヤス。久しぶりだな」
「ポンポコさん、昨日というか、ずっと一緒にいるのに何言ってんだ?」
今、俺とポンポコさんはサブのグラウンドに来ている。明日の5000mに向け、最後の練習をするためだ。
ユッチの100m予選やケンの800mの予選もあるけれど、きっと2人とも、普通に予選通過はできるだろうというウララ先生が言っていたので、応援をせずに、ちょっとサブグラウンドに調整に来た。
時刻は9時。そろそろケンの800mの予選。応援できないのはちょっと残念だけど、今は自分の事に専念しないと。
……しかし、『久しぶり』なんて、突然よくわからないことを言うポンポコさん。一体、何が久しぶりなんだ?
「私の感覚だと、具体的には半年間以上ぶりな気がするが、そこはどうでもいい。ヤス、明日に向けて、体の調子はどうだ?」
半年振りってなんのことだかと思いながら、体を伸ばしたりしながら、感覚を確かめる。
「んー……昨日の1500mの疲れが少し残ってるかなって感じだけど、別に全体的には元気だ」
「ふむ……十分元気なようだな。それなら、3000mを3本位するとするか」
「鬼!? いやいや! 試合前に3000を3本とかできるわけないっしょ!」
と、突然何を言い出すんだポンポコさんは。
「冗談だ。だが、鬼と言われると、本当にやりたくなってしまう」
ちょ、勘弁です。というか、ポンポコさんの顔、全然冗談に見えなかったっす。
もしもほんとに試合前日に3000m3本なんてやったら、明日絶対走れない。
……うかつにポンポコさんに向けて、鬼とか悪魔とか言えないなあ。
「さて、それでは本当の練習だが……2000mを1本、にしておこうか。昨日のような、1500mと同じペースで走ってはだめだぞ。ペースとしては5000mの2000から4000の時のペースのつもりで走る」
ふむふむ……2000m1本ね。
「この練習で、明日、どのくらいのペースで走ればよいかを体に刻み込もう。県大会に出場するためには、去年の県大会出場ラインが15分44秒だったと考え、去年と今年でそこまで東部のレベルが変わっていないと考えれば、そうだな……1キロ3分10秒、2キロ6分20秒をめどに走ろう」
……速いなあ。そんなに速く走れるもんかなあ。この前の4000m4本の練習だって、結局全然いいタイムで走れなかったし。
前にペースメーカーみたいな人がいると、自分でもびっくりするぐらいのいいタイムで走れたりもするけど、今日のように、1人での練習では、なかなかいい記録が出せないもんだ。
「それでは、そうだな……30分後にスタートだ。十分体を温めておくように」
「ラジャッ!」
さて、きちんとアップをしとかないとな。
ストレッチ、ジョグを終えたところでジャージを脱ぎ、Tシャツとハーフパンツの格好になる。その後、50mを軽く流して走ったところで、そろそろ30分が経過しようとしていた。
ポンポコさんは既にスタート位置でストップウォッチを持って立っている。
ポンポコさんが待っているのを見て、俺もスタート位置へ向かう。
「それでは、いいか?」
「うぃ、いつでもOKっす」
えっと、1キロ3分10秒ってことは、400mトラックを1周大体76秒で走ればいいってことだな。
俺はスタートラインに立ち、スタンディングスタートの姿勢になる。
「2000m、1本。よーい」
ドン、というポンポコさんの声とともに、走り始める。
タッタッと自分がトラックを蹴る音を聞きながら、徐々にペースを上げていく。
76秒というと……これよりももう少し早いペースで走らないとだめかな。
他の選手が練習しているのを走りながら、ちらちらと見る。
ふぅ……この中の何人かは、もしかすると明日5000mで勝負する人かもしれんのだよなあ……ああ、みんな速そうだよな。
心の中で、こっそり誰か自分より遅そうな人はどこかにいないかと思いながら、走り続ける。
そんなことを思いながら走り、400mを通過した。
「78秒! 少し遅い! もう少しあげて!」
……結構速く走っているつもりだったのに、これでも少し遅いってのか。
少しだけ足に力を入れ、腕を強く振りぬき、加速を試みる。
はぁ……はぁ……。
加速しようとすると同時に、少しずつ、息が乱れてきた。
やっぱり、途中からペースを上げるというのはかなりきつい。最初っからガンガン行っとかないと、途中からはなかなかペースが上がらない。
だけど、だからと言って明日スタート同時に、一気にペースを上げてしまってラスト体力が残らなくなるのも避けたい……明日はどうするか。
……1200mを超えたあたりから、頭が回らなくなってきた。400から800は80秒、800から1200は82秒と、あげようとしているのに、どんどんとペースが落ちていく。
はぁ、はぁ、という呼吸から、はっ、はっ、ときちんとした呼吸に変わってきた。くっそ、こんなんで明日5000mも走れんのか、自分。
はっ、まだ600mもあるのかよ、長いな。2000mってのは。
息が苦しくなってきたところで、ポンポコさんの声が聞こえた。
「ヤス! 残り400mだ! この1周……83秒! 落ちてるぞ! ペースを上げずにあげろ!」
上げずにあげろとか、意味わからねえよ。どっちだよポンポコさん。
だが、あと400m。あと少し、頑張れ自分!
……はっはっはっはっ。
つ、疲れた……いつもの練習みたいにぶっ倒れるようなことはないけど、たった2000m1本だけだってのに、思ってた以上に疲れた。
「お疲れ、ヤス。止まらず歩きながら聞け」
……うん、疲れてるから少し止まっていたいんだけど、ポンポコさんはこういう時、絶対に立ち止まらせてくれないこと、分かってたよ。
「ラスト400mのタイムは79秒。合計タイムが6分42秒……少し、入りが遅かったが、今日はこのくらいで十分だ」
うぅ……心配になってきた。明日が来るのが少し怖いっす。
けど、練習してきた成果、思いっきり出してやらないとな。
「後はしっかりダウンしておくこと。明日、いよいよ本番だ。頑張ろう、ヤス」
「ういっす」
……おし、頑張ろう! 息が切れてたから声は出さなかったけど、クールダウンのジョグをしながら、心の中で叫んだ。